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2.

 俺は9つの時に母の実家である茶道の家元の跡目として養子に入った。

 離婚し、俺を育てる事に疲れていた母は養子の話を喜んで受け入れた。

 俺は母の為にならと、子供心にも不退転の決意で挑んだわけだな。


 南部姓から藤宮姓を名乗り、跡目を継ぐため祖母からの厳しい稽古の日々。

 養い親との確執に揉まれながらも、この流派を継ぐ為の意義を自分なりに見つけ、励んでいた。

 しかし、14の時、すでに40を過ぎていた養母に子供が授かり、しかも目出度くも男子誕生。

 直系の跡継ぎが出来たことにより、俺の存在価値は急降下。

 むしろ邪魔にさえなったに違いない。


 俺は大家の居心地の悪さに何度も家出を繰り返しては呼び戻され、藤宮流派の恥だと貶された。

 居心地の悪い藤宮家には、すでに自分の居る意味も無く、南部姓に戻り、母親の元へ帰ろうと思ったが、その時は母はすでに再婚して別姓を名乗っており、俺の帰る場所はいよいよ無くなった。

 唯一の味方であった祖母は、別宅に俺を住ませ、不自由なく暮らせるよう経済的援助をしてくれた。

 しかし、その時期の俺の中ではそういうもんの価値には有難味を覚える自覚が欠けており、夜昼と遊びまわった挙句、胃潰瘍と神経衰弱で身体を壊し、高校を休学、そして退学。

 半年の入院。

 大検を受け、この家から一刻も逃げる為、東京の大学を選んだ。


 独り暮らしの快適さは言うまでもない。

 今まで誰かが自分を見張り、付き添い、金目当てや身体目当てに来た連中どもと遊んだ日々など、もうおさらばだ。

 しかし、ひとりでは寂しすぎるのもごもっとも。

 いい相手を見つけないと。

 俺、結構寂しがりやなもので…


 入学式で出会った宿禰慧一は、俺の一目惚れの男だった。

 俺はそれなりに好き勝手と遊んでいたんだが、まだ「恋」って奴にはお目にかかったことが無く、胸が高鳴るなんてもんは早々経験不足。

 宿禰慧一はまさに俺の救い主。俺の胸に抱かれた奴を想像するだけで、何度も抜ける。


 同じ大学ではあったが、彼とめぐり合う機会はない。

 理系と文系でキャンパスが違うこの大学でかち合うことは先ずないのだ。

 だから、わざわざ入部したサークル「天文観測の会」とやらの部室に繁昌に出向くことになる。

 そうはいっても毎日彼が来るわけでもなく、大体こういうサークルに普段の決まった活動はなく、次に彼の顔を見たのは新入生歓迎コンパの夜だった。


 居酒屋を借り切って行われたコンパは一年から三年までの約50人程度が集まり、紹介から始まり無礼講に終わる。

 俺は宿禰慧一の姿を見つけては、彼の一挙手一投足に目を奪われる始末。

 まあなんて…印象深い奴なんだろう。

 隙が無いくせに当たりがいいから、良くも悪くも優等生にみえる。

 しかも偶にいうしゃれっ気のある冗句などで回りを和ませては、酒や料理の気配りなどソツが無い。

 …相当世間慣れしてるな~と感心させられる。

 惚れた弱みでそのひとつひとつにまた胸が高鳴るから、女子高生か!などと独り自分を哂ってしまう。


「楽しんでる?藤宮」ビールを片手に当の本人が目の前に来た。

 俺の名前を覚えていてくれた。

 それだけで宙に舞い上がりそうだ。

 …なんてザマ。

「ビールでいい?それとも酒の方が良かったかな」

「いや、ビールでいい…ですよ」

「タメ語でいいって言ったろ?」

 ビールを俺のグラスに注ぎながら、宿禰は俺の隣に座り込んだ。

「でも一応…人目があるし」

「じゃあ、ふたりきりの時は俺は紫乃って呼ぶ。おまえは慧一でいいよ」

「はあ」

「…おまえさあ、人馴れあんまりしてないんだな」

「そう見える?」

「隠匿するのは勿体無い器量だが、野放しにするのはもっと危ない。君は貞淑なる貴人だろう?」

「意味がわからない」

「近寄りがたいっていう事だよ」

「まさか…」

「その証拠に誰も君には近づかないだろう?怖いのさ」

「そんなに危ない奴に見えるのか?」

「後戻り出来なくなりそうだから手を出せない…って感じかな」

「じゃあ、あんたは怖くないんだ」

「俺はマゾなのさ。精神的欲求には素直に従わない…安全な人間だろ?」

「…」

 何の影も見当たらない大きな黒い眼。耳ざわりの良い声音。暗喩の含んだ諧謔の韻。

 こいつの正体が見抜けない。


 ただ、言うならば、まさに引力には逆らえないという事だ。

 宿禰慧一というブラックホールにも似た星に、どこまでも俺は引き込まれたい…

 そんな気分で飲む酒に酔わないわけがない。

 繰り返し注がれる酒と、傍にいる宿禰の存在に、俺は深く酩酊する…



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