第一章 壱話 異世界転移
人生って何なんだろうか。ちゃんと、自分の意志で進んでいるのだろうか。ふと、疑問に思うことがある。誰だって何かに影響されて生きているただの操り人形なのではないか。宇宙を探求したい学者だって、完ぺきな演技がしたい俳優だって、東大を目指す学生だって。だからって、何もしないやつが本当の人間とは思っていない。結局のところ、人っていうのは何かに惹かれ続けるいきものなんだって。ろうそくに惹かれる蛾と同じで。
だから、こうやって見ず知らずの学生をかばってぼこぼこにされている俺も。ありもしない正義感をよそから借りてきて自分のもののように振る舞う俺も。惹かれているだけのただのまがい物なんだって。
でも、次音 邂の人生で最初で最後の正義感としては悪くなかったのかも。
少しすがすがしい気持ちになる
そのまま、痛みで意識を手放す。
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痛みで目を覚ます。先ほど殴られて頬がじんわりとヒリヒリしている。
どれくらい気を失っていたんだろうか
あたりが明るい、一晩中気を失っていたのか?
頭のところが温かく、やわらかい
「おにーさんっ。目~覚めた?」
上を見ると少女の顔がある。どうやら膝枕されているようだ。もう少し寝よう。
「ちょっと、おにーさん?!ほら、ちゃんと起きて!」
もう少し堪能したかったのだが仕方ない。
体を起こし、立ち上がる。
「おじょうちゃん、ありがとう。ところでその耳は…コスプレかい?」
少女の頭についている可愛らしいウサギのカチューシャを指さす
「こすぷれ?こすぷれが何かはわからないけど、私は兎人族だからね。あと。お嬢って呼ばれるほど高貴な生まれでもないかな。」
兎人族?あぁ、そういう設定か。すまないお嬢さん察せてやれなくて。
「なんか、失礼なこと考えてない?」
「い、いやそんなことはないぞ」
「そう、ならいいんだけど」
ちょっと納得していないのかほっぺを少し膨らませている。かわいいやつめ。
家に帰るため、あたりを見渡すと石レンガの家ばかりが並び立つ。
…おかしい、廃墟ビルの中で殴られてたはずなんだけど
ここはどこだ?
「お嬢ちゃん、ここってどこだ?」
「だから、お嬢ちゃんなんて仰々しい呼び方で呼ばないで。私の名前はレニーファン、レニーって呼んでいいよ」
名前までこっているとは恐れ入った
「そうか。レニー、ここはどのへんなんだろう」
「ここは、レドアニア公国城下町の商業地区だよ」
なるほど、そこまでしっかりと設定を言われると詰んでしまうな
「すまんが、家に帰らなくちゃならないんだ。レニーの気持ちもわかるんだが、日本のどのへんだ?」
あの不良たちがいやがらせか、邪魔をした報復か、わざわざ遠くまでおれを運んだことはなんとなくわかるが、ここがどこかわからないと帰り道もわからない。
「にほん?おにーさん、身体中ボロボロだけど、頭もつよーく打ったんじゃない?にほんなんて場所この辺にはないし、ここは由緒正しきレドアニア公国だよ?」
「何言って…だって君は日本語を……。…!」
彼女の本当に心配している目とまっすぐな眼をみるとそれが嘘ではないように感じる。
急いで路地を出る。
「あっ、おにーさん?!」
大通りに出ると彼女が言っていたことが真実であることを認識する。
中世の街並みに、明らかに馬ではない生き物が引っ張る馬車。見たことのない人種
猫のような耳を付けたものが買い物をしている。
とかげのようなような男が二足歩行で歩いている。剣や弓を持っていて大きな袋を担いでいる人たち。
小説や漫画の世界で登場するような世界が広がっている。
「なんだこれ…」
膝から崩れ落ちる。
「これって……。異世界転生…いや、転移ってやつ……?」
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「おにーさん、落ち着いた?」
噴水に腰掛けながら、レニーに渡された水を飲む。
「あぁ、すこしね」
ここがもはや日本でないことはわかった。でも、こういうのって大体女神さまにあって能力やなんやらをもらって、転移するものじゃないのか?かわいい女神さまが「あぁ、ごめんなさい。手違いでこうなってしまったの…代わりにチート能力を!」「いえいえ、大丈夫です。わかりました異世界転移ですね。俺行きます。」
…みたいな
いや、もしかしたら記憶が消されているだけでもらっているのかも…!
「それにしても、あの驚きようをみると、おにーさん本当に遠くの国から来たんだね」
ぶつぶつと考え事をしていると、心配になったのかレニーが話しかけてくれた
「あ、ああそうみたいだ」
そう、遠くの国。もう戻ることもかなわないかもしれない遠い遠い国。
「いやー、残念だなぁー」
「ん?どうしてだ?」
「おにーさん、とってもきれいな服着ているでしょ?どこか大きな商団の商人か貴族様だと思ったの」
レニーはスーツを見ながら、そんなことをつぶやく。確かに生地の生産工場もミシンもない異世界の住人からすると珍しいものなのかもしれない。
なるほど、だからこんなにやさしくしてもらっていたのか
「それは当てが外れたみたいで、ごめんな」
「んーん、いいの。私がしたくてしている部分もあるし。そういえばおにーさんの名前は?」
「そういえば言っていなかったな。俺は告音 邂」
「ツグネカイラ?」
「ちょっとイントネーションおかしいけど…呼びにくかったらカイラでいいよ」
「カイラ…カイラさんね。うん、そっちの方が呼びやすい!」
かわいい笑顔ですこと。
「貴族でもないし、さん付けはいいよ」
「うん、わかった。カイラ!」
さて、これからどうするかだよね。異世界転移ものとかだと大体が冒険者になるためにギルドに行ったりするよな。そもそもこの世界にそう言ったものあるのか?
「なぁ、レニー。この世界…いやこの国ってギルドはあるのか?」
「ギルド…?あっ、依頼斡旋所のこと?」
「依頼斡旋所?それがギルドなのか?」
「うん。別名でギルドっていう人もいるよ。」
なるほど、依頼斡旋所って名前からして想像通りの場所ではありそうだな。ギルドに行けばステータスとかってわかったりするのかもしれないな。そうすれば眠っている知らない俺の力が…
「カイラ、気持ち悪い笑い方してるよ」
おっと、思わず笑みがこぼれていたらしい
「なぁ、ギルドは誰でも行けるのか?」
「何か依頼するの?報酬を払えるならだれでも依頼できるよ?」
「いや、そうじゃなくて。受ける方に誰でもなれるのかってこと」
「受ける方?冒険者になりたいの?カイラ、…剣や弓が使えるの?体格的にそうは見えないけど」
筋肉は同年代よりはあるだろうが、素人が剣や弓をいきなり振り回しても無理だろう
「いや、多分むりだ。でも魔法は使えるんじゃないかって。」
この世界に魔法があるかはわからないけれどもし、チート能力があるとするならば、俺なら魔法にする。
まぁ、剣の才能の方かもしれないが、そっちでも最悪いい。
「え!カイラ、魔法使えるの!」
やっぱり魔法はあるのか。
「いや、それも定かじゃないけど。ギルドに登録とかする時ステータスとか見れるんじゃないのかなって」
「すてーたす?なーにそれ」
【ステータス】じゃ伝わらないのか?
「能力の可視化をして視る、みたいなものだけどそれはできないのか?」
「詳しくないからわかんないんだけど、魔法だったらそういうのもできるかも。でも、ギルドでそういったことをやっているのは見たことないかな」
ステータス確認を行わないのか?じゃあ、ステータスで登録の有無をするわけじゃないのか。
「じゃあ、どうやって登録をするんだ?誰でもは無理なんだろ?」
「えっとね、冒険者は魔物や魔獣の討伐もしなくちゃだめだから、剣や弓、あと魔法が使えるかギルドの裏の訓練所で確かめるの。一度見たことあるから多分それだと思うよ」
(なるほど、それだと難しくなるな。魔法を出すやり方もわからないし、剣や弓が使える自信もない。
何か呪文とかが頭に浮かんでくれれば、いやステータスみたいなのが見れたら…そうだ!)
カイラがおもむろに立ち上がり、手を前にかざす
「ステータス!!!!」
そう叫ぶと、目の前にステータスが…! 出てこなかった…
「か、カイラ?」
「くそ!ファイヤーボール!ウィンドカッター!ウォーターボール!火球!|炎よ出でよ!…」
「ちょ、ちょっとカイラ!どうしちゃったの?!」
自分が思いつく限りの詠唱をしてみるが反応はない。
「いや、魔法出せるかなって…」
「カイラは魔法出したことがあるの?」
「人生で一度もないです」
「…なら難しいと思うよ。魔法は魔力に親和性の高い種族か魔法の才能があるものしか扱えないもの。カイラは見たところ人族でしょ?人族は同族に対しての友好性が高く、繁殖性も高いけど魔法や武力はほかの種族より親和性に欠けるもの」
となると八方塞がりだ。あぁ、俺の異世界スローライフは…!チートで世界を救う旅は…!ハーレム天国は…!
「ねぇ、今行く当てがないんでしょ?なら、とりあえず私のおとーさんがやってる店に行こ」
貴族様がどうこう言っていたのはお店を繁盛させるためだったのか。親のために立派な子だな~(うるうる
「いいのか?俺はお金持っていないぞ」
「そんなのわかってるよ。でも、ここでうじうじしてても仕方ないでしょ!さぁ、いくよ!」
レニーに引っ張られるまま、街中を歩く。