34 決着
表門から玄関への道に沿って植えられた花のお世話をしているリノアとアイネ。
門の方から聞こえてくる怒鳴り声で来客に気付くが『変なおじさんが来てるんで門に近づかないでください』という指輪からのアリシエラの声に不安げ。
おうちの中へ急いでと背中を押されたアイネが「お兄さん呼んでくる」と駆け出す。
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玄関を開けた俺とヴァニシアに気付いて速度を上げ「お母さんをお願い」と屋敷に駆け込むアイネちゃん。
「奥方さまは私が守る」と叫ぶヴァニシア、リノアさんに聞こえていないことを祈る。
すれ違ったリノアさんの、スカートを軽くつまんで急ぐ姿がお姫さまみたいだと見惚れていたらヴァニシアに耳を引っ張られた。
「わざわざ同じメイド服姿で勝負しているのに扱いが違いすぎる」と不満げなヴァニシア。
中身が違うだろと言うと、
「リノアさんの中身もすでに確認済みとはさすがロイ殿、それでこそ我が主人」
無視して門へと歩く。
ヴァニシアが門の脇のプレートに手を添えるとゆっくりと表門が開いていく。
正面から向かい合う俺と使者。
「いつまで待たせるのだ」とギョロ目をぐりぐりさせながら喚いていた使者の目がすぅっと細まる。
『お客様は二名なんですか?』指輪からアリシエラの声。
「ほう」と口を歪ませて笑った視線の既視感、俺にではなく後方のリノアさんに向いている。
剣を構えようとした俺の顔めがけて投じられたバッグを、姿勢を下げて回避。
ほんの一瞬、バッグに視線をとられて見失ってしまったヤツを探す視界の端には槍を投擲するヴァニシア。
頭上から聞こえたゾブッと言う音に、こういうの見せたくないのにと思いながらリノアさんの方に目をやる。
胴体から槍を生やしながらリノアさんの方へ走る使者。
早くヤツに剣を投げなきゃ、でも剣一本で止められるのか、交わされたらリノアさんに当たるかも。
一瞬の迷いで対応が遅れたせいで『収納』結界の対応範囲外に出られたことに歯噛みする俺の横を絶叫しながらヴァニシアが駆けて行く。
絶望的な距離を感じながらも駆け出すと、突然ヤツが転び、その膝は矢に貫かれている。
目を凝らすと屋敷の屋上に見えるのはセシエリアさん。
ありえない距離、走る敵を射抜くその技。
もはや我が家恒例行事のお耳触りっこの時のちょっとだけ尖ったセシエリアさんのお耳を思い返す。
後で詳しいことを聞こうなどと考える間もなく、次々と射かけられた矢を生やしながらも這うようにして進む使者を全力で追う。
振り返りながら屋敷を目指すリノアさんが足をもつれさせて体勢を崩した瞬間、そいつは突然速度を上げた。
両肘両膝で四つ脚の獣のように走る使者。
間に合わない
屋上から飛び降りてこちらへ駆け出すセシエリアさん、剣を振りかぶりながらリノアさんへと手を伸ばすヴァニシア、尻もちをついているリノアさんの眼には怯えでは無く覚悟。
目を逸らしたいのに全てが詳細に目に飛び込んでくるゆっくり進む時間の中、獣のように跳ねた使者がリノアさんの胸に触れた瞬間、何かが眩しく輝いた。
俺とヴァニシアの近くまで吹っ飛ばされてきた使者、俺が心臓を貫きヴァニシアが首を落とす。
証拠保全ではなくリノアさんを安心させたくて遺体とその残骸を『収納』に片付ける。
ヴァニシアがリノアさんの周りをおろおろしているのは、血まみれの手では抱きしめられないからだろう。
セシエリアさんはいつものすまし顔、って飛び降りた足は大丈夫なのですか。
アリシエラに今起こったことは全て記録出来ているかと聞くと、
『映像も音声もバッチリです、サー』相変わらずである。
もし彼女が完璧な屋敷の防衛管理と非の打ちどころの無いメイド業の両方をこなせる完全体だったら、きっと屋敷内の空気は今とは違うものになっていただろう。
リノアさんが尻もちをついたままこちらを見つめている。
いつものあれですね。
こういうこともあろうかと俺の体に飛んだ血のりは『洗浄』済みである。
非難のまなざしを向けるヴァニシアの方を見ないようにしつつ、リノアさんをお姫様抱っこして屋敷へと歩き出しながらみんなにも『洗浄』魔法を掛ける。
リノアさんは安心した表情で抱っこされていて、もう顔を赤らめたりはしない。
俺にではなく屋敷の方へその安らいだ視線を向けていたのが少し憎らしかったので、
「これで何度目か、覚えていますか」とささやいた。
みるみるうちに朱に染まる頬、これでこそリノアさん。
衝撃を与えないようにして歩くとあまり揺れないのだなと少しがっかりしていると、胸元のブローチが割れていることに気付いた。
以前商店街で買ったおみやげ、リノアさんと相談しながら掛ける付与を決めたブローチ。
リノアさんが決めた付与は『お守り』
「いつまでもみんなが健康でいられますように邪気を払ってください」
ブローチは身に着けていた者の想いを蓄え続けて、その霊格の高さを余す所なく発揮してくれたようだ。
俺の視線に気付いたリノアさんが手で顔を覆って震えているのは、ブローチへの感謝の思いに身を振るわせているのだろう。
俺がお胸をガン見して恥ずかしいからでは決して無い、はず。
優勝トロフィーを掲げた凱旋パレードのつもりでいたけど、リノアさんに向けるまなざしがたいそう気持ち悪かったと後でみんなから叱られた。
もちろんリノアさん母娘を除いてだ。




