夢の中では走れる
俺は今、心地良い夢の中、親友の成澤が単車で西日本一周に挑戦しているのを俯瞰している。よほど厳しいコースを走っているのだろう。成澤は二度、砂浜に単車ごと叩きつけられた。おっと成澤、叩き付けられた砂浜の上でハガキを書いている。誰かに泣き言でも言いたいのか?
選手交代?
えっ!俺?
ここは旧猪町小学校の前にあった親父の旧本家(俺が中学一年のとき小学校のプールを造るとのことで町に接収された)の納屋の中、俺は成澤のジャケットを着ている。成澤の汗が臭いんじゃないかと気になるが、他に着る者が無いので我慢だ。
俺はハガキを探しに母屋に入る。
あった!
これで誰かに泣き言を吐ける。
ちょっと待てよ。成澤が砂浜で書いていたハガキはどこから出したん?
俺は成澤が来ていたジャケットの胸ポケットを弄る。
なん、いっぱいあるやん!
ならいっちょう義足者の華麗な走りでみんなを感動させたるか。
「兄貴、そうは問屋が卸さねぇよ」
横から水を差してきたのは縁を切った筈の小学校の校長をしているクソ弟の賢二、一緒に走って力量の差でも見せ付けるつもりか。
「あぁ、やれるもんならやってみぃや」と俺。
俺は走り出す。親父の旧本家の前の畑に踏み込む。義足の奴、走るには走れるが…、ギクシャク、カクカク…、どうも走り難い。クソ弟が俺に並ぶ。ありゃバイクじゃなくていつから徒競走になったんや?
旧猪町小学校の上段にあった旧猪町中学校の門から運動場に至る。俺は思う、クソ弟ん奴はここの教師しとったな。応援があるやろうが、負けてたまるか。
待て!
クソ弟は小学校の教師やろうが。いつ中学校の教師に変わったんじゃ。
旧猪町中学校校舎裏には林がある。土手を形成して運動場の一角から上がれるようになっている。
俺はその坂を上がって墓場を横目に田んぼの畦道から町道に出る。
キンゴ(俺が鹿町小学校一年のときの六年生。頭が良くリーダーシップもあり、児童長の他に鼓笛隊の総指揮もしていた。本人SNG大学を目指していたらしいが、ある日人格が壊れて頭が狂った)の家の前の町道を女性教師に率いられて歩いていた女生徒が俺とデッドヒートを繰り広げるクソ弟に黄色い声援を送る。
「先生頑張ってぇ!」
「そんな義足野郎に負けないでぇ!」
ナメやがって!俺はクソ弟の引き立て役か!
こうなりゃぁクソ弟が追って来れないような近道を行くしかない。
3年前に死んだ親父の旧本家は現猪町小学校のプール部分にあって、旧猪町中学校の運動場が現猪町小学校の校舎部分だ。旧本家の裏口辺りは孟宗竹の林があり、その下方が俺とクソ弟が夢の中で競う深江部落(旧猪町小学校区の五つある部落の一つ)に続く町道だ。
町道のもう一段下には旧本家所有の田んぼがあって、一時期水を溜めて鯉を養殖していた。俺はクソ弟を引き離すためにここをショートカットしようとした。土手に立って下を見ると鯉養殖田んぼがいつのまにか湿地帯に早変わり。
飛ぼうとする俺にクソ弟が驚愕の眼差しになる。
何や!高が土手を飛び降りるぐらいでと訝る俺が再び前方に視線を戻すと…、何と数百メートルの断崖絶壁に変わっている。こんな崖、ハングライダーでしか飛べんわ。
どうせ夢や!ええい!ままよ。
ほう、気持ち良く宙に浮くわ。
果たして、俺は湿地帯の地盤の固い部分に無事着地。
で、おしまい。
補足:成澤は3年前に亡くなった高校時代の親友。自動二輪の免許は持たない。