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慧一の妹、梓の葬儀は翌日の夕刻に葬儀会場で行われ、俺も参列した。
そこで初めて、弟、凛一を目の当たりにした。
家族席に座る慧一の隣で肩を震わせながら泣いている。
喪服姿の慧一はその胸にすっぽりと入るぐらいの小さな凛一の背中を抱き、そのこぼれる涙をぬぐってやっている。
何故だか…不思議な気がした。
そのふたりの空気だけが他とは違う色で満たされている。
彼等だけが別空間にいるみたいに浮いているのだ。
その隣にいる上品な紳士はふたりの父親だろう。その父親ですら、このふたりと全く交わらない。
違和感を感じたまま、式が始まる。
葬儀は凛一のしゃくりあげる嗚咽に同調するように、終始涙と鼻を啜る音が鳴り止まず、まだ早すぎる妹、梓の死を誰もが悼んだ。
だがそれ以上に慧一と凛一のふたりの悲しむ姿に感化されたのは紛れもなかった。
葬儀が終り、出棺までの間、俺は慧一に一言お悔やみをと家族の控え室に向かった。
ドアを開けようとすると、声が聞こえた。
少し高い声と、慧一の声だ。
扉の間から覗くと、ソファに座った慧一が泣いている凛一を抱きながら話しかけている。
話の中身まではわからないが、しきりに頭を振る凛一を宥めている慧一がいる。
「もう泣くな」
慧一が目じりにたまる凛一の涙を口唇で吸うと、凛一は顔を上げて自ら慧一の口唇に自分の口唇を押し付けた。
角度を変えながら何度も…口と口の間からチラチラと赤い舌が見えた。
彼等はお互いを味わっているのだ。
凛一は泣くのを止め、慧一にしがみ付く様に身体を預け、陶酔した眼差しでキスをする。
慧一は…慧一は目を開け凛一の顔を凝視している。その顔には何の表情も見受けられない。ただ凛一の求めに応じているだけ…のように見えた。
…俺はその場所から離れた。
彼等がどんな関係なのか、あれだけの場面を見せられても理解できなかった。
肉体的な淫猥な感情が全く感じられなかったのだ。
慧一は以前から凛一のことを天使だと呼んでいた。
その言葉どおりあの子のキスは欲情したものではなかった。
では慧一はどうだ?
何も感じていないのか?…俺にはわからない。それを聞き出すのさえ阻かまれる。
俺は考える。
あの子は…凛一は確かに綺麗な少年だ。だからといって見るからに色香を振りまくような蠱惑的なものは微塵もない。俺から言わせれば普通の子だ。
慧一は何をあの子に見ているのだろう。ただのブラコンで片付けるのは安易な気がする。
自分が育てた弟だから特別な感情が湧くのは当たり前だ。
だからと言って…それが情欲に摩り替わるわけじゃない。
肉親の愛情だろう?…違うのか?もっと違う絆があのふたりにはあるのか?
…俺にはわからない。
ひと月ばかり経って、慧一から連絡が来た。
急いでマンションに会いに行くと、慧一は憔悴しきった顔で俺を見つめ、そして身体を預けるように寄りかかり、俺を抱いた。
「紫乃…俺を救ってくれ…」
「慧一…何があったんだ」
「…俺には…無理だ。凛一を育てていくなんて出来ない」
「…慧…なにもおまえひとりが背負い込むことはないだろう。父親だって親戚連中だっているじゃないか」
俺の言葉に慧一は首を振る。
「あいつは…俺の手からしか食べようとしない。他の奴が無理矢理食わそうとすると吐くんだよ。そのまま死ぬつもりだ…俺が居ないとあいつは…」
「慧…」
嗚咽する慧一の身体を抱きしめる事しか俺には出来ない…
どうなってしまうのか先行きのわからない状況だったが、春を迎える頃になると、凛一も落ち着いてきたと、慧一の顔から安堵の程が伺えた。
「大分落ち着いたようだな」
「そうでもないが…取り敢えずひとりで食えるようにはなったよ。中学にも行くようになるし…少しは大人になってもらわないと、俺も困る」
「…」
そう言って、甘やかしてきたのは誰だよ、と言いたい気分になった。
誰だってひとりで色々なものを抱えながら生きているんだ。
凛一がいくら小さい時に母親を亡くしたと言っても、父親も兄妹も居て、経済的にも何も不安はなかったはずだ。それは充分幸せの域だろう。それなのにマトモに育っていないのは、おまえ等兄妹が凛一をちゃんと育てられなかった所為だろう。
そういう意味ではおまえ達は親失格と言われても仕方ない。
「凛は頭のいい子だから、色々考えすぎるんだ」慧一は苦笑する。
「…おまえ、ブラコンだけならまだしも、親バカか?」
「え?」
「聞いてて恥ずかしくなる。おまえはあの子を天使に育てたとか言うが、俺の見る限り、普通の子だよ。慧一は近くに居すぎておかしくなっている」
「おかしい?」
「中学にもなるのにおまえをわずらわせようなんて、子供だって言ってるんだ」
「あの子は子供だよ。まだ12なんだから」
「…」
ほら、このズレがおかしいんだ。
「それにあいつは本当に天使なんだよ。綺麗な虹色の六つの羽がある。梓も言ってた。普通の奴には見えないかも知れないが…俺たちには見えるんだよ」
「…」
慧一は本気で言っている。
この感覚はどう考えてもおかしい。
「…もういいよ。でもそんなに大事にしてもいつかはおまえの手から離れるんだぜ?慧一。その時、おまえは正気でいられるのか?」
「…考えたことはないよ」
「じゃあ、考えるんだな。逃げても始まらない事だよ」
俺の言葉に慧一はあからさまに眉を顰め、憮然とした表情で俺を見つめた。
「…結局人間はひとりでも生きていけるって話か、なら、紫乃は…俺と別れてひとりでも平気だということになるな」
「…別れ話…か?」
「おまえと凛一、どちらかを選べと言われたら、俺を迷うことなく凛一を選ぶ」
「…」
迷うことなくときたもんだ。呆れた話だ。言葉も出ない。
「弟と恋人を天秤にかける時点でおまえはおかしい」
「どこがだ?」
「結婚したからといって親子や、兄弟の縁が切れるわけではないだろう。兄弟は兄弟。愛する者とは並ぶ場所が違う」
「紫乃…おまえは間違ってる。愛する者に兄弟も恋人もない。俺は…純粋に凛一を愛しているんだ」
「じゃあ、抱けばいい」
「欲望で汚す愛じゃない」
また笑わせてくれる話じゃないか…慧一、それがおまえの本心なのか?
「…セックスは汚いのか?おまえは俺が汚れているから、俺を抱いても構わないと思うのか?…バカだろう、慧一。凛一がおまえの天使でも、いつかは欲望に塗れるよ。それが嫌なら…そうならないうちにおまえが手を付けた方が良くはないか?」
「紫乃…それ以上言うな。俺は本気で殴るぞ」
「おまえの本気なら見てみたい。おまえはいつだって…本気じゃなかった。俺を…本気で愛していなかったって、おまえに言われている俺のことも考えろっ!バカっ!」
そう言い残して、慧一の部屋を飛び出した。
別に一番に愛してもらわなくても良かった。凛一の次でも良かった。僅かでもおまえの本当の愛を感じていられれば良かったんだ。
慧一、誰も好きでひとりでいるわけじゃないんだ。
俺だって…誰かに愛してもらいたいんだ。
何故…判らないんだ!




