歌が起こした奇跡
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「讃美歌三一二番What a friend we have in jesus」と「讃美歌第二編第一六七番Amazing Grace」は、作曲者と作詞者がご逝去されてから七十年以上が経過しているので、著作権は既に失効しています。
【歌が起こした奇跡】
その時、不思議なことが起こった。
突然、雨は止み、空は青く晴れ渡り、柔らかな光が空から降り注いだ。
あれほど激しく燃え盛っていた森林火災が、見る見るうちに鎮火していった。
同時に、どこからともなく美しい歌声が聞こえてきた。
What a friend we have in Jesus,
慈しみ深き 友なる主は、
All our sins and griefs to bear.
「罪」「咎」「憂い」を 取り去り給う(取り除いて下さる)。
What a privilege to carry,
心の嘆きを 包まず述べて、
(心の嘆きを、包み隠さずに、言い表して)
everything to God in prayer.
などかは降ろさぬ 負える重荷を。
(何故降ろさないのか? 背負っている重荷を)
人間も魔族も、黙って立ち尽くし、歌に耳を傾けた。
歌を聞いていると、憎悪で荒れ狂っていた心が、穏やかになっていく。
まるで、枯れ果てた大地に、恵みの雨が浸み込むように、心が癒されていく。
穢れが洗い流されるような清らかな歌に、私はいつしか涙していた。
周りを見回せば、その場にいた全員が感涙にむせび泣いていた(感激のあまり、声を詰まらせながら泣いていた)。
気付けば、誰もが完全に戦意を喪失(戦う気力がなくなる)していた。
たったひとつの歌で、争いは終息(終わる)した。
それはまさに、「奇跡」としか、言いようがなかった。
【再会】
戦意を失くした人間どもは、魔の森から早々に立ち去っていた。
好き勝手荒らしといて、都合が悪くなったら、いなくなりやがって。
ちゃんと、後始末してから行きなさいよね。
まぁ、今の私は、機嫌が良いから見逃してあげる。
Kentが嬉々(きき)(喜んで嬉しがる)として、声を弾ませる。
「あの天使の歌声は、Feliciaだぜっ!」
「分かってるわ、そんなん。聞き間違えようがねぇべさ。てっきり、死んだと思ってたわ」
「うん、俺も思ってた。あの状況で、どうやって助かったんだよ?」
「そんなことは、どうでも良いわ。フェリシアが、生きている。それだけで、充分よ」
「でも、そのフェリシアは、どこにいんだよ?」
「それな。たぶん、歌声を辿って行けば着くべ」
フェリシアは、今も癒しの歌を唄い続けている。
うちらは耳を澄まして、歌声を頼りにフェリシアを探す。
しばらくすると、焼け落ちた我が家へ戻ってきた。
火は完全に消え、残骸(破壊された後に残っている物)だけが積み上がっていた。
「え? まさか、この中にいんのっ?」
「フェリシア~ッ!」
私が名前を呼ぶと「お姉しゃ~んっ!」と、フェリシアの声が返ってきた。
「わぉ~ん」と、ワンコの遠吠えも聞こえてくる。
それを聞いて、確信した。
ふたりは、間違いなくこの中にいる。
たぶん、なんらかの要因が重なって、たまたま生き残れたんだ。
でも、残骸の中に閉じ込められて、出られないようだ。
もしかしたら、体がどこかに挟まって、動けないのかもしれない。
私は、残骸の山に向かって、話し掛ける。
「待ってて。今、なんとかして、助けてあげるからね」
「は~い」
良い子の返事が聞こえきて、そのけなげさに切ない気持ちになる。
閉じ込められて、怖いはずなのに、聞き分けが良すぎて泣けてくるわ。
さて、どうやって助け出せば良いもんか。
炭化した柱や壁が、複雑に積み上がっている状態。
中がどうなっているのか、外からは分からない。
どれだけ、空間に余裕があるのか。
ちょっとでもバランスが崩れれば、中にいるふたりは、ただじゃ済まない。
手に汗握り、嫌でも緊張する。
すると、ケントが残骸に向かって、手をかざす。
「こんなもん、俺が風で吹っ飛ばしてやるっ!」
「バカ! そんなことしたら……っ!」
止める間もなく、ケントが突風を巻き起こす。
小さな竜巻が発生し、柱や石を宙へ舞い上がらせる。
見る間に、残骸が小さくなっていく。
そこまでは良かった。
残骸と一緒に、フェリシアとワンコまで空へ飛んでしまった。
それに気付いたケントが、焦りの声を上げる。
「うわっ、ヤベぇ! やっちまったっ!」
ケントが慌てて風をゆるめるけど、もう遅い。
ふたりの体は、すでに数メートル上空にある。
「もう! 言わんこっちゃないっ!」
私は地面を蹴り、迷わず竜巻へ飛び込む。
風で巻き上げられた小石が当たってくるけど、気にしてられない。
今は、ふたりを助けることが優先だ。
風でもみくちゃにされているふたりに、めいっぱい手を伸ばす。
「フェリシアッ!」
「お姉しゃぁんっ!」
手を伸ばす私に気付いて、フェリシアもこちらに手を伸ばした。
その小さな手を、しっかりと掴んだ。
空中で犬かきしている、ワンコの前足を掴む。
ふたりを引き寄せ、腕の中に抱き込む。
「ふたりとも、無事で良かったっ!」
「お姉しゃんっ! 怖かったよぉぉぉおお~……っ!」
フェリシアは私の胸にしがみついて、大きな声を上げて泣いた。
ワンコも、「くぅんくぅん」と甘え鳴きしている。
温かくて柔らかい体に、愛しさがこみ上げてくる。
もう二度と、抱くことは叶わないと思っていただけに、喜びもひとしお。
大事なこの子達を失わなくて、本当に良かった。
【後始末】
※グロ描写はありませんが、「死体」という言葉はいっぱい出てきますので、閲覧注意※
「うわぁ……こりゃヒッデェな……」
森林火災は無事、鎮火した。
しかし、魔の森はすっかり変わり果ててしまった。
ガソリンが撒かれた後、火を放たれたせいで、火の回りが早かった。
たくさんの木々が、真っ黒に炭化している。
ガソリンの臭いと燃えた臭いが、まだ強く残っている。
焦土(焦げた黒い土)に転がる、たくさんの焼死体。
何体あるか、数えたくない。
このままにはしておけないから、埋葬(穴を掘って死体を埋める)するしかない。
「なんで、うちらが、後始末しささんなきゃなんないのよ」
「人間どもが、やらかしたんだから、人間どもが片付けろっての」
俺とアリーがブツブツ文句を言いながら、埋葬用の穴を掘っていると。
近付いてくる、大勢の足音。
作業の手を止めて音がする方向を見ると、人間の団体様が迫って来ていた。
その数、ざっと五十。
しまった。
そういえば、昨日の襲撃で、対人結界が壊れちまったんだ。
そのせいで、人間どもの侵入に気付けなかった。
「げっ? マジかよっ?」
「昨日の今日で、もう攻めてきやがったのかっ!」
アリーは木陰に隠れて、頭に巻いていたタオルと作業着を脱ぐ。
大急ぎで、赤いローブに着替え、魔女の仮面を着けた。
魔女変装セットを、持ってきておいて良かったな。
作業着姿じゃ、魔女には見えないもんね。
ちなみに俺は、真の姿をしている。
長い角が生えた黒山羊の頭、首から下半身の膝上までは人間、膝下は黒山羊で、全身真っ黒な半人半獣。
背中には漆黒の翼が生えていて、翼の出し入れは自由自在。
さっきまで、翼は邪魔だから隠してたんだけど、威嚇用に出しておくとしよう。
魔女に着替えたアリーと、翼が生えた半人半獣の俺を見て、人間どもは立ち止まる。
恐怖に顔を引きつらせ、悲鳴を上げる者すらいる。
おい、怖いなら来んな。
アリーは人間どもに向かって、魔女の口調で語り掛ける。
「また殺されに来たか、愚かなる人間どもよ」
しかし、人間どもは「戦う気はない」と、否定した。
「ならば、何用か?」
事情を聞けば、「勇者様達の死体を引き取りに来た」と言う。
勇者達の死体を供養し、慰霊碑を建造するそうだ。
言われて見れば、人間どもの服装は全員作業着。
持っている物も、ブルーシートや担架などで、武器になるような物は何もない。
それは、願ったり叶ったり(求めた時に希望が叶い、願った通りになる)。
正直、人間どもの死体の引き取り手がなくて、困っていたんだよね。
早めに引き取りに来てくれて、助かったわ。
「では、死者を連れ帰るが良い。手厚く供養すれば、死者も喜ぶであろう」
アリーは、墓に供えようと集めておいた、焼け残った花々(はなばな)(色々な種類の花)を人間に手渡した。
そういうことなら、俺も協力しちゃる。
俺は死者を悼む「鎮魂歌」を、唄い始める。
Amazing Grace,
アメイジング・グレイス(素晴らしき 神の恵み)、
how sweet the sound,
それは なんという 甘美な響きだろうか、
That saved a wretch like me.
私のような 惨めな者さえも 救って下さった。
I once was lost but now am found,
道を踏み外して 彷徨っていた私さえも 見つけて下さった、
Was blind, but now I see.
今までは見えなかった神の恵みを 今なら見出すことが出来る。
Yes,when this heart and flesh shall fail,
そう、この心と体が 朽ち果て、
And mortal life shall cease,
そして 限りある命が 止まる時、
I shall possess within the vail,
私は ベールに包まれ、
A life of joy and peace.
喜びと安らぎの時を 手に入れる。
人間どもはアリーから花々を受け取り、感謝の言葉を言いながら死体を運び始める。
ふいに、ひとりの人間が、俺に合わせて唄い始めた。
ひとりふたりと、だんだんと唄う者が増えていき、ついには斉唱(みんなで唄う)となった。
死体を運び終えると、人間どもはもう一度頭を下げて、魔の森から去って行った。
魔族や野生鳥獣の死体は、森に掘った穴へ埋めた。
埋めておけば、微生物に分解されて、やがて土へ還る。
土壌(植物が育つ土地)が肥えれば、いつの日か、森は甦るだろう。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。