奇跡の力
フェリシアは、「無能力の子」なんかじゃなかったんです。
【魔石】
「やれやれ……だいぶ片付いてきたし、そろそろ、結界を張り直そうかしらね」
「『けっきゃい』って、なぁに?」
「『対人結界』っつってね。分かりやすく言うと……」
私は、その辺に落ちていた適当な細さの棒を、一本拾った。
棒で、地面にモジャモジャしたものを描いて、大きな〇で囲む。
「このモジャモジャが、うちらが今いる森ね。そんで、この〇が結界。結界に人間が入って来ると、結界が『人間が来たよ』って、教えてくれるのよ」
「へぇ~、そうにゃんだ? 結界しゃんって、しゅごいね」
「フェリシアが、初めて森に入って来た時も、結界が『フェリシアが来たよ』って、教えてくれたのよ」
「結界しゃんが教えてくれたから、お姉しゃん、会いに来てくれたの?」
「そうよ。でも、困ったことに、今はその結界が壊れちゃってるんだわ。直さないと、なんも教えてくれないのよね」
もし、結界がなかったら、フェリシアと出会えなかった。
私が見つけなかったら、フェリシアはきっと死んでいた。
子供にも分かるように簡単に説明すると、フェリシアがじっと私を見上げる。
「お姉しゃんは、結界しゃんを直しぇるの?」
「うん。私なら、直せるよ。したっけ(じゃあ)、フェリシアも結界直すお手伝いしささってくれる?」
「うん! お手伝いしゅるっ!」
「そう、良い子ね」
よしよしと頭を撫でると、嬉しそうに笑うのが、なまら(とても)可愛い。
良い子がすぎる。
可愛さの天才かな?
さて、結界を張るには、規模に見合った魔石が必要となる。
魔力が強く、結界に最適な力が宿っている魔石を使う。
原石(加工されていない石)で、透明度の高いものが望ましい。
さらに、石の大きさや、配置する間隔も重要。
目安としては、三六四センチ×三六四センチの範囲に対して、約百グラムの魔石が四個必要となる。
魔石を四つ角にひとつずつ設置して、四角く囲む感じ。
より大きな魔石を使えば、その分、広範囲の結界を張ることが可能。
邪気(悪い気)が溜まった魔石は、約一ヶ月ごとに浄化しなければならない。
魔石に日付を書いておくと、浄化する日が分かりやすい。
邪気が溜まった魔石は、神聖な力が宿る水で清め、月の力が最も強い新月の光を浴びさせることで、浄化出来る。
一ヶ月前の魔女狩りで、自称勇者様(笑)達に魔石は砕かれ、ガソリン爆発でほとんど気化(気体になる)してしまった。
全部、一からやり直しか……面倒臭い。
結界を張るには、まず、新しく魔石を掘り出すところから始めなければならない。
私が結界に使っている魔石は、岩塩。
装飾品や美術品としても綺麗で、食べられる鉱物。
ちなみに、岩塩(塩化ナトリウム)は火を着けても燃えない。
燃えないけど、約千℃を超えると溶け始め、さらに過熱し続けると蒸発する。
ガソリン爆発の最高温度は約二千℃なので、岩塩は余裕で気化する。
幸いなことに、森には岩塩坑(塩で出来た洞窟)がある。
岩塩は、鉱物としてはかなり柔らかく、簡単に掘れる。
黒板用チョークの『モース硬度(硬さの単位)』が一だとすると、岩塩のモース硬度は二。
岩塩は、ちょっと高いところから落としただけで、簡単に割れるぐらいモロい。
蛇足(無駄話)だけど、冷凍庫に入っている時の『井村屋あずきバー』のモース硬度は九。
世界一硬い、ダイアモンドのモース硬度は十。
井村屋あずきバーが、どれだけ硬いかが分かるだろう。
でも、井村屋あずきバーは、結局のところ氷菓だから、冷凍庫から出せば、溶けちゃうんだけどね。
それはさておき。
鶴嘴で鉱物を掘れば、当然、破片(小さなカケラ)が出る。
鉱物の破片は『クズ石』と呼ばれて、ほとんど価値がないんだけど。
岩塩の場合は、塩として利用価値がある。
フェリシアには、お砂場セットのこまい(小さい)スコップとバケツを持たせる。
「フェリシアはこれを使って、こまい石を集めるのよ?」
「は~いっ」
「バケツがいっぱいになったら、この袋に入れてね。とりあえず、やってみ?」
「うんっ」
フェリシアは、その場にしゃがみ込み、破片を集め始める。
子供用のこまいスコップで、一生懸命集める姿が可愛い。
「そうそう、上手上手」
「えへへ」
褒めてやると、こっちを見上げて、嬉しそうにニコニコ笑う。
フェリシアは、スコップですくって、バケツに入れる作業を繰り返す。
こまいバケツは、すぐいっぱいになった。
やり遂げた満足そうな笑顔で、バケツをこちらに見せてくる。
「いっぱいになった~!」
「よしよし、良く出来ました。したっけ、こっちの袋に入れて」
「はーいっ!」
用意しておいた袋を大きく広げてやると、バケツをひっくり返して、岩塩の破片を移し入れた。
ちゃんと出来たので、私は笑いながら、フェリシアの頭をわしゃわしゃ撫でる。
「えらいえらい。あとは、おんなし(同じ)ことの繰り返しだからね」
「うん、分かったっ」
「破片はいっぱいあるから、頑張ろうね」
「うん! 頑張りゅ!」
こうして、私が岩塩を掘り、フェリシアが破片を集めることになった。
ワンコは、フェリシアの側でお座りして、うちらの作業を見守っていた。
【歌の力】
赤目の名前は、アリーとかいったっけ?
アリーとフェリシアが、ふたりで一生懸命なんかしてるけど、おれはすることがない。
フェリシアが遊んでくれないと、つまらない。
ヒマで眠くなり、ひとつあくびをして、その場に伏せると。
丸い石がひとつ、コロコロと、おれの目の前に転がってきた。
「わぅん?」
ちょうどボールぐらいの大きさだったので、嬉しくなって、思わず咥えた。
アリー、おれ、このボール拾ってくるから、遠くに投げてくれ。
テシテシと、前足でアリーの足を叩くと、おれが咥えた石に気付いた。
「お? 何よ、お前もお手伝いしたいの? なら、それ、そっちの袋に入れささってくれる?」
アリーが、石がたくさん入った袋を指差したので、咥えていた石を入れた。
ん? これか? これでいいのか?
するとアリーが、ニコニコ笑いながら、頭を撫でてくれる。
「よしよし、賢い賢い。したっけ、ワンコは、石を袋へ入れるのよ。分かった?」
「わんっ!」
なんか知らんが褒められた、嬉しい。
どうやら、石を袋に入れれば褒めてくれるらしい。
もしかすると、これは新しい遊びかもしれない。
やってみれば、結構楽しい。
おれはせっせと石を咥えて、袋に入れるを繰り返した。
フェリシアも楽しいのか、歌を唄っている。
良く通る優しい歌声が、辺りに響き渡る。
「緑の葉っぱが、お日様の光を浴びてキラキラ輝き、色とりどりの綺麗なお花がいっぱい咲いて、そよ風にゆらゆら揺れている」という歌だった。
「歌」って、おれには分からないけど、フェリシアが楽しいなら、それでいい。
唄っている時のフェリシアは、いつも楽しそうで、キラキラしている。
しばらくすると、アリーが掘るのを止めて、振り返った。
「今日は、こんくらいにして、そろそろ帰んべ。ふたりとも、お疲れさん」
「は~い」
「わんっ」
アリーは、石が入った袋と砂が入った袋を背負った。
暗いところから明るいところへ出ると、とっても良い匂いがした。
木々や地面から緑色の葉が生えて、太陽の光を弾いてキラキラしている。
色とりどりの花があちこちで咲いて、風にそよいでいる。
あれ? こんなだったっけ?
さっき、森に来た時は、花なんて咲いてなかった気がする。
アリーも、森を見渡して驚いている。
今日は、空も真っ青で、日差しもあったかいしな。
おれらがいない間に、咲いたんだろう。
「綺麗だね」
「わんっ!」
周りを見て、フェリシアが嬉しそうに笑う。
フェリシアが嬉しいと、おれも嬉しい。
フェリシアには、いつも笑顔でいて欲しいな。
【奇跡の力】
大地に青々(あおあお)とした草が生い茂り、草原が蘇っている。
切り倒したばかりの切り株に、もう芽が出ている。
花々が咲き揃い、温かな風になびいている。
柔らかい緑色の若葉は、陽の光を浴びて、きらめいている。
思わず深呼吸したくなる、香しい(上品な良い香りが匂う)空気。
花の蜜を求めて、どこかから飛んできた美しい蝶がひらひらと飛んでいる。
木の上では、鳥達が元気にさえずっている。
まさに、フェリシアが唄っていた歌詞、そのままだ。
たった半日で、森が蘇るなんてことは、あり得ない。
そうか……やっと気付いた。
むしろ、なんで今まで気付かなかったのか。
フェリシアは、「無能力の子」なんかじゃない。
「歌」こそが、フェリシアの「奇跡の力」なんだ。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。