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13

以下の小説と連動しております。


宿禰凛一編は「one love」

http://ncode.syosetu.com/n8107h/

兄の宿禰慧一編は「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/

凛一の恋人、水川青弥編は「愛しき者へ…」

http://ncode.syosetu.com/n0724i



13、

 翌日に会う約束をして別れた。

 俺は片づけを手伝うと言ったのだが、啓介は「紫乃が傍にいたら俺、何も手につかなくなる。それでなくても嬉しすぎて口が緩んでくるのにさ。寮の生徒達にどう説明すればいいのさ。出て行くのがそんなに嬉しいのか?って責められるよ」と、言う。

「そうだな。ひと月半お世話になった寮のみんなとゆっくり別れを惜しんでくる方がいいね」

「紫乃、明日は空いてる?良かったらデートしない?」

「いつでも構わない」


 翌日は横浜の聖ヨハネ学院大学の近くに住む啓介のワンルームマンションまで車で出迎え、近くの水族館やドライブを楽しんだ。

 夕方啓介のアパートに寄り、そのまま一泊した。

 ワンルームの狭い部屋のシングルベッドで大の大人がふたりで寝る。

 体格のいい啓介とふたりで寝るにはどう見ても狭すぎるベッドは困惑するかのようにぎしぎしと鳴り続けたが、啓介は俺を離そうとはしなかった。

 いつまでも眠らない啓介を宥めても、啓介は堰を切ったように話し続ける。

 思いつくことを片っ端から話す内容は、啓介のままに笑いやウエットに富んだものだったから、飽きもせずに聞き役に回る。

「何から何までそんなに話したら、これから先付き合っていくのに話のネタが尽きてしまうぞ」

「尽きないよ。だってこれから紫乃との物語がどんどん増えていくわけじゃん。話すネタには困らない。それに紫乃が言ったじゃん。お互いのことを良く知り合うことこそ心を近づける一歩になるって」

「そう、だったかな?」

「だから紫乃の話も聞かせて欲しい」

「俺の?」

「そう…慧一さんの話、とか…」

「…」

「紫乃が本気で愛した人の話を、俺は知っておきたいんだ」

 誰にも話したことはなかった。あの兄弟以外、俺の葛藤を知る者はいない。それを啓介に晒すことは、俺達の間に生まれた愛情に水を差すことにならないのだろうか。

 それでも…啓介が知りたいのなら、俺は正直に打ち明けるべきなのだろう。

 俺は啓介に慧一とであったことや恋人になった経緯、別れた事を話した。そして今でも慧一という者に一方的な情愛を抱いていると。

「大学の二年間付き合っただけなのに、紫乃はまだ慧一さんのことを想っているの?」

「そうだな…想いの深さや感情は色を変えてしまったけど…愛していることには違いないのだろう。俺は今でも慧一の幸せを祈らずにはいられないのだから…」

「慧一さんは幸せなんだろう?だって、彼には凛一さんがいる。慧一さんの一番大事な人って凛一さんだよね」

「どうして、そう思う?」

「なんとなく…と言うより、ふたりの間に漂うオーラかな…凛一さんと少し話したけど、あの人って凄いね。あれだけ近寄りがたい容姿なのに、話し始めると人懐っこいし、笑うとめっちゃかわいいし…」

「惚れたか?」

「凛一さんに?まさか。無理だよ。畏れ多くて…ただ思うんだ。あんな人の傍にずっといるのなら、愛を注ぐしか仕方ないんだろうって。だからお兄さんである慧一さんは、凛一さんを愛して…逃れられないんだろうなあって」

「それが慧一にとって幸か不幸か…俺にもわからないよ。だが、それを慧一が望んでいるのなら、俺は傍で見守っていたいんだ…どうしてそう思うのか自分でもわからない。初めから片思いでしかなかった。今更慧一の愛が欲しいなんて思っているわけじゃない。ただ慧一との絆を断ち切りたくない。…啓介と抱き合っているのにこんな事を話すのが正しいとは思えないけれどね。啓介の純粋な心に背くのは後ろめたいからね」

「でも紫乃は俺を好きだって、愛してるって言ってくれた。それは間違いじゃないんだろ?」

「勿論だ。多分俺は自分を縛り続けていた慧一への想いを弛めて、そして許してやろうとしているんだと思う。慧一以外の者を愛しても、幸せになれると、少しずつ理解しているのかもしれない…」

 自分自身に言い聞かせるように呟く俺の頭を撫で、啓介は微笑んだ。

「俺よりずっと大人の紫乃でも、片付けられない感情ってあるんだね。それとも大人になるから難しいことが増えるのかな」

「知識は悪魔の実とも言う。無駄な知識も必要な知識も選択する側の判断だからな。どれが正しいなんていうのは死ぬ時に判るのかもしれない。それでも…慧一を愛した事を後悔していないし、啓介を選んだ事も正しいと思っているよ」

「良かった…正しい選択だと思われるように、紫乃を幸せにするからね」

 そう言って啓介は俺を抱き締める。

 …幸せにする…なんて安らかな言葉なのだろう。今まで得られなかったものを、啓介は意図も簡単に、そして真っ直ぐに俺に与えてくれる。

 幸せになりたい。啓介と一緒に、ずっと一緒に…


 俺たちは時間があえば平日でもお互いを共有した。横浜から鎌倉までは車を飛ばせばあっという間だし、お互いのマンションに泊り込む。

 これまで俺は遊びで数知れずの男と寝たけれど、自分の部屋へ入れるなんてことは殆どなかったから、この若い恋人の存在は俺の生活を一変させ、新鮮な感覚に毎日楽しくてならなかった。

 休みの日には近くの海岸でパラグライダーを習い、ついには俺も自分のグライダー一式を購入することにした。

「スクールに通ってちゃんとパイロットライセンスを貰ったら、どこでも自由に飛べるから、それまでは一緒に付いててあげるよ」

「一人前になっても付いてくれないと意味がないだろ?啓介と一緒に飛びたいんだから」

 何気ない俺の言葉に啓介は「紫乃、大好き!」と抱きつき、全身で喜びを表す。

 素直な感情に慣れていない俺は、なんとも啓介の性格が羨ましくてたまらない。


『紫乃、ごめん。明日のフライト、行けなくなった』

 突然の携帯電話からの啓介の声。 

 翌日の休日は新しく購入した俺のグライダーのテストフライトを行うことになっていた。

 俺も啓介も楽しみにしていたから、啓介の電話に俺もがっかりだった。

「どうした?急な用事なのか?」

『父さんが…倒れたんだ』

「え?」

『脳梗塞だって。元々血圧が高かったし…新しい店を開店させたりして、無理が祟ったらしい。仕事中に具合が悪くなって救急車で運ばれたって…俺、今から札幌の病院に行ってくるよ』

「わかった。とにかく早く顔を見せてあげて力になることだ。俺に出来る事があるなら、なんでもするから、啓介…」

『なに?』

 待っているとは言えなかった。

「…身体に気をつけて、お父さんをしっかり看護してあげなさい」

『うん。紫乃』

「ん?」

『待っててね。絶対、帰ってくるから』

「…」

『帰ってきたら一緒に飛ぼうね』

「…ああ、飛ぼう」

 俺の欲しい言葉をためらいなくくれるおまえが好きだよ。


 啓介の父親の容態は決して軽いものではなかった。命の心配はなかったが、相当の後遺症が残りそうだと言う。早期のリハビリも始まった。幾つかの店舗を持つ実業家でもある千葉家の経営は啓介の姉夫婦と母親が受け持ち、啓介は父親の世話につきっきりとなった。

 完全な回復は見込めないまでもひとりで身の回りの術ができるまでにはどれだけの期間を要するかわからない。

 大学の単位は充分取れているから留年はしないだろうと言っていたが…何より啓介はこちらへ戻ってこれるのだろうか…

 日が経つにつれ心配で仕方がない。

 俺は一度、慧一に捨てられている。突然俺の前から姿を消した慧一を俺は憎んだ。状況は違っても、俺の前に大事な者が居なくなった不安感は同じだ。

 「戻れないかもしれない」

 もし、啓介からそう言われたら、俺はどうすればいいんだ。


 携帯が鳴る。啓介からだ。

『紫乃』

「啓介か。お父さんの具合はどうだ」

『うん、頑張ってリハビリしてるよ。でもまだ立つのがやっとで…右半身が麻痺してるんだ。誰かが付いてた方がリハビリも集中的にやれそうだから、もうしばらくこっちにいるよ』

「わかった」

『パラ行った?』

「いや…啓介が帰ってからは行ってないよ」

『新しいグライダーもあるんだから、紫乃、大変だろうけど、ひとりで飛べるように練習しててよ。紫乃がライセンス取るまでには俺も戻るから』

「…」

『ね?』

「…わかったよ。おまえの言うとおりにするよ」

 親父の面倒を看るだけでも大変だろうに、俺なんかの心配までしてやがる。バカ野郎、俺の心配なんざ、してくれるなよ。おまえよりも十三も上のなあ…じじいの事なんざ…かまわないでいいんだから。

 涙が止まらないから上を向く。

 大丈夫だ。遠くにいても啓介は傍に居てくれる。


 次の休日、俺は富士山近くまで車を飛ばした。

 黒木さんから連絡を貰い、啓介から頼まれたらしく、俺のパラグライダーの練習に付き合うと申し出てくれた。

 到着すると、新しい俺のグライダーが用意されていた。

「啓介が選んだんですよ」

 翼は紫とオレンジ色のラインで描かれていた。

「藤と紫乃だから絶対に紫を入れるんだって。綺麗な色だ。きっと青空に映えますよ」

「そうですね…」

 

 黒木さんに教えを請い、なだらかな丘を何度もひとりで飛ぶ練習を繰り返す。飛ぶだけじゃなく、飛んだ後のキャノピーのたたみ方から、アクシデントへの備え、覚えなきゃならないメソッドはいくらでもある。

 一流のインストラクターでもある黒木さんの教えは判りやすく、昼前までには、一通りのメソッドを確認できた。

 休憩所でひとりでコンビニのおにぎりを食べていると、黒木さんが「隣りいいですか?」と、声を掛けてくる。

「勿論です」

「先生もコンビニのおにぎりですか。僕もです」

「先生は止めて下さい。今の立場では黒木さんの方が先生なんですから」

「そうですね。じゃあ、紫乃さんでいいですか?」

「ええ」

「啓介は…色々と大変そうですね」

「ええ、でもあいつなら乗り切ってみせるでしょう」

「啓介は、面倒見の良い子でしてね、サークルでパラをやる時も、みんなの分までおにぎりを作ってきたりするんです。啓介の握ったおにぎりは美味かった」

「そうですね…」

「紫乃さんは…啓介と付き合っているんでしょ?」

「え?」

「啓介が嬉しそうに言ってました。あんまり幸せだって言うから皮肉のひとつも言ってやるんですが、それも聞こえてないどころか有頂天で…本当に良かったと、思ってます」

「黒木さんは婚約者がいらっしゃると伺いました。ご結婚はいつ?」

「あ…ああ、そうですね…」

 バツが悪そうに頭を搔いた黒木さんはぼそりと言う。

「あれ、嘘です」

「え?」

「啓介の気持ちがなんとなくわかってしまって…でも受け入れる事は無理でした。だけど友情を壊したくなかったから、ああいう形で断わりました。啓介には内緒にしていてください。そのうち婚約解消になったとでも言っておきますから」

「そうだったんですか…」

「啓介は良い子ですからね。僕では彼を幸せにはできないと思っていました。あなたが…彼を受け入れてくれて本当に良かったと、心から思っているんです。先輩として啓介をよろしくお願いします」

「はい、啓介にとってより良い未来に導けるように、頑張ります」

「良かった~。これで一安心だ。啓介に嘘をついていたことが心苦しくて、誰かに話したかったんです」

 優しい笑顔を見せるこの人は、どこかに影が付きまとっている気がした。

「黒木さん…君は心に決めた人が、いるのでは?」

 黒木さんは苦い笑いを残し、その場を立ち去った。


 恋の成就は難しい。ならば尚更一度結びついた手を離すわけにはいくまい。


 風を孕んだ翼を抑えながら引き上げる。走りつつ地面を蹴る。

「啓介、早く帰って来いっ!」

 低く空に飛びながら、俺は叫び続けた。




次回で終わります。

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