魔女狩り
フラグが立ったら、Beach Flags並みに回収していくスタイルです。
【強襲】
森全体に張り巡らせた結界に「人間」の反応があった。
人間ごときが、魔族の縄張りに踏み込みやがったんだわ。
それも、尋常(普通)な数じゃない。
今までの「魔女狩り」とは、桁違い(規模が、他とは比較にならない)。
奴らが押し寄せてくる音と、殺気立った怒鳴り声が、遠くから聞こえてくる。
どこからともなく、かすかに漂ってくる何かが燃える臭い。
Kentも気付いたらしく、顔から笑みを消して黙り込む。
ワンコも警戒して牙を剥き、唸り声を上げている。
幼いFeliciaも、うちらの表情を見て、ただごとじゃないと悟ったのか、怯え始めた。
「みんな、どうしたの? 何があったの?」
「フェリシアは、こっちで良い子にしててね」
私はフェリシアを抱き上げ、寝室へ運ぶ。
ワンコも、私のあとをついて来る。
フェリシアをベッドに下ろすと、ワンコもベッドの上へ飛び乗った。
真剣な顔をしたケントが、ワンコの頭を撫でながら言い聞かせる。
「Ed、お前はフェリシアを守るんだぞっ!」
それに応えて、ワンコは「わんっ!」と、勇ましくひと鳴きした。
生後約三ヶ月が経ち、ワンコもちょっと大きくなった。
成獣(大人)と比べると、まだまだこまい(小さい)仔犬サイズだけどね。
魔獣の三ヶ月は、人間年齢換算だと四歳~五歳。
ワンコは着実に、フェリシアの忠実な守護獣へと育ちつつある。
いざとなれば、全力でフェリシアを守ってくれるだろう。
フェリシアが恐怖に震えながら、ワンコをギュッと抱き締めた。
なだめるように、ワンコがフェリシアの顔を舐めている。
ワンコに舐められて、フェリシアは落ち着きを取り戻したようだ。
フェリシアは、ワンコに任せても大丈夫そうだ。
私は屈み、フェリシアと目を合わせて、丁寧に言い聞かせる。
「フェリシア、うちら、急にお出掛けしなくちゃいけなくなったから、ちょっと行ってくるわね。いい? 『何があっても、絶対ここから出るんじゃないわよ』?」
「……うん」
フェリシアも、真剣な顔で頷いた。
素直なフェリシアが愛おしくて、頭を撫でる。
「よしよし、良い子ね」
「良い子にして待ってりゅかりゃ、早く帰って来ちぇね」
「もちろん、すぐ終わらせて帰って来るから、大人しくここで待ってんのよ?」
「うん、分かった。お姉しゃん、お兄しゃん、行ってらっちゃ~い」
「行って来ま~す」
離れがたく思いながらも、フェリシアの頭から手を離す。
私とケントは、フェリシアに手を振りながら、寝室の扉を閉めた。
そういえば、フェリシアと出会ってから、離れるのは今回が初めてだわ。
寝室の扉の前に、テーブルや椅子を積み上げて、簡単なバリケードを作り上げる。
窓も全て鍵を掛け、玄関の鍵も閉めた。
これで、人間達の侵入を多少は防げるはず。
鍵を壊されたとしても、時間稼ぎくらいは出来る。
「したっけ(じゃあ)、ちゃっちゃと(さっさと)お片付けして、フェリシアの元に戻るわよ!」
「よっしゃ! 人間どもなんて、うちらでぶっ飛ばしてやろうぜっ!」
ケントと顔を見合わせて、悪い笑みを交わした。
私は赤いローブを身に纏い、魔女の仮面を着ける。
「魔女狩り」なんて、返り討ちにしてやるわ。
うちらの縄張りに踏み込んだことを、死ぬ程後悔させてやる。
何があろうとも、フェリシアだけは絶対に守る。
フェリシアのぬくもりが残る右手を、強く握り締めた。
【逆襲】
外へ出た途端、燃える臭いと黒い煙が立ち込める(煙などが一面に満ち広がる)。
周囲一帯の草木が赤々と燃え、空気が熱く、火の粉が宙を降っている。
煙や灰を吸い込まないように、服の端で口元を覆った。
「人間どもが、うちらの大事な森を燃やしやがったのよっ!」
「汚ぇな、さすが人間マジ汚ぇ! 許さねぇ! 皆殺しにしてやるっ!」
恐らく、うちらをおびき出す為に、森に火を放ったんだ。
普段はしまっている、漆黒の六枚の翼を出す。
「Allie! 俺、先に行くぞっ!」
「したっけ、先陣(敵陣への一番乗り)は、任せたわよ! 私もすぐ、追うわっ!」
「よし、分かった! 特攻隊長は、俺に任せとけっ!」
翼をはためかせて、上空へ飛ぶ。
空から見下ろすと、大勢の人間がいた。
ざっと見ても、五十人ぐらいいそう。
よくもまぁ、こんだけ集めたもんだな。
上から見ると、蟻がうじゃうじゃしているみたいで、キモい。
火炎瓶を投げたり、ガソリンを撒いたり、武器を振り回して暴れている。
あっちこっちで、ガソリン爆発が起こり、ガソリンのせいで火の回りが早い。
よくも、うちらの縄張りで、好き勝手やってくれたな。
だったら、お前らが放ったその火、利用させてもらうぜ。
翼であおいで、さらに炎を大きく燃え上がらせる。
風を起こして炎の向きを変え、人間達の周りに炎の壁を作り上げた。
炎の壁に囲まれて、逃げ場を失った人間達は、黒煙を吸い込んでむせている。
人間達は悲鳴を上げ、しきりに炎を消そうとしているけど、無理っしょ。
だって、さっき自分達で、ガソリンを撒きまくってたべや。
ガソリンは、一度火が着いたら、そう簡単には消えねぇぞ。
ガソリンは引火性(火が着きやすい)が高く、非常に気化(液体が気体になる)しやすい。
ぶちまければ、目に見えない気体となったガソリンが、空気中に漂う。
近くに火種があれば、あっという間に大爆発して大火災となる。
分かりやすく例えると……そうだなぁ。
戦隊ヒーローが名乗りを上げた後に、背後でドカーンって、オレンジ色に爆破するヤツあるじゃん?
あれは爆弾じゃなくて、ガソリン爆発だって知ってた?
あの爆発の仕方が、ガソリンが気化した証拠なんだよね。
「奇跡の力」で、水を掛けて消火しようとしている人間どもがいるけど、そんなもんじゃガソリンの炎は消えねぇよ。
ガソリンは水よりも比重(同じ体積を持つ物質と、比べた重さ)が軽いから、水を掛けると却って(逆に)燃え広がるんだよ。
ガソリン火災に有効なのは、消火器の消火用薬剤による「窒息消火(酸素を失くして消火すること)」
素人が消火出来る段階は、本当に初期の初期。
本格的に燃え広がったら、手の打ちようがない(どうすることも出来ない)。
それに、ガソリンを撒くのに、なんで誰も消火器を持ってこないかな?
今更、消防隊を呼んでも遅い。
あとは、燃え尽きるのを待つのみ。
ホンット、人間ってバカだよねぇ。
せいぜい、自分達の愚かさを、悔やむんだな。
翼で炎と煙をあおぎながら、俺は高みの見物を決め込む。
そこで、アリーが追い付いて、肩透かしを食らったような顔をする。
「あれ? もう終わったの? 人間って、マジで弱っちぃのね」
「こんなんじゃ、俺が本気出したら、あっという間に滅ぼせちゃうぜ」
俺が得意になって笑うと、アリーも悪い笑みを浮かべた。
――そう、この時、俺もアリーも、完全に人間を舐め切っていた。
その慢心(相手を見下して、調子に乗る)が、いけなかった。
「魔女狩り」の部隊が「ひとつじゃなかった」ことに、気付かなかったんだ。
【放火】
外が、やけに騒がしい。
ドガッバキッと、硬い物を叩く音。
何かが燃えるイヤな臭いが、部屋の中まで入って来る。
何かとてつもなく恐ろしいことが、外で起こっている気がする。
「きゅーんきゅーん……」
「エド、怖いの? だいじょぶ、抱っこしてあげりゅ」
怖くて鳴くと、青目がギュッと強く抱き締めてくれた。
大好きな青目が抱き締めてくれると、気持ち良くて嬉しい。
見れば、青目も涙を流しながら、小刻みに震えていた。
青目も、怖いんだ。
可哀想で、涙をペロペロと舐める。
今は、赤目も黄目もいない。
黄目から「フェリシアを守れ」って、言われた。
青目は、フェリシアっていうのか。
そうだ、フェリシアを守る。
怖がっている場合じゃない。
でも、守るって、どうすればいいの?
フェリシアから、離れなければいいのかな?
なんだか、フェリシアから離れちゃいけない気がする。
きっと、これが「守る」ってことなんだ。
外の音は、ドンドン大きく激しくなる。
なんだか、周りが白くなってきて、息が苦しい。
けむたくて、急に空気も熱くなってきた気もする。
フェリシアも苦しそうに、ゲホゲホ言っている。
パチパチと音が聞こえて、音がする方を見れば、すみっこの方にオレンジ色の火が見えた。
マズい、ここ、燃えてるっ!
「う゛ぅぅ~っ! わんわんわんわんっ!」
「エド? なんで怒ってるの? わぁっ!」
鋭く吠えれば、フェリシアも火に気付いて、驚きの声を上げた。
なんだか分からないけど、ここにいたら危ない気がする。
早くここから、逃げないと。
フェリシアの服を噛み、外へ出るように引っ張る。
「何? どこか行きたいの?」
だが、フェリシアは、ベッドの上から動かず、首を横に振る。
「メだよ! お姉しゃんが『何があっても、絶対ここから出るんじゃない』ってゆったから、出ちゃメなのっ!」
「わんわんわんわんっ!」
そんなこと、言っている場合かっ!
赤目の言葉は、合ってるけど間違っている。
赤目は「ここに隠れていろ」って、意味で言ったんだ。
でも、今は状況が違う。
ここから逃げないと、フェリシアが燃えてしまう。
部屋から出そうと、何度吠えても、力いっぱい引っ張ってもダメだ。
フェリシアがベッドにしがみついて、ちっとも動いてくれない。
そうこうしている間にも、部屋がメラメラと燃えていく。
熱い炎に囲まれ、視界はどんどん白くなって、煙にむせる。
そしてついに、フェリシアが倒れた。
「わんわんわんっ!」
何度、顔を舐めても、目を開けない。
鼻先で、フェリシアの顔を突くと、小さくうめいた。
良かった、生きている。
今逃げれば、まだ間に合う。
こうなったら、外へ引っ張り出してやる。
フェリシアの服を咥えて、全力で引っ張る。
だけど、フェリシアの体は、大きくて重くて動かない
ここから早く逃げないと、フェリシアが燃えてしまう。
どうしようっ? 誰か助けてっ!
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。