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以下の小説と連動しております。
宿禰凛一編は「one love」
http://ncode.syosetu.com/n8107h/
兄の宿禰慧一編は「GLORIA」
http://ncode.syosetu.com/n8100h/
凛一の恋人、水川青弥編は「愛しき者へ…」
http://ncode.syosetu.com/n0724i
7、
午後の授業も終わり、ホームルームの後、職員室へ向かう。
あれから啓介とは顔は合わせたけれど、指導上の話だけで、凛一のことは話せずにいた。
学年の職員会が終わり、いつものように準備室へと引きこもろうとすると、教頭が呼ぶ。
「この後、実習生の中間報告会を校長を交えて行いますから、よろしくお願いします」
「はい、わかりました」
「あれ?千葉先生は?」
「ああ、きっと準備室でしょう。呼んできます」
実習生は千葉啓介の他にふたり居る。
三人のこれまでの実習を指導教員の意見を交えて成果や反省をそれぞれに発表することになっている。大事な会議だ。
啓介を呼びに準備室へ行くが姿は無かった。他の教師に千葉の居所を尋ねても、首を振るばかり。
「連絡はしていたはずだから、わかっているだろうに。こんな時にどこに行きやがった」
思いつくままに校舎の屋上へ足を運んだ。
柵に凭れて校庭を眺めている啓介の姿を見つけ、ほっと息を吐き、近寄った。
「千葉先生。実習成果の報告会の時間だ。遅れないように言ってあっただろ?」
「あ…すいません。すっかり忘れてた」
「おいおい…」
頭を搔きながら詫びる何の裏もない笑顔に、俺も釣られてしまった。
「何をそんなに真剣に見ているんだ?」
「あ、あれですよ」
啓介が指差す方向には…凛一の姿が小さく見えた。
体育館の外側の壁を双眼鏡で覗きながら、細部をカメラで撮り、手元のモバイルに何かを書き込んでいる。
その一連の動作を、少しずつ歩を進めながら繰り返す。
「…ずっとああやっているんですよ、あの人…宿禰さん」
「それが仕事だからな」
「あの人があの教会を設計したって聞きました。俺とあんまり変わらない歳なのに、凄いとしか言いようがない」
「ああ見えても凛一は26だよ。確かに歳の割に際立った才能と技量を持っているけれど、あいつは人には見せない努力も半端ないからな」
「あんなに柔らかい雰囲気の教会からは、想像もできなかったなあ~。まさに容姿端麗、眉目秀麗…いくら美辞麗句を並べても見劣りしないんだもん」
「プラス才色兼備だろ。しかし、性格が最悪、唯我独尊を地で行く」
「あの容姿じゃあ、誰でも自尊心は高くなるに決まってるよ。紫乃は凄いね」
「何が?」
「平気な風に話すんだもん」
「当たり前だ。教え子だよ。あの顔も見慣れりゃ別にいちいち感服する必要もない。あいつはああ見えて、人懐っこいしな」
「…紫乃はあの人を好きなんでしょ?」
こちらを向いた啓介の顔に嫉妬心は見えなかった。だから俺も正直に言おうと思った。
「ああ、凛一が好きだよ。あいつは確かに俺が担任した優秀な教え子だし、それ以上に、家族みたいなものだ」
「宿禰さんのお兄さんが体育館のデザインをしたんだよね…紫乃の友人でもあるその人の名前は宿禰慧一さん…」
「…」
ドキリとする。別に後ろめたい気にならなくてもいいはずなんだが。
「紫乃の大事な人って、あの人のお兄さんなんだ…って、思ったらさ。なんか納得したよ」
「なにが?」
「紫乃がいつまでもその『慧一』って人に拘るわけ。弟があれじゃあ、お兄さんはもっと凄いんだろうね」
「そうでもないさ。凛一よりは人間に近いよ」
「そうか?じゃあ、俺も頑張れば脈ありって思っていい?」
迷わずに言い放つ無邪気な言葉は、俺に風穴を開ける。心地良い風だ。
この子の影を俺は見つけることが出来ない。
「そういや、教会の絵に宿禰さんに良く似た天使の絵が飾られてた」
「あれはここの卒業生の画家が、凛一をモデルに描いた絵だよ。だから正真正銘、凛一の姿だ」
「だからかあ~。最初宿禰さんを見たとき、あの絵から抜け出して俺にお告げを下しに来たのかと思った」
「何のだよ」
「千葉啓介よ、汝はこの藤宮紫乃を永遠の恋人として、愛せよ…ってね」
厳かに芝居めいた口調で言う啓介に、苦笑する。
「おまえ…凛一以上にうぬぼれが過ぎる」
「そうかなあ~。でも本音だよ」
「…」
こういうさらっと言う言葉の強さがこいつにはある。俺はそれに逆らえない。と言うか快い気持ちさえ沸いて来るから始末が悪い。
「そろそろ校長室に行かなきゃ間に合わなくなるぞ」
肝心の事項をこちらが忘れそうになった。踵を返し、屋上の扉へ向かった。
「ね、紫乃」
ドアに向かって歩く俺に、後ろから啓介が声をかける。
啓介の背中にちょうど夕日が重なって、眩しさに表情は見えなかった。
「なんだ?」
「明日は天気良さそうだから…俺と一緒に出かけないか?」
明日は第二土曜日で、学校も休みだ。別段俺も用はない。
「ああ、別に構わないが」
「ホント?マジで?よっしゃ~!」
啓介は急に走り出し、一メートルほどジャンプした…ように見えた。
「めっちゃ嬉しい~っ!じゃあ、俺、弁当作って、車で迎えに行くから、楽しみにしててよね」
「車、持ってるのか?」
「勿論だよ、デートするのに車がないと堂々とラブホに入れないじゃん」
「…」
さすが今の若者…
その後の会議でも啓介のノリは半端なく、他のふたりを圧倒して独壇場だった。
ただ帰り際、啓介が俺に言った言葉だけが気がかりだった。
「七時に迎えに行くからね。デートだからって恰好はつけないで身軽な服装でお願いします。出来れば靴もスニーカーで風除けのウインドブレーカーもあればいいかも」
「…」
山登りか、はたまたトレジャーハンターごっこでもやるのかしら…と、俺は頭を傾げた。
言われたとおり翌朝七時にエントランスで待っていたら、啓介が車から手を振る。
赤のSUV、RAV4は、啓介に似合っていた。
助手席に乗り込むと、紙袋とペットボトルのお茶を持たされた。
スムーズな運転で、まだ車の少ない県道を南下していく。
「目的地には3時間はかかるから、ゆっくりしててよ。眠かったら寝ててもいいよ」
「俺が寝てたらデートの意味はないんじゃないのか?」
「まあ、そうだけど…」
「ドライブだったら、俺のスポーツカーの方がスピードが出るし、シートも上等だ」
「じゃあ、次は紫乃の車に乗せてもらうよ。それより朝早かったから朝食はまだでしょ?」
「ああ、コーヒーだけだ」
「さっき渡した袋に、おにぎりとサラダ巻きが入っているから食べてください。朝御飯抜きじゃ体力がもたないから」
「体力が必要なデートコースなのか?」
「うん。今日は天気もいいし、風もおだやかだから、飛べると思うんだ」
「飛べる?」
「うん、あ、紫乃、高所恐怖症じゃないよね」
「ああ、それは平気だが…飛ぶってどういうことだ」
「パラだよ。きっと紫乃も気に入ると思うよ」
「パラ?」
「パラグライダー。聞いたことぐらいあるだろ?」
「あの?…空を飛ぶ?」
そりゃテレビで見たことぐらいはあるけれど。
「啓介はそれをやれるのか?」
「そうだよ。今は気軽にやれるスカイスポーツだし、そんなに珍しいもんじゃないよ。俺も、大学のサークルで始めたんだし」
そんなのをうちの大学のサークルはやっているのか…侮れんわ。
「それで…俺も、出来るのか?」
「え?」
「飛べるのかって聞いてるの」
「勿論だよ。その為に一緒に付き合ってもらってるじゃない」
「…」
「何?気に入らなかった?」
「いや…何だか期待に胸が膨らむとはこういうことだと…ワクワクしてきた…」
「…紫乃、そんな顔するな。あんまりかわいくてここで押し倒しそうになるじゃんか」
「いや、無事に目的地まで連れて行ってくれ。そうじゃなきゃ、おまえとの付き合いはこれきりにする」
「なんだよ、俺よりもパラの方に夢中になりそうじゃん。とにかく体力がいるから、しっかり食っててよ」
啓介への返事も曖昧に、俺は期待感で一杯になった腹におにぎりを無理矢理詰め込んだ。
サンルーフから覗く空はただ青い。
あの空を飛べるのかと思うと、嬉しさのあまり顔が綻んでどうしようもない。
とても生徒や凛一たちには見せられたもんじゃなかった。




