33 使者
姉姫たちと宰相への手紙をジエルに託す。
返事はまだだが、やれるだけのことはやったのでそっちの件はしばらく忘れていたい。
まだ少し落ち着かない日常。
日々鍛錬を欠かさないヴァニシア、お気に入りの軽装鎧姿で庭を駆け回っているが野生化は勘弁な。
以前より少しだけ積極的に接してくれるようになったリノアさん、出来ればメイド服以外の私服姿をもっと見たいと思うのは贅沢だろうか。
ヴァニシアに王城での生活を聞きたがるアイネちゃん、アレは確かに本物の王女さまだったけどあそこの王家のことはあまり参考にならないと思うよ。
何やら新型魔導具の開発に熱中しているアリシエラ、屋敷の全員に連絡指輪を渡してくれたので多少のわがままも今は許す。
ヴァニシアのきわどいメイド服(アリシエラ作)を廃棄してまともなメイド服を渡したセシエリアさん、彼女の裁縫能力が発揮されるたびに俺の中の何かが失われていく。
冒険者登録のため、ヴァニシアを連れてギルドに行くと王都からの使者と引き合わされた。
今すぐ全員王都へ来いと高圧的な使者に、怒るヴァニシアを制して命令を拒否する。
どうなっても知らんぞと脅迫する使者を無視して帰る。
帰りの道中、ヴァニシアが首を傾げている。
「さっきの王都から来た男のことが気にかかる」
「宰相の関係者で前に見たことのある小物だがどうも態度が妙だ」
「格好や書面に問題は無かったが、何というか以前と中身が違う感じだ」
「中身?」少し嫌な予感がする。
記憶の底がちりちりする感じ。
このまま自分がここに居たら迷惑だろうかと落ち込むヴァニシア。
「出会う前から迷惑掛けられているのに今さらだろう」
「出会う前から?」
リノアさんとの出会いを説明して、照れながら感謝する俺。
無言で屋敷へ向かうふたり。
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その夜、ヴァニシアの部屋へ洗濯物を持って来たリノア、ノックの返事を聞いてから入る。
鍛錬を終え着替え中のヴァニシアを見てごめんなさいと赤面するリノア。
「見られて困るようなものは持ってないぞ」と笑うヴァニシアの胸を見て確かにとうなずくリノア。
いつもすまないとヴァニシア。
「城では何でも人任せだったが、今は自分の事は自分でやらなければならないのに洗濯も料理もなにもできん」
「みんなのために出来ることをすれば良いと思います、私にはみんなを守って剣を振るうなんて出来ませんから」
ロイから聞いたふたりの馴れ初めのことを話すヴァニシア。
「馴れ初め……」真っ赤になったリノアは不思議がるヴァニシアに慌てて話しかける。
ヴァニシアのパーティーに居たレンジャーが自分たち母娘を救ってくれたこと。
「あなたの大事な人を死なせてしまったのだな」うなだれるヴァニシア。
「あなたが死なせたのではありません、あの人が己れの矜持を貫いたのです」
「矜持か」
「はい、ここに住んでいる人はみんな、素敵な矜持を持っているんですよ」
「でもね、死んだらだめですよ、本気で怒りますからね」
「アイネ君が、お母さんは怒ると誰よりも怖いと言っていたな」
「もう、本気で叱らなくちゃ」
「私に免じて許してあげてはくれまいか」
顔を見合わせて笑うふたり。