邪悪なる魔族
新キャラ登場。
「隣国は、信用なりません。断交(だんこう=付き合いを止める)すべきです」
「……しかしだな。両国は、今まで友好国として信頼関係を築いてきたのだ」
「粗野(そや=言動が下品で荒々しく、洗練されていない)な隣国が友好国であるがゆえに、他国への信用がなくなります」
「そうか。相談役のお前が、そこまで言うなら……」
渋っていた国王が、ようやく頷いた。
俺は、ほくそ笑む(「物事が上手くいった」と、ひそかに笑う)。
控えていた側近に、俺は冷淡な口調で告げる。
「国王様が、ご決断なされた。外務大臣に、隣国との国交断絶を交渉させよ」
「はっ」
側近が伝達へ退室すると、俺も国王に辞する(挨拶をして帰る)。
「それでは、私も下がります」
「ああ、ご苦労だった。これからも頼む」
「はい。それでは、失礼致します」
返事を聞いて、国王の執務室を後にした。
俺は足早に建物の外へ出ると、人目がないことを確認してから、森へ向かった。
魔の森の結界内に入ってから、元の姿へ戻る。
さっきまでは、人間に擬態していたが、俺の正体は魔族だ。
魔族の姿は、全身真っ黒な半人半獣。
顔は黒山羊で、頭には長い角が生えている。
首下から膝上まで、人間の男に似ている。
膝から下は、黒山羊の脚になっている。
背中には、漆黒の六枚の翼が生えている。
これが、俺の本来の姿。
「あっはっはっはっはっはっ! ざまぁ! チョロすぎて、笑いが止まんねぇぜっ!」
俺はこうして、人間の政治を裏から操っている。
人間の世界を狂わせて、ヤツらの不幸を面白おかしく楽しんでんの。
人間の世界は、情報社会。
悪評を流してやれば、人間は情報に踊らされる。
SNS(=ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が、普及した今は超簡単。
スマホで、チョイチョイと指一本でお手軽。
良いニュースよりも、悪いニュースの方が拡散は早い。
例えば、「地震で動物園の檻が壊れて、猛獣が脱走した! #拡散希望」
それっぽい合成写真付きで発信するだけで、あっという間に大パニック!
人間の言葉で言えば、「フェイクニュース(ウソの出来事)」
しかも、情報は金になる。
フェイクニュースが、産業の街だって存在するんだぜ。
妄想のフェイクニュースを、たれ流したところで、罪になることはない。
後から「すみませんでした」と、ひとこと謝れば済む話。
「言論の自由」と称して、詫びるどころか居直るヤツすらいる。
「ウソも百回言えば、真実になる」なんて、有名な言葉もある。
実は、この「百回言えば真実になる」って言葉も、ウソなんだよね。
ウソも百回繰り返せば、真実は隠れてしまう。
人間は、感情論で平気でウソを吐く。
都合の悪いことは、ウソで塗り固めて隠してしまう。
ウソで、自分で自分の首を絞めていることも気付かずに。
ウソで、信頼なんてものは、いとも容易く崩れ去る。
約束、契約、条約は、簡単に破られる。
会談、交渉、協議なんて、やっても時間のムダ。
ウソによって生じる政治的、経済的、軍事的不一致。
貿易制裁。
経済崩壊。
不可逆的(ふかぎゃくてき=元には戻れない)負の連鎖。
俺が直接手を下さなくても、放っておけば勝手に滅びる。
自らが招いた、当然の結果でしょ。
「人間」って、ホンットバカだよねぇ。
「人間」の祖先は「ヒト」と、呼ばれる生き物だった。
「ヒト」は、さまざまな音が出る道具を作り、「音楽」を生み出した。
音楽は、俺達魔族にはないものだ。
俺は、ヒトが作り出す音楽が、大好きだった。
本当の音楽ってのは、魂を震わせるものだと思うのさ。
上手く言葉に出来ないけど、聴いた瞬間、涙が出るような感動。
全身に鳥肌が立って、髪の毛が逆立つような衝撃。
映画を一本観た後のような、深い歌詞。
繰り返し聴ける、何度も聴きたくなる、調和した美しい旋律。
いつまでも、心や頭に残り続ける響き。
耳が心地好い、ずっと聴いていたいと思わせる、高らかな歌声。
そういう素晴らしい音楽を、俺は求めているんだよっ!
なのに人間は、ヒトの音楽を捨てちまったんだ。
人間も音楽を作るけど、ヒトの音楽には遠く及ばない。
人間の音楽は、ちっとも心に響かない。
リズムとかテンポとかメロディに、面白味がない。
歌詞も、同じ単語の繰り返しで、内容もスカスカペラペラ、薄っぺらい。
見た目ばっかり綺麗な人間の歌は、ヘタクソで聴けたもんじゃない。
不愉快な不協和音。
あんな音楽の、どこが良いのさ。
それを「良し」としている人間が、一番つまんない。
しかも、流行り廃りが早すぎる。
風みたいに、あっという間に通り過ぎる。
後には、何にも残らない。
ホント、つまんねぇ生きもんだわ、人間って。
俺は人間ってヤツが、大っ嫌いだ。
息をするように、ウソを吐く。
歴史だって、平気でねじ曲げる。
先人の知恵(昔の人の優れた知識や技術)を生かせない。
想像力が足りないから、未来も見通せない。
他人と比べて、ないものねだりで、不平不満ばかり言う。
失った時に初めて、失ったものの大切さに気付く。
気持ち良いことが大好きで、すぐ楽な方へ逃げる。
自分さえ良ければ、他人はどうでも良い。
悪いことからは目を背け、なかったことにする。
感情に流されやすく、金に目が眩む。
愛とか恋とか友情とか、いくら綺麗ごと言っても、結局は裏切る。
ささいなことで、差別する。
強い者が、弱い者をいじめる。
つまらないことで、いがみ合う。
つまらないことで、意地を張る。
つまらないことで、マウントを取りたがる。
犯罪が、起こらない日はない。
人間同士で、殺し合う。
今日もどこかで、誰かが死んでいる。
本当に、人間ってヤツは愚かで見苦しい。
なんで人間は、こうも、くだらない生き物なんだろう。
だから、俺が人間を滅ぼしてやるんだ。
泣こうが喚こうが、知ったことかよ。
男も女も大人も子供も、ひとり残らず死んじまえ。
人間だって、「ヒトをなかったこと」にしたじゃん。
だったら、俺が「人間をなかったこと」にしてやるよ。
声を立てて笑い続けていると、Allieが近付いてきた。
「ずいぶん楽しそうじゃないの、Kent」
「そりゃ、楽しいに決まってんだろ……って、あれ? 何それ?」
見れば、アリーが変わったもんを抱えていた。
人間の幼児と、魔獣の子供。
魔獣は、狼の類(たぐい=仲間)かな。
まだちっちゃくて仔犬みたいで、可愛い。
赤ちゃんだから、まだ人型への変身は出来ないっぽい。
魔獣は、良いとして。
ぬいぐるみみたいに、魔獣を胸に抱えた人間の幼児。
年齢は、三歳ぐらいか?
俺の視線に気付いたアリーは、愛おしそうに人間の幼児の頭を撫でながら答える。
「ああ、これ? 落ちてたから、拾って飼ってんのよ」
「拾ったって、お前……それ、人間じゃん。なんで、殺さねぇの?」
「だったら、これ殺せんの? やれるもんならやってみろや、ほら」
目の前にヒョイと、人間の幼児が差し出された。
「こんにちわぁ」
人間の幼児は、不思議そうな顔で俺を見つめた後、にぱぁっと笑った。
落雷を受けたみたいな衝撃。
可愛い笑顔に、一瞬で心を奪われた。
あまりに愛らしくて、顔の筋肉がゆるんで、デレッデレになっちまったぜ。
なんっだこれ!
めっちゃくちゃ可愛すぎねぇかっ?
これ、マジで人間?
こんな可愛いもの、殺せるはずがない。
震える両手を伸ばし、魔獣ごと人間の幼児を受け取った。
胸に抱き寄せると、柔らかくてあったかくて、気持ち良い。
小さな可愛い存在が、俺の腕の中にいる。
さっき、アリーがしていたように、人間の幼児の頭を撫でてみる。
人間の幼児は、気持ち良さそうに目を細めて、頭をこすり付けてくる。
「もっと撫でて」って、すり寄ってくる仔犬か仔猫みたい。
どうやら、頭を撫でられるのが好きらしい。
ヤベェ、コイツ、めっちゃ可愛い。
可愛い以外の言語が死んだ。
ああ……俺の真っ黒に染まった邪悪な心が、真っ白に浄化されていく……。
アリーが拾っちゃった気持ちが、今なら分かる。
これは、拾わずにいられない。
拾った。
そうか、「拾った」んだよな……なら。
「これ、俺にちょうだいっ!」
「誰がやるかっ!」
言った直後、アリーに奪い返された。
アリーの腕に戻った人間の幼児と魔獣は、キョトンとしている。
キョトン顔も可愛い。
もうどうしても欲しくて欲しくて仕方がなくて、アリーに必死に頼み込む。
「なんでだよっ? 落ちてたの、拾ったんだろっ? だったら、俺にくれよ! 大事に飼うからさっ!」
「私が拾ったんだから、私のもんに決まってんべさっ!」
「早いもん勝ちかよっ? ズルいっ!」
「ズルくねぇわ! そんなに欲しけりゃ、自分で拾って来いやっ!」
「ヤダヤダ! それが良いんだもんっ!」
俺とアリーの攻防は、いつまでも平行線を辿った。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、誠に申し訳ございません。