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以下の小説と連動しております。


宿禰凛一編は「one love」

http://ncode.syosetu.com/n8107h/

兄の宿禰慧一編は「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/

凛一の恋人、水川青弥編は「愛しき者へ…」

http://ncode.syosetu.com/n0724i/


3、

 慧一の誕生日に知らない奴と一夜を供にしたというネタを、凛一は慧一には言わないと約束した。

 バレたところで、どうといったもんじゃないんだが、その夜は凛一にせがまれ、宿禰家のディナーへ招待された。


 家族での慧一の誕生日パーティとかで、彼らの継母の和佳子さんが腕によりを掛けて作った手料理がテーブル狭しと並べられた。和佳子さんは元々プロのシェフなので当たり前に美味いものしか作らない。


「こうやって家族みんなでお夕飯を頂くのって楽しいわね~」

「…」

 いやいや、俺は家族の一員じゃない。

「35にもなるのに家族で誕生日のお祝いって恥ずかしいな」

「…」

 なんだよ、そのわざとらしい恥じらいは。

「ワコさんの料理はなんでもめちゃ美味いよ。紫乃もたくさん食べてよ」

「…」

 無駄にはしゃぐおまえは気持ち悪いよ。

「紫乃くん、楽しんでいるかね」

「あ、はい、勿論ですよ、お父さん」

 …なんで赤の他人をお父さんって呼ばねばならないんだよっ!


 食事が終わってリビングで寛ぐ。

 慧一たちの父親、優一さんは外交官としての一線を退いた後、省庁にしばらくいたが、定年を迎えてゆっくりと老後を楽しむつもりだった。しかし、ここのところ多忙と見える。

 慧一と凛一の建設事務所「A.SUKUNE アーキテクツ」の拠点はニューヨークだ。

 近年、日本での仕事も順調に増え、二人とも頻繁に帰国している。だから、日本では事務所かわりにこのマンションを使い、優一さんが事務管理一切を取り計らっている。

 まさに俺の屍を越えて行け状態…いや、優一さんはご健在だが。


「しかし、慧一も紫乃くんも35。四捨五入すれば40だ。世間的には家庭人でもおかしくないんだろうけどなあ~」

 ソファに座り、一服する優一さんが何気なく言葉を吐いた。

「父さん、嫌味たらしいことを言うなよ。慧一も紫乃も男にしか興味がないんだから、家族持ちになれるわけないだろ。だからってそれが何だっていうのさ。結婚すれば幸せになるとは限らない。それに跡継ぎの為の子供がいたからって、この世の中だ。まっとうに育てるのは簡単じゃない。大事なことは父さんの愛する家族が幸せに生きているかどうかだろ?もし、父さんが俺達の本当の幸せを願うのなら、自分の勝手な夢を押し付けるのは不毛だよ」

「…言葉もないな」

 凛一と慧一の親父は、わかっているというように、肩を竦ませた。

 俺と慧一も顔を見合わせて苦笑する。

 こういう凛一には絶対敵わないと思い知らされる。

「はい、兄さん達、ワコさん特製のケーキをお食べ」

 目の前に差し出されたケーキを黙って食うしかない。


「それはそうと、学校のチャペルは出来上がったんだろ?」

「うん、竣工式も終わったし、お盆明けに慧一がデザインした体育館とも兼ねて盛大に落成の祭式をやるんだよね?紫乃」「ああ、らしいな」「街を上げてのお祭りみたいにするんだって。色んな催し物も予定されてる」「それじゃ、私達も行ってもいいの?」「勿論だよ、ワコさん。歓迎するよ。あ、ケーキ焼いておすそ分けしてあげてよ。みんな喜ぶから」「わあ、楽しそう、じゃあ、頑張って沢山作って持っていくわ」「お願いします」「紫乃君、とっておきの大吟醸があるんだが、飲まないか?」「はい、頂きます」「慧一はザルだし、凛一は酒に弱いし…美味しく飲める相手はワコさんか紫乃君ぐらいだ」「調子いいなあ~、ひとしきり飲んだら、すぐに寝ちまうクセにさあ」「俺は明日にはニューヨークへ戻るから、親父の相手は紫乃の任せるよ」「ほら、いつもこうだ。全く親父の威厳などうちには皆無だ」「専務にはいつもお世話になってますよ~」「名前だけのな」

 本音を言えば宿禰家は居心地がいい。本当の家族の団欒を味わえる。

 京都の実家には、たまに帰ることもあるが、心から歓迎してくれる者などいない。勿論それを恨みに思うこともない程、こちらも歳を取ったのだが…



 新築された教会堂での初めての奉神礼が厳かに執り行われた。

 正教会の司祭たちの説教や薫り高き香炉が振りまかれ、教会の鐘の音がいつまでも鳴り渡った。

 パイプオルガンの音に合わせて賛美歌を歌い終わり、なごやかな歓談が続いた。

 大勢の賓客の中に、凛一や慧一の姿が見えた。それぞれに忙しく客の挨拶を受けている。

 ふと凛一の傍に近づいてくる姿を見た。

 凛一の高校時代の恋人だった水川青弥だ。

 稀に見る優等生だった彼は、将来のエリートへの道を捨て、画家になった。

 昨年末、彼と彼の仲間の展覧会へ行った。

 水川は良い絵を描いていた。「愛する者」を描いた絵だった。

 「愛する者」とは宿禰凛一のことだ。

 にこやかに笑いあうふたりの姿を見て、なんとも言えない気持ちになった。


 教会を出ると、冷房で冷めた身体から、蒸した熱気であっという間に汗が滲みだした。

 教会を外側から眺めた。

 凛一が設計した教会の壁は薄いクリーム色から先端にかけて淡いレンガ色のグラディエーションに彩られ、空の色が何色になってもやわらかく包み込むような色彩だ。

 デザインは少し丸みを帯びた後期ルネサンスの形式を取っていると言う。少々変わった作風でもあるが凛一らしいと言えるだろう。

 どちらにしても凛一の作品はいつまでもここに存在していくんだ。


「紫乃、暑くないか?ほら、お茶」

 慧一が俺に近づいてきた。

 受け取ったペットボトルを開け、冷えた液体を喉に流し込んだ。

「どうした?なんか気に障ることでもあったのか?」

「え?どうして」

「そんな顔してるから」

「…おまえは気にならないのか?」

「何が?」

「あいつらだよ」

 凛一の永遠の恋人は慧一のはずだ。だからこそ、俺はこいつを諦められたんだ。

 自分の命を捨てても構わないくらいに恋い慕う凛一が、元の恋人とにこやかに談笑しているのを、平気で眺められる慧一じゃないだろう。


「ああ、凛と水川くんの事か…」

「…」

「彼の絵を見た?」

「見た」

 水川の展覧会でひときわ目立った作品があった。

 「目覚め」という凛一をモデルにした油絵だ。その絵がこの教会の壁に飾ってある。

「この教会はこの学院出身者の色々な作品を展示する空間を作るため、側廊を二重にしてるんだ。水川君の絵は鳴海先生のたっての希望だったから、一番目立つところに展示したんだよ」

「だからって…今更ふたりを認めるつもりなのか?」

「おまえが怒る事かよ」

「…」

「心配してくれてありがとう、紫乃」

「心配してるわけじゃない。ただ俺は…」

 慧一は俺の腕を取り、教会の影へと導いた。

「ほら、あのウリエルを見たか?」

 教会の尖塔には、以前と変わらずにウリエルのブロンズ像が建っている。

 前とは違って新しく仕立てた像は剣を振りかざすのではなく、中央の花壇にあるヨハネ像に目をむけ手をかざしている。

「あれは、俺のボスでパトリック・ネヴィルという芸術家が凛一をモデルにして創ったんだ。ネヴィルは凛を天使と呼んでいるからね」

「ロクでもねえ」

「よく見るとあのウリエルはどことなく凛に似ている」

「そのうち天雷でも落ちるんじゃないか」

「それはありえる話だよ。あれは避雷針も兼ねてるから」

 慧一の言葉にお互い顔を見合わせて笑った。


「凛のことはあまり気に病むな。あれは誰がどう言おうと自分の好きに生きていく者だ。それに…俺自身にも迷いは無いんだよ。凛を愛し続けることが俺の幸せだと知っているからね」

「凛一は横暴だ。もう子供じゃないんだ。おまえの身になってもいいだろう」

「紫乃、本当の恋をする者に、恋をするなと言うのか?俺の他は誰も好きになるなと縛るのか?人の恋路を邪魔するものは…だろ?」

「だからって」

「…愛しているからこそ許せるんだよ」

「許せる?」

「…凛が言うんだ。これからも水川くんと永遠の恋を続けていくだろうって。純愛と名づけたそれは、綺麗な恋物語を綴っていくだろう…って。俺もその過程を結末を見つめていたいと思うようになった。凛は決して俺を裏切らないし、俺の傍を離れる事はない。…愛しあっている。…そして凛の想いは自由だ」

「それをも許すのか?」

「ああ、そうだよ」

「俺にはわからねえな」

「紫乃は充分にわかってるさ。…今でも俺を愛しているだろ?」

「な、ん…」

「だけどそれはノスタルジーだな。俺は紫乃の優しさが好きだよ。幸せになって欲しい。恋人が出来たからって俺への想いを捨てなくてもいいさ。俺を好きなままでいいから、恋をしろよ」

「…兄弟揃ってうぬぼれも格別だな」

「そういう星の元に生まれついたんだろう」

「恋か…」

「ああ、そうだよ、紫乃。折角の美貌だ。分別臭いおっさんにはなるなよ」

「その言葉、そっくりおまえに返すよ」

 太陽は頂上にあり、おしみなく光を授ける。

 すべてを受け取るのは容易ではない。

 光を受ける逆の面は必ず影があるということだ。

 慧一の言うノスタルジーとは、この影のことかも知れない。



 九月、新学期が始まった。

 二年を受け持っている俺は、二学期は大きな行事は体育祭ぐらいで、比較的余裕がある。

 国語準備室で数人の教師と談話していたら、教頭がやってきた。

「藤宮先生、この間話していた教育実習生を紹介するよ」

「あ、はい」

 そういやそんなことを言ってたな。

 毎年、2、3人程、この学院でも教育実習生を受け入れている。ほとんどがこの学院の卒業生か、付属大学からの学生だ。


「聖ヨハネ学院大学からの実習生だ。千葉君、お入りなさい」

 …チバ

 嫌な予感しかしない。

 戸が開けられ、覚えのある背格好と爽やかな笑顔を持った男が現れた。

「初めまして、千葉啓介です。よろしくお願いし……し…のぉ…?」

 にこやかに笑う顔が、俺を見て、目が点になる。ポカンと開いた口が、言葉を失った。


 まさにめぐり合う魂だ…


 これが天啓というのか?

 これが天の定めた運命の相手なのか?

 俺はこいつを選ばなきゃならないのか?

 俺はこいつと恋をするの…か?

 胸に手を当てた。

 ときめきを示す動悸など一切ない。

 …無理なんじゃね?

 俺は苦笑いをする。


 なあ、慧一、俺、まだしばらくノスタルジーに引き篭もっていてもいいか?





挿絵(By みてみん)

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