表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/27

12

以下の小説と連動しております。


宿禰凛一編は「one love」

http://ncode.syosetu.com/n8107h/

兄の宿禰慧一編は「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/

凛一の恋人、水川青弥編は「愛しき者へ…」

http://ncode.syosetu.com/n0724i



12、

 実習の最終日も啓介は手作り弁当を持参した。啓介は感謝の気持ちを込めて赤飯を炊いたと国語と社会科担当の先生方に赤飯のおにぎりを配っていた。

「寮のおばさんにも手伝ってもらったんだ。炊飯器もひとつじゃ足りなくてね」

 皆に喜んでもらったと嬉しそうに笑う。

「勿論紫乃先生の弁当は特別だからね」

 いつものプラステックの弁当箱じゃなく、赤飯のおにぎりとおかずが一緒に竹の皮に包まれていた。

「ありがとう、千葉先生。よく味わって頂くよ」

 できるなら、これが俺に作る啓介の作る最後の弁当だと思いたくなかった。そう思う自分が感傷的になってしまうことを笑う。

 なんだよ、これじゃまるで転校する友人との別れを惜しむいじらしい高校生気分じゃないか。

 ゆっくり噛み締めて味わう俺を、じっと見つめる啓介にも慣れてしまった。「見てないで一緒に食べろよ」と、促すと素直におにぎりにかぶりつく。素直な少年のままに…

 俺はこいつを導いてやれるのだろうか…

 

 最後のホームルームで啓介はクラスの生徒達に挨拶をする。

 別れの言葉は時折涙で途切れ、生徒達のすすり泣く声が聞こえる。

 啓介は良い実習生だった。このまましっかり勉強して採用試験に受かれば、きっといい先生になれるだろう。

「先生もみんなと別れるのは寂しい。でも…みんなと会えたから先生には未来が見えたんだ。みんなに約束する」

 涙を拭いた啓介は明るい声で言う。

「再来年、君達がこの学院を卒業する時、先生は…俺は絶対この学院の先生となって、君達の卒業を祝福する。来年のこの学院の採用試験に絶対受かって見せるから。その為に一生懸命勉強するから、みんなも自分の夢を未来を信じて進んで欲しい」

 啓介を見る生徒らの顔が輝く。啓介の話す未来が生徒を照らす光となる。

 千葉啓介は生徒達が望み得る教師になり得るだろう。


 簡単な送別会が職員室で執り行われ、そしていつものように勤務時間が終わる。

 十月も半ば、日の入りも少しずつだが早くなった。

 各先生方に丁寧な挨拶を終えた啓介は、帰宅しようと靴を履く俺を追いかけてくる。

「紫乃、先生、待ってよ。先に帰るなんてつれないなあ」

「なんだ。別れの挨拶は充分にしたつもりだが…」

 それでなくても涙を堪えるのが大変だったんだ。これ以上啓介といるとこちらがもたない。

 俺は啓介を無視して足早に校門へ向かう。

「紫乃、何怒ってんの?」

「怒ってねえよ」

「じゃあ、なんで逃げるの?」

 俺は少々呆れ果てながら、啓介を振り返る。

「おまえは俺を好きだと言うが、その好きな相手の気持ちもわからないのか。そんなことじゃ良い教師にはなれんぞ。生徒たちの涙の意味を知るなら、わかるだろう」

「紫乃…」

「おまえはいい実習生だった。きっと良い教師になれるよ」

「俺はこの学院の教師になるよ。そう決めさせてくれたのは紫乃だ。絶対に帰ってくるから、それまで待っててくれる?」

「恋人でもないくせに、俺を縛る気なのか?あいにく俺は辛抱強くない。恋人を作るかもしれない」

「その時は奪い取ってやる」

 その揺ぎ無い感情に憧れる。若者の特権だな。それに甘えたくなるじゃないか。


「啓介…今から、俺のマンションへ来ないか?」

 この意味がわかるなら…啓介、応えてくれ。

「…紫乃」

 校門に佇むふたりの側を帰宅する教師の車が通り抜けようとする。

 俺たちは同時に端に避け、頭を下げた。

「啓介、実習期間の最後だしな。俺がおまえにできることは…これくらいだろ?」

「紫乃…嬉しい申し出だけど…行けないよ」

「何故?」

 断れるとは思わなかったから、俺の声も少し震えた気がする。

「だって…紫乃は俺を愛しているわけじゃないんだろ?紫乃は優しいから、俺に同情しているだけだろ?」

「…」

「俺、本当は怪我の事、言いたくなかった。実際上京してからは俺がスキージャンパーだってことも、事故って選手をやめた事も誰も知らないし、言ったこともなかった。向こうでは同情や憐れみばっかりだったし…それが良心だとわかるけど、偽善じゃないってわかってるけど、俺と言う人間の本心を見るにはフィルターがかかるじゃん。俺は可哀相でもなんでもない。ただの千葉啓介を見て欲しいって…そう思ったから。だけど…紫乃が好きで、紫乃に振り向いて欲しくて同情でもいいから、愛して欲しくて…あの夜、紫乃に話したのは自分の中にそういう気持ちがあったのかもしれない。だけどそれって結局、知らなくてもいいフィルターを紫乃にかけてしまったことになるよね。本当の愛情じゃないんだもの。そういう卑怯な手を使った自分を反省している…だから、紫乃のマンションへは行けないよ」

「…そうか」

 こいつの言う事は理解できた。俺だって啓介の怪我の話に同情したことは間違いない。だけど…

「ごめんね」

「いや、啓介の純粋は気持ちはわかった。おまえが来年ここの採用に決まることを祈っているよ」

「うん、頑張るよ」

「じゃあ、紫乃。俺、寮に帰らないと。片付けがあるから。またね」

「ああ、さよなら」

 ヨハネ寮に向かって歩いていく啓介の後姿を見送る。西日が啓介の背を赤く染めた。

 …これで良かったんだ。啓介の未来は啓介のものだ。セックスで俺のものにしようなんて卑怯だし、おこがましい限りってもんだ。

 

 五十メートルほど離れていった啓介の後姿を俺はただ、ぼーっと見ていた。

 その時、啓介が立ち止まり、くるりとこちらを向いたと思ったら全速力で走りながら戻ってくる。

 俺は呆気にとられるばかり。

 俺の前で足を止めた啓介はハアハアと荒い息を吐いた。息を整えながら啓介が顔を上げる。

「紫乃…」

「ど、どうした?何か忘れもんでもしたのか?」

 俺は慌てて聞く。

「大切な忘れ物だ」

 そう言って、啓介は俺の腕を取る。そのまま引っ張られた俺は校門から歩道に進んだ。校門から続く学院の赤レンガの塀に沿った歩道で啓介は俺と向き合った。

「ほら、もうこれで教育実習生と指導教師の関係は無しだ。今からはただの千葉啓介と藤宮紫乃で付き合うことになるんだよね」

「え?…ああ…そうだな」

「良かった。紫乃、前に言ったじゃん。先生同士の恋愛はご法度だって。だったら来年ここを受けて採用されて、再来年の春までに紫乃と恋人同士になって、永遠のパートナーになることを誓いあったら、校則は破ったことにはならないよね」

「…」

「だから、俺、今から頑張るよ。紫乃に愛してもらうように、紫乃を支える男になれるように…頑張るから。見ててくれる?」

「啓介…」

「紫乃が好きだから。大切だから。一緒に生きて生きたいって本気で思っているから。今すぐじゃなくていいんだ。少しずつでいいから、俺を理解して欲しい」

「バカかおまえは。…ド天然にとぼけるのもいい加減にしろ。俺が…おまえの傷で、おまえの過去で、おまえを見間違うと思っているのか?どれだけの生徒を見てきたと思う。無駄に歳を取っているわけじゃないんだぞ。俺は…千葉啓介という人間が、愛おしいんだよ。啓介、おまえが傍にいてくれたら、俺はきっと、笑っていられる。幸せだと感じられる…おまえが俺を好きなら…」

 そこまで言って、俺は口を噤んだ。自分の勝手な想いが、もし啓介の未来を自由を奪うとしたら。

 歳が離れているほど、相手を幸せにしたいと、しなきゃならないと思う使命は重くなる。簡単に愛していると言えるはずがないじゃないか…


「紫乃…愛してるよ。ホントだよ。信じて。俺は紫乃を愛してる。幸せにする」

 啓介は俺の心を読んだように、俺の言えない言葉を何度も口に出した。少しも濁りのない純粋な感情に満ちた言葉が俺の心に流れ込んでくる。

 俺は…愛してもいいんだろうか、愛されてもいいんだろうか…

「俺は…おまえよりも随分年寄りだから、未来永劫おまえを縛り付けたりしないし、おまえが俺から離れても恨まないよ。ただ…俺を愛しているなら、嘘のない笑顔を見せてくれ。それだけでいいんだ」

 俺の言葉に啓介は懸命に笑おうとする。けれど顔は歪み、口はへの字に震えている。

「笑えないよ。だって…嬉しすぎるから。嘘でも紫乃が俺を愛してくれるなんて…」

「嘘じゃない。啓介を愛してる。…愛してるんだ」

「こんな公道じゃなかったら、とっくにあんたを抱き締めてキスを浴びせているのに…よりによって校門の前で告白するなんてさ。中坊でもしないよ」

「まったくだな。俺も年甲斐もなくこんな恥ずかしい様をさらすなんてさ、どっかが狂っているに違いない」

 その時、校門の向こうに立つ教会の鐘が鳴り響いた。

 聖ヨハネの祝福の鐘。凛一が作った教会の鐘だ。

 鐘の音に聞きほれている啓介に近づき、背伸びをしてその額に口付けた。

 啓介はにっこりと微笑んだ。

 俺の欲しかった幸福の道標だ。




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ