14 完結
以下の小説と連動しております。
宿禰凛一編は「one love」
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兄の宿禰慧一編は「GLORIA」
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凛一の恋人、水川青弥編は「愛しき者へ…」
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14、
11月18日は俺の35歳の誕生日だ。明後日に控えた晩、ニューヨークの凛一から電話をもらう。
『いいか、紫乃。俺と慧で祝ってやるから、仕事が終わったら時間空けとけよ』
「別にいいよ。年取ることを祝ってもらうのは二十五歳までだ。お肌の曲がり角が過ぎたら、ろうそくの火なんかいらねえや」
『年取ると僻みっぽくなってやだね~。愚痴っぽいとケースケちゃんに嫌われるぞ』
「うっせー!」
こちらから切ってやった。
バカやろう。啓介のことには触れるなよ。それでなくても…あいつは帰ってこない。
『誕生日には帰ってきたかったけど、ごめんね。戻るにはもう少しかかりそう…』 と、朝のメールが啓介から届いた。
「別に気にしてない。おまえは父親の面倒をしっかりみてやれ」と、返したけれど本意じゃないことぐらい啓介にだってわかっているはずだ。
…もうひと月近くおまえの顔を見ていない。
その日は模擬試験中で生徒達は午前中で下校。教務時間も四時には終わる。
その時間を見計らったように凛一からの携帯が鳴る。
『紫乃、仕事終わった?』
「ああ、今終わったところだ」
『誕生日のお祝いさ。ちょうど新しい聖堂が出来上がったから、そこでやることにした。だからすぐに来いよ。あんたの車なら三十分もかからないだろ?』
「だから何度も言ったろ。別に祝って欲しいって言ってねえよっ」
思わず語尾が強くなった事を悔やんだ。
『…紫乃、俺達があんたを祝いたいんだよ。来てくれないか?』
ささくれ立つ理由がなんであれ、凛一達の想いを素直に受け取る器量ぐらい持てよ。
「悪かった。すぐに行くよ」
『うん、待ってる』
「凛一」
『ん?』
「ありがとう」
『お礼なら聖堂で言ってよ。慧一も紫乃を待ってるからね』
携帯を切り、すぐに聖堂に向かった。
目的地の山手のまだ整地されたばかりの道路を登り、丘の頂上に立つ聖堂へ着いた。
仕上げ途中の門を潜り、資材が片付いていないガーデンを通り抜け、聖堂に近づいた。
東向きの聖堂は、どんな材質を使っているのかはわからないが桜色の壁面がなんともやわらかで美しい。ところどころにはめ込まれている白い大理石のモザイクが花びらのように見える。
宿禰家の家族への愛が満ちている気がした。
重厚なヒノキの扉を開ける。
真新しい木の匂いが鼻腔に広がった。程よい高さの天井のヴォールトも木材を使っているのだろうか。綺麗な木目が見える。目立たないが贅沢な作りだ。
華美なものは一切なく、ただあるものが必然にある。それだけだった。
大仰ではなくやわらかい光に満ちた空間が、身廊を清冽にしている。
こんな空間は初めてだった。
突然パイプオルガンの音が響いた。それさえ荘厳ではなく、ただ来る者を癒す為の音。
目をやると奥の左隅のオルガン席に凛一が座って弾いていた。
ブルグミュラーの「アヴェマリア」だ。
聖ヨハネの週一行われる礼拝で、週番がパイプオルガンを弾く。たびたび弾かれる曲がこの曲だ。
シンプルなのに美しい旋律。どこか懐かしい。
低い内陣の奥に背を向けて立っている男が居た。
背格好から一瞬啓介かと思ったが、啓介がここにいるわけがない。
こちらを向かなくてもわかっている。
俺は慧一に近づいた。
「慧一、すばらしい聖堂だな」
こちらを向いた慧一が穏やかに微笑む。
「ありがとう。今の俺と凛ができる精一杯の聖堂だよ」
「きっと母親も妹さんも喜んでいる」
「そうだといいな」
「しかし…」内陣をくるりと見回した。「何もねえな」と、笑う。一般の教会には当たり前にある、ベンチも恵の座も十字架もない。
「ここは安楽の地だからね。椅子に座って懺悔をする場所じゃないんだ。光を受け取ってくれたらいいと思っている」
「光か…」
正面にアルターピースはないが、シンプルにデザインされた薔薇のステンドグラスが淡く光に照らされている。
繰り返される心地良い音楽とステンドグラスに身を委ねていたら、慧一が口を開く。
「紫乃。三十五歳の誕生日おめでとう。これからも友人として家族として…愛し続けていけたらって、思っている」
「…うん」
「俺の誕生日に約束したこと覚えているか?」
「は?」
「抱えきれないほどの薔薇の花束をプレゼントするとおまえに言った」
「そう…だったな」
「残念だが俺からは渡せない」
「はあ?」
「是非おまえに渡したいという奴に役を譲ったんだ」
「えっ?」
鳴り終わっていたパイプオルガンが再びメロディを響かせた。
印象的な和音…メンデルスゾーンの…「結婚行進曲」。
慧一が内陣の右端の扉を開いた。
そこに立っているのは…啓介。
黒のタキシードを着た啓介は、両手に抱えきれないほどの薔薇の花束を抱えている。
赤い薔薇と同じくらい真っ赤な顔をして…
慧一が足の動かない啓介の背を押す。
啓介は緊張の所為でつんのめりながらぎこちない歩き方で俺の方に向かってくる。
クライマックスへ向かうメロディに乗せて、俺も啓介に近づく。
「紫乃…誕生日おめでとう」
「あ、りがとう…啓介、戻るなんて言わなかったじゃないか」
「紫乃を驚かせたかったんだ」
少しだけ済まなさそうに啓介は頭を傾げた。
「アホか…クソっ、騙された俺は素直に喜べない。今日のメールだって戻れないって言ってたクセに」
「それは…」
「俺が啓介くんに嘘をつけっていったの。実はこの企画、一週間前から啓介くんに頼んでたの」
オルガンを弾く手を止め、こちらに近づいた凛一がいたずらっ子の顔をする。くそっ、こいつにはまともに勝った試しがない。おのずと啓介を責めたくなる。
「一週間…啓介、おまえずっと俺を騙していたのか?」
「ごめんなさい。凛一さんたちが絶対紫乃が喜ぶから、黙っていろって…命令でしたので」
「紫乃、啓介くんを責めるな。俺と凛一が企てたとしてもすべて紫乃を喜ばせたかったからなんだから」
「だからって…俺がどんな気持ちで過ごしてたと思う」
「欲求不満が爆発しそうって事?」
「うるせー、凛一、黙ってろ!それより啓介、お父さんの具合はどうなんだ?ほおっておいてもいいのか?」
「父さんは『俺の事は構うな』って言ってる。『奇跡の復活をした息子に負けられるもんか』って。親父はね、俺には自由であれって言うんだ。『生きる喜びを見つけた啓介がここにいる理由などない』って…紫乃の事は話していないのにさ。ちゃんとわかっているんだよ、親父の奴。…俺はね、紫乃と生きていくって決めてたから、戻るつもりでいたんだ。だけど先に親父に言われたよ。まだまだ敵わないね。それこそ年の功って奴?」
「啓介…俺は…」
「ずっと待っててくれたんでしょ?…ありがとう、紫乃。俺も会いたかった」
啓介が渡してくれた薔薇の花束が眩しいくらいに赤く輝いた。
「紫乃、この聖堂は、誰でも愛を約束を慈しみを誓い合い、祝福される場所にしたいと願っている。ファザーは居なくても秘跡は執り行われる。誓いあう魂に嘘がなければ認められる。紫乃と啓介くんがこの聖堂の最初の約束の地へ導く者となれば幸いだ」
「慧一…」
なんてことだ…俺はなんて幸福者なんだ。こんなことって…信じていいのか…
俺は隣りに立つ啓介の顔を見上げた。啓介は俺を見て笑う。
「紫乃を幸せにするよ」
「俺も…啓介を幸せにすると…誓う」
目の前に並んだ慧一と凛一が祝いの拍手を奏でた。
「おめでとう、紫乃。いつまでも幸せに」
付き合っていた頃よりもずっと…慈しんでくれる慧一がいる。
「つまりは大団円…だろ?」
得意げにウィンクをする凛一がいる。
ステンドグラスの赤と白の薔薇が、夕日に照らし出され一層鮮やかに輝き始めた。
俺達は心奪われるままにその幸福の光を浴び続けた。
ただずっと…あるがままに。
次の休日、俺と啓介はパラをやるため、朝霧高原へ向かった。
ドライブ中に先日から気になっていたことを聞く。
「啓介、聖堂でおまえの着ていたタキシードは一体どうしたんだ?」
「あ、あれ?慧一さんが貸してくれたんだ。背格好は似てるって本当なんだね。ぴったりだったもの」
「似合ってはいなかったけどな」
「ひでえ~。まあ、凛一さんも笑いころげていたけどさあ。…俺に連絡くれて、念入りに計画を立てたのは凛一さんなんだ。慧一さんは薔薇の花束を揃えるために何軒も花屋さんをハシゴしたっていうしね。本当に紫乃の為に一生懸命だったんだよ」
「ありがたいと思ってるよ」
「紫乃は大事な家族だって言ってた」
「ああ、俺もそう思っている」
「俺も…一員になれる、かな?」
「…努力次第だな。言っておくが、あんまりあいつらに心を許すなよ。マジで天罰がくだらないとも限らない」
「何それ?もしかしたら…紫乃、焼きもち?」
「バーカ。天使と悪魔にはよほどの事がない限り近づくなって事。眺めて祈るぐらいがちょうどいいのさ」
「肝に銘じます」
啓介と初めて来たフライトエリアへ再び来れた。
ハーネスを背中に背負いながら、キャノピーを広げる。
「紫乃、ライセンス取れたんだね」
「当たり前だ。おまえより黒木さんの教え方が巧かったからね、すぐに合格を頂いたよ」
「ちぇっ、紫乃に唯一上目線で教えられるものだったのにさ」
「つべこべ言ってないでさあ、飛ぶぞ」
「うん」
「先に行くから、啓介。後ろから俺を導いてくれ。おまえの指示に従うよ」
「…任せろ、紫乃」
翼を広げ、フロントライズアップからテイクオフ。風に乗りふわりと宙に浮いた。
『紫乃、聞こえる?』
トランシーバーから啓介の声。振り向くと啓介のグライダーは俺の斜め横を飛ぶ。手を振って応えると、啓介も手を振る。
『ブレークとアクセルで少し加速しよう』
「わかった」
導く声は信頼に満ちている。
俺はふと気になって啓介に尋ねる。
「啓介、おまえはスキージャンプを怖いと思わないと言ったね。パラも同じなのか?」
『パラは競わないからね。俺には優しいばかりだ。だけどね、俺は自分の人生で初めて恐怖を感じたよ』
「え?」
『紫乃を失ったらと思うだけで、恐ろしさに震えるんだ。だから、紫乃だけは離したくない』
「俺も…同じだ」
俺の応えに啓介のトランシーバーは黙り込んだままで切れた。
気になって後方斜めの啓介を見る。
啓介は両手を口に広げ、俺に叫ぶ。
「愛してるーっ!紫乃、ずっと愛してるからなーっ!ずっと、ずーっと一緒にいようなーっ!」
繰り返し放たれる愛の言葉。
目の前には先ほどまで雲で見えなかった富士山の山頂が綺麗に晴れ、青空に冴え渡った輪郭を見せる。
止まらぬ涙のまま、俺はそれを眺め続けた。
私はただここに在った。
誰にも気づかれず、愛されぬまま、転がり彷徨っていた。
それを救おうとせず、許そうとせず、
省みる事もせず、
愚かな道化になる事も出来ず
ただ恨むばかり。
だが、愛は在った、私と共に。
多くの愛に気づかずに、ただ見ようをしなかった己の貧しさ故の涙。
欲しくて欲しくて欲しくて手を伸ばす
目覚めながら、清めながら、
幾つもの光を通り抜け、君の手を掴む
歓喜に震える君の手を掴む
あるがままの君を、私を、愛したまえ
ただ光が満ち溢れたこの世…
by saiart
長い間ありがとうございました。
これで一連の「greenhouse」はすべて完結いたしました。
拙いテキストを読んでいただいた皆様に感謝いたします。




