取り戻した平穏
異世界ファンタジーに、「バレンタインデー」なんて言葉はありませんっ!
悪夢の魔女狩りから、約一ヶ月後。
今日は、お散歩に最適な小春日和(晩秋から初冬にかけての、暖かくて穏やかな晴天)。
ようやく、森の片付けが済んだから、Feliciaとワンコを、森で思いっきり遊ばせてやれる。
今までずっと、ふたりを家から一歩も出してやれなかった。
というのも、私の家は人間どもに焼き討ちされて、焼け出されてしまった(火災で家を焼かれて、住むところを失くした)。
ありがたいことに、Kentが「住むとこなけりゃ、俺ん家来いよ。お前らさえ良ければ、ずっと住んでも良いんだぜ」と、家に招いてくれた。
今現在、私とフェリシアとワンコは、ケントの家でお世話になっている。
しかし、ケントの家は「人間の街」にある。
魔女に喰われて死んだことになっている「無能力の子」と「魔獣」を、人間の目に晒すワケにはいかない。
人間の街にいる時は、私もケントも人間に擬態(姿や形を真似する)している。
フェリシアとワンコが外へ出る時は、人目に付かないように、大きめのコロコロ(底にタイヤが付いている、旅行用カバン)の中に隠して運ぶ。
段差にコロコロのタイヤが引っ掛かって、ガタゴトと大きく揺れた。
すると、コロコロの中から、キャッキャと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
私は物陰に隠れ、外からコンコンとコロコロを叩く。
コロコロはすぐに静かになり、ひそひそ声が漏れ聞こえてくる。
「『しー』だって」
「……わん」
フェリシアが言うには、「コロコロが揺れると、エドと中で、もみくちゃになる」んだそうだ。
フェリシアとワンコは、それが面白いらしい。
そんで、きゃっきゃ騒いだところを、私に注意されたいんだって。
良く分からないけど「ワンコと、もみくちゃになって騒いで、私に注意される」の流れが、楽しくて仕方がないんだとか。
何それ、なまらめんこい(とても可愛い)。
お前ら、なんでそんなに可愛いのよ?
森に入り、安全そうな場所へ辿り着いたところで、ケースを開けると、フェリシアとワンコの顔が覗いた。
ふたりとも、ニコニコと笑顔でこっちを見上げてくる。
はい、もう可愛い。
可愛さが大渋滞して、ニヤニヤが止まんねぇわ。
お前らを見てると、「可愛い」以外の言葉が出なくなるんですけど?
「はい、到着~。もう、出ていいよ~」
「は~いっ」
「わんっ」
ふたりは、「待ってました」とばかりに、外へ飛び出して森の中を駆け回る。
「あんまし、遠く行くんじゃないわよ~。私の目が、届くとこまでにすんのよ~」
「は~い! 分かった~っ! おいで、Ed!」
「わんわんっ!」
自由に走り回れるのが、よっぽど嬉しいのか。
追いかけっこしたり、ボール遊びしたり、森を散策したり、元気いっぱいで、ふたりともとても楽しそうだ。
特に、お散歩が大好きなワンコは、かなりストレスがたまってたみたいだかんな。
ふたりが、楽しそうに遊んでいる姿を見ると、微笑ましい。
ふたりを眺めながら、私は改めて森を見回す。
美しかった森は、変貌を遂げた(大きく変わり果てた)。
青々(あおあお)としていた草原は、焼け野原と化した。
生い茂っていた木々は、真っ黒に焼け焦げ、無残な焦土(焼け焦げて黒くなった土)を晒している。
真っ黒に炭化してしまった木は、早急に伐採(森林の木を伐り倒す)しなければならない。
放置すると、病害や虫害、他の植物の成長を妨げるなどの被害が起こる。
炭化した木も伐採すれば、炭として利用価値がある。
表面だけ焼け焦げた木は、炭化した外部をそぎ落とせば、木材として使える。
根が生きていれば、切り株は再生する。
草木が焼失して積もった灰は、植物達が養分として吸収し、成長する。
木々には虫達が集まり、その虫をエサにする鳥達が戻って来る。
鳥獣達のフンや死骸は植物の養分となり、実が生り、鳥獣達のエサになる。
これが「自然のサイクル」ってヤツよ。
根気よく世話してやれば、森は再び息を吹き返す。
命あふれる森へ再生するまでの道のりは、遥か遠い。
森が甦るのは、何十年後か、何百年後か。
フェリシアが生きている間に、少しでも綺麗になった森を見せてやれるだろうか。
魔の森全体に張っていた対人結界も壊れてしまったから、張り直さなければならない、
いつまでもケントの家に仮住まいするのも悪いから、早めに家も再建しなければならない。
問題が山積みで、考えただけでウンザリする。
でも、やらなきゃ。
面倒臭くても、ひとつひとつ、こなさなきゃならない。
この森が、私の居場所だから。
太陽がてっぺんに昇ったところで、腹が鳴った。
フェリシアとワンコも、いっぱい遊んで、腹を空かせているに違いない。
「お~い! そろそろご飯にするわよ~っ!」
「わ~い! ごは~んっ!」
「わんっ!」
呼べば、ふたりとも嬉しそうに駆け寄って来る。
ふたり揃って、私の足にまとわりつく。
犬が二匹。
可愛いがすぎるべさ、マジで。
「お姉しゃ~ん、おにゃかすいた~」
「はいはい、今、用意しささるから、ちっと待てや」
レジャーシートを敷いて、持って来たお弁当を広げてピクニック気分。
飯の前に、両手を合わせることも忘れない。
「ちゃんと、おててを合わせて『いただきます』すんのよ」
「は~い、いただきま~す」
「はい、召し上がれ~」
「あぃがとぉ」
フェリシアの首に前掛けを着けて、サンドウィッチを手渡してやると、大喜びで食べ始める。
リスみたいに、ほっぺた膨らませて食べるのが可愛い。
なんでも美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐がある。
ワンコには、骨付き肉を与えている。
「美味しい?」
「お姉しゃんのご飯は、なんでもおいひぃよ。ね? エド?」
ワンコは、しっぽをブンブン振りながら「うぉんっ」と、嬉しそうに吠えた。
コイツ、すっかり飼い慣らされた犬の顔してやがる。
お前、完全に野生忘れてんべ。
ワンコは肉を食べ終わると、骨を埋めようとして前足で土を掘り始めたので、慌てて叫ぶ。
「あっ、ワンコ! この辺りは、掘っちゃダメよ!」
案の定、死体を掘り当てて、「きゃいんきゃいんっ!」と、情けない声で鳴き出した。
「ほぉ~ら、言わんこっちゃない! めっ!」
「くぅ~ん……」
叱ると、ワンコはションボリと、耳としっぽを下げた。
魔獣は賢いから、一度叱っておけばちゃんと反省して、二度と同じことはしない。
「フェリシア、悪いんだけど、私が『良い』って言うまで、あっち向いて目を閉じといて。ばっぱい(汚い)から、こっち見んじゃないわよ」
「は~いっ」
仕方ないので、フェリシアを遠ざけて、埋め戻しておいた。
食後は、日向ぼっこしながら、仲良くお昼寝。
三人寄り添って、レジャーシートの上に寝転がる。
森の中を走り回って、ふたりとも疲れたんだろう。
私も午前中、焼け焦げた木を切り倒す力仕事で疲れた。
お腹いっぱいになれば、眠くなる。
仰向けになると、青い空、白い雲、草木を揺らす心地好い風、温かいぽかぽかのお日様。
私にくっついてお昼寝する、フェリシアとワンコが愛おしい。
頭や背中を撫でてやると、眠っているのに幸せそうに笑う。
一ヶ月前の出来事が、ウソみたいな穏やかさ。
こうしていられることが、夢みたいだわ。
人間どもの「魔女狩り」の襲撃は、過去何度も、数えきれないほどあった。
人間どもを皆殺しにすることなんて、慣れたもんだった。
だが今回は、守るべきものがいた。
生まれて初めて、自分自身の弱さと不甲斐なさを思い知った。
愛する者達を失う絶望は、もう二度と味わいたくない。
また襲撃があったとしても、ふたりだけは絶対に守り抜いてみせる。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。