03 野営
予定通りにお昼を食べてから村を出ることになった。
洗い物が出ないような料理が用意されていたので、食べ終わったらすぐに出発できる。
荷物が全て『収納』されてがらんとした家の中を感慨深げな表情で見渡した親子は、手を取り合って玄関を出た。
家の前にある庭とも呼べない空き地を過ぎた時、母と娘は同時に振り返った。
二人とも目は潤んでいたが、お互いが相手に心配掛けまいと泣くのを我慢している様子に見ているこっちが泣きそうになる。
村を出る前に村長と知り合いに最後のあいさつ。
村長さんが申し訳なさそうにしているのとアイネちゃんの見送りに来てくれる子の姿が無いことで、いろいろ察してしまったのが悲しい。
村に別れを告げて、街へと向かう旅に出る。
お出かけ日和なのでアイネちゃんはもっとはしゃぐかと思っていたが、リノアさんとつないだ手を離さないでお行儀良く歩いている。
ずっと過ごしてきた村を離れることは子供なりに、ではなくそこで過ごした年月が人生に占める割合が大きい子供だからこそ思うところがあるのだろうとしんみりしてしまった。
似合わない真面目面をしていた俺にリノアさんがこっそり打ち明ける。
昨日の夜の覗きの件でアイネちゃんは早朝からとてもすごいおしおきをされたのだそうだ。
お行儀が良い理由が分かってすっきりしたが、お鼻つまみを超えるとてもすごいおしおきの内容が気になって余計にもやもやした。
夕方、まだ明るいうちから野営の準備をする。
あらかじめまとめておいた旅で使う道具を『収納』から出して食材と一緒にリノアさんに渡す。
ここで自慢の日常系スキルがさらなる活躍を見せることになる。
魔法名は『トイレ』
『収納』魔法と『清浄』魔法と『消音』魔法と『隠蔽』魔法とを組み合わせた俺独自のものだ。
平たく言うと旅先で快適なトイレライフを過ごせる魔法。
もちろん女性冒険者たちに大好評であったが、なぜかみんな使用した感想を述べてくれなかったのが悲しい。
テントとトイレと魔物よけ簡易結界の設置も終了して、まだ明るい中での夕食。
食材に制約のある中での美味しい食事と旅先でみんなで食べる楽しさでアイネちゃんも大満足。
お腹いっぱいのアイネちゃんを寝かしつけたリノアさんが、焚き火の番をしていた俺の側に来た。
星空の下、焚き火の前、寄り添う(?)ふたり、こういう状況は好感度促進効果を高めると期待して緊張している俺にリノアさんが語りかけてきた。
魔族の貴族生まれのリノアさんは人族の貴族と相愛になって側室に、しかしアイネちゃんが生まれると魔族と人族の両方の貴族の継承問題に巻き込まれ結局双方から追われることとなる。
頼れる者も居らず逃げ込んだ人里離れた森の中、死を覚悟した二人は俺の相棒に救われる。
当時放浪の旅を続けていた相棒は二人を連れて自分の故郷に戻り生活基盤を整えた後、村長となっていた養父に深い事情を語らぬままに二人を頼むと頭を下げて、以降は俺の知っている通り。
なるほど事実を知ると村の村長のあの表情も合点がいく。
あとはいくつか質問を。
Q:アイネちゃんは『隠蔽』魔導具を必要としないのか。
A:今はあんな感じだが大人になれば魔族の特徴が濃く現れるかも。どうなるかは分からないけど覚悟が必要になることはいずれ言い聞かせる。
Q:貴族様たちはまだ二人を探してるのか。
A:魔族側は私たちが表舞台に立たなければそっとしておいてくれると思う。人族側は継承権問題の現状が分からないのでなんとも言えないがトラブルを避けたいのなら見つからない方が良いと思う。
Q:街でどうしたいのか
A:アイネの幸せのためなら何でもする。あの街は種族間の摩擦が少ないと聞いていたので二人が正体を隠さずに暮らせるようになれば嬉しい。
「あのお金は贅沢をしなければアイネちゃんが成人するまでニ人が暮らせる金額です」
「俺も出来るだけのことをするので何でも頼ってください」
決して口説いていたわけではないのだが、リノアさんが伏し目がちにつぶやいた。
「一緒に暮らしてはくれないのですか」
リノアさんが以前言った言葉、
『私にできることなら何でもしますので娘の人生を見守ってください』の、
『私にできることなら何でもします』のところだけが頭の中でぐるぐる回る。
そのなんとも言えない感情とは別の、警告のようなちりちりとした感覚にいまさらながら気付いた。
最近良く感じるその警告感に注意を向けるとテントの隙間からこっそりこちらをうかがっているアイネちゃんと目が合った。
「らぶらぶ?」と言ってテントの奥へと消えたアイネちゃんを追ってテントに走るリノアさん。
野営中なのに緩み過ぎている自分を反省しながら見張りを続けた。