最終話
ここまでお付き合い頂きまして、心より厚く御礼申し上げます。
【邪悪な魔女】
「魔女狩り」の抗争(お互いを倒そうとして争う)中、フェリシアの歌が聞こえてきた。
フェリシアの歌を聞いていると、自然と涙が溢れてくる。
天使の歌声のように美しく透き通った歌声は、耳から心へ流れていく。
清らかな歌声に憎悪の感情は浄化され、魔族も人間も戦いを止めた。
歌の力は人間や魔族だけじゃなく、草木や大地にも作用して、森が蘇った。
これほどに素晴らしい「奇跡の力」を持っているのに、何故「無能力の子」と呼ばれたのよ。
ここで、考えられることはふたつ。
・フェリシアの奇跡の力が特異(他と異なって、特に優れている)で、判定出来ない属性だった。
・フェリシアは、力の発現(表面に現れ出る)が普通の人間よりも遅かった。
実は以前、興味本位で、「能力鑑定所」の見学へ行ったことがあるのよね。
人間は三歳になると、奇跡の力が発現するらしいのよ。
鑑定の水晶に触ると、水晶が属性の色に光り輝いて判定される。
赤なら火、青なら水、黄なら風、緑なら土、白なら光……といった具合にね。
たぶん、フェリシアが触った時は、水晶が光らなかったんだわ。
フェリシアの力が特異すぎて、判定出来なかったのだとしたら、その水晶は無能。
今すぐ、粉々に叩き割ってやりたい。
一番考えられそうなのは、ふたつ目の「力の発現が遅かった説」
フェリシアは三歳の時、力が発現していなかったせいで、鑑定出来なかったとしたら。
鑑定出来なかったから、人間達が勝手にフェリシアを「無能力の子」だと思い込んだんじゃないの?
もしかしたら今、再鑑定したら、正しく判定されるかもしれないわよね。
かといって、今更、鑑定所へは行けない。
フェリシアは、人間でありながら、人間から排除された人間。
しかも、「元から存在しなかった」ことになっているという。
実の両親からも、「なかったこと」にされた可哀想な子。
人間どもは永遠に、フェリシアが「無能力の子」だと思い込んでいればいいわ。
フェリシアが、本当は奇跡の力を持っていると知ったら、必ず人間どもは手のひらを返してくるもの。
「無能力の子」を捨てた毒親どもも、「奇跡の力を持つ子」なら取り戻しに来るはずよ。
したっけ、フェリシアはどうかしら。
自分が無能力の子ではないと知ったら、喜ぶかな。
「奇跡の力」を持っているなら、家へ帰れると思うかもしれない。
フェリシアの幸せを考えるなら、親元へ帰してやるべきだけど。
奇跡の力を持つフェリシアなら、毒親どもは愛してくれるだろうか。
いや、どうしても、毒親どもは信用出来ない。
何かあれば、また虐待するに決まっている。
そして何よりも、私がフェリシアを手放したくない。
フェリシアはこのままずっと、何も知らないでいて欲しい。
その代わり、いっぱい愛して、絶対に幸せにしてみせるから。
分かっている、これは私のエゴ(egoism=他の迷惑を考えず、自分の利益の為だけに行動する)だ。
ごめんね、フェリシア。
やっぱり私は、邪悪な魔女だった。
【辞職】
フェリシアと出会ってから、俺の考えが大きく変動した。
人間であるはずのフェリシアを、何故か「とても愛おしい」と感じたんだ。
でも、「人間を滅ぼしたい」って、気持ちは変わらなかった。
なんでか、フェリシアだけが、俺の中で特別なんだよね。
そのせいで、決意がゆらいだ。
「人間を滅ぼす」ってことは、フェリシアの両親も殺すってことだから。
俺は、フェリシアの両親を知らない。
両親は、フェリシアを愛していたのだろうか。
母親はなんで、自分が産んだ子を虐待して捨てたんだろう。
人間の考えることだから、きっとスンゲェつまんない理由に違いない。
おおかた、「無能力の子」だから。
街中の人間が「無能力の子」と忌み嫌い、排除したように。
人間の祖先である「ヒト」を、人間が「なかったことにした」のと同じように。
フェリシアを捨てた親なんて、死ねば良い。
でも、親が死んだら、フェリシアが悲しむ。
実際、フェリシアは「パパとママが、一番好き」と、言っていたからな。
暗い場所に閉じ込め、ゴミしか食べさせてくれなかった親を、今でも愛している。
冷たくされても、捨てられても、親の愛を求め続ける。
幼い子供ほど、親への依存心が強い。
子供が、親への未練を断ち切ることは、難しい。
どんな毒親であろうとも、子供は親を裏切れない。
毒親に育てられた子ほど、愛情不足で、愛されたいと強く願う。
だから、フェリシアは甘えたさんなんだ。
甘えたさんが、フェリシアの可愛いところでもあるんだけどね。
だから俺はずっと、迷い続けていた。
愚かな人間を滅ぼすべきか、否か。
悩んだ末に、行き着いた答えは「何もしない」
俺は人間の行く末を、傍観(何もせずに、見ているだけ)することにした。
どうせ、愚かな人間どもは、何度も同じ過ちを繰り返す。
自らの過ちに気付き、悔やみ、反省したとしても、何も学ばない。
まれに、英知(すぐれた知恵)を持つ者が現れて警告を鳴らしたとしても、大多数が愚かで、警告を何ひとつ生かせやない。
人間の歴史を見れば、明らかだ。
引き返せない滅びの道を、自ら選んで進んでいく。
俺ひとりじゃ止められないし、止める気もない。
これまでもこれからも、お前らの好きにしたら良いじゃん。
それで人間が滅んだとしても、自業自得でしょ。
お前らのバカさ加減を、笑いながら見届けてやるよ。
これ以上、人間の政治に関わらない為、「国王特別顧問」を辞職した。
今までは政界を中からじわじわ腐らせて、人間を陥れてやろうと考えていた。
でももう、傍観するって決めたから。
もう充分やることやったし、ほったらかしといても、勝手に自滅するはずだから、俺知~らないっ。
辞職願を出したら、国王をはじめ、多くの議員や職員から惜しまれた。
今まで汚職もせず、誠実(真心を持って真面目に、人や物事に対すること)に勤めてきたからな。
辞める日には「お疲れ様でした」って、みんなで盛大に拍手してくれた。
花束贈呈までされた時には、不覚にもうるっときちゃったぜ。
「人間も悪くないな」なんて、らしくないことを思っちゃったよ。
【「なかったこと」にされた子】
多くの犠牲者を出した「魔女狩り」から、約一年後。
森と人間の街の境界に、「英霊達の慰霊碑」が建立されました。
慰霊碑の台座には、抗争で犠牲となった人間達の名簿が刻まれています。
碑文(石碑に彫られた文章)には、「勇敢に魔女へ挑み、戦没した英霊達を偲び、追悼の思いをこめて、この碑を建立する」と書かれています。
慰霊碑は、「二度と同じ過ちを、繰り返してはならない」という戒めの意味も込められています。
こうして、「慰霊碑完成式典」兼「追悼慰霊祭」が、粛々(しゅくしゅく)と(ひっそりと静かに)執り行なわれました。
遺族や街の人々が、慰霊碑に花を手向け、平和への祈りを捧げました。
これ以降、魔女の恐ろしさを思い知った人間は、森へ近付かなくなりました。
そして、「魔女狩り」をすることは、二度とありませんでした。
「無能力の子」と呼ばれた子は、歌でなんでも願いを叶えることが出来る「奇跡の力」を持っていました。
世界を新しく作り替えることすら出来る、創造主たる力の持ち主だったのです。
ですがその子は、自分が奇跡の力を持っていることを、知りませんでした。
奇跡の力なんかなくても、自分を愛してくれる魔族達がいれば、とても幸せだったのです。
人間の歴史において「なかったこと」にされた子は、魔族達と共に森の中で一生幸せに暮らしました。
めでたしめでたし。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、深くお詫び申し上げます。