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「メタモルフォーゼ」 1

1.

誰一人知る人もない人ごみの中をかき分けて行く時ほど、痛切に孤独を感じるときはない。と、言った奴は本当の孤独を知らないんだ。

孤独は痛みを通り越せば快感になる。


大仰な式典を終え、サークルの勧誘の声が桜と同じ速さで舞い降りる。

低く高く辺りを反響する声が渦巻く中を、俺は時折目を瞑りながら歩いた。

これさえも心地いいと感じるのは、人の目を気にしなくなった事の報酬なのかもしれない。


「君、新入生だろ?サークル決まった?」

「え?」

いくつもの誘いの声に耳を傾けることなく歩いていたのに、そいつの声に足が止まったのは、テノールの響きに思わず聞き惚れてしまったからだろう。


「浪人組み…一浪だろう?君」

「どうしてわかる?」

「高校卒業ってのはあんな感じ…だろ?」と、彼は勧誘する学生に取り囲まれたどうみても田舎から出てきた手前のまだ青臭い新入生を指差した。

「君は苦行を終えてようやく世の中を知るお坊さんに見えるよ」

「…」

「でも大人じゃない。また半人前の僧だね」

「…半人前で悪かったな」

「そう睨むなよ。俺と同い年だろうって言いたかったんだよ」

「…それで?なんの勧誘?」

「聞いてくれる気になった?」

「もう充分ここで立ち止まってるよ。君も成果を上げなきゃならないんだろう?」

「話のわかる奴は好きだよ。じゃあ、これを見て」

「…」

俺はそいつの「好き」という言葉に胸がドキリとした。

なんなんだ?こいつは。


よく見ると俺より背は少し高い。

別に身体の線を強調するような服ではないのに、全体を見ると華奢な線が浮いていてどことなく色っぽい。

しかし、その上に乗っている顔がやたら整っている且つ上品な面立ちなので、真面目な青年の印象が強い。

なんとも…目が離せない…ってね。

…ったく俺も煩悩だらけだ。成仏出来そうもない。


誤魔化すために手渡された紙に目をやる。

俺がそういう趣向の人間だとしても世の中、そういう奴ばっかりって話は無いからな。

こいつも勿体無いがノーマルな感じがするし…

「…『天体観測の会』ってね。サークルなんだけど、プラネタリウムとか近場の星が良く見える天文台に行ったりするんだ」

「…悪いけど、あんまり星に興味はなくてね」

「俺もおんなじだよ。星の名前なんかシリウスぐらいしか知らないし…でも、小旅行もするんだ。夏は星空を見上げながら寝袋に入って一晩中流星群を見たりしてね。自分がどんなに小さい屑みたいな欠片かってね…そんな気分を味わえるのって偶には気持ちよいもんだよ」

「…自虐的だな」

「それこそが人間の本質…じゃないかな?」

「…そう…だね」

「どうだろう。君、入ってみない?君とはいい友達になれそうな気がするんだけど…」

なんの衒いも無く差し出される手の平。

「…」

俺の前に出されたその手の平に、一片の桜の花びらが落ちた。

その花びらを俺は…無くしたくないと…思ってしまった。


握り返すと彼は屈託の無い笑みを俺に返し、

「よろしく、新入生。俺は建築学科二年の宿禰慧一と言います。同い年だから特別に呼び捨てで構わないよ」

「ああ、うん。俺は藤宮紫乃。人文社会学科一年…です」

「藤宮…紫乃か…綺麗な名前だね」

そう言った宿禰慧一の方が俺なんかより千倍も綺麗だと、思った。


生まれて初めて一目惚れというものを体現した瞬間だった。



桜の森の満開の下、僕らは密やかな契約をする

「孤独」という文字を「恋」に変えて

僕は君に狂いたい




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