21 増員
執務室で放心状態の俺をリノアさんが呼びに来た。
遅めの昼食へと向かう。
アリシエラはジエルから長々と説教されたそうだ。
ジエルはいつものテンション高めの時よりも感情を抑制している方が格段に迫力があるので、アリシエラには良い薬になったと思う。
リノアさんもアイネちゃん第一主義のところがあるので暴走気味のアリシエラに言いたいところもあるのだろう。
「屋敷の主人としての仕事ができてなくて、歯痒いです」
「主人……」とつぶやいてうつむいてしまったリノアさんに、これ以上かける言葉が見つからなかった。
中広間に行くと、中央のテーブルに昼食が用意されてある。
前にみんなで話し合ったとき、リノアさんから提案があった。
「この家ではみんな一緒に席に着いて食事をしたいです」
約一名、メイドの矜持うんぬんを口走ってるのがいたが、屋敷の主人の権限を持ってリノアさんの提案を押し通した。
家事能力においてはリノアさん以下、空気を読む能力はアイネちゃん以下、すでにメイドとしては化けの皮が完全に剥がれているアリシエラ。
矜持を押し通すには実力が伴わねばならない。
昼食の席にはいつもの服装に戻ったジエルもいる。
「とりあえず、謝っとくわ」
「こっちこそすまない」
さすが元パーティーメンバー、言葉は少ないがちゃんと通じ合ってる。
いつも通りの軽やかさで支度を終わらせたリノアさんが席に着いて食事が始まった。
アリシエラが支度を手伝わずに席に着いたままなのは戦力外通告を受けたからではなく、たぶんジエルの本気の説教で腰が抜けてしまったのだろう。
昼食後、片付けを始めたリノアさんとアイネちゃん。
動かないアリシエラは本当に腰が抜けてしまっているのかもしれない。
気の毒なほどネコミミが垂れているが、ここで甘やかすのは本人のためにならない。
ジエルにメイドの補充の件を相談する。
アリシエラの肩が震えているが、心を鬼にして話を進める。
「最初にジエルに言った住居の購入条件はみんなが安心して暮らせること」
「アリシエラが屋敷の防衛を担当してくれるお陰でそれが叶った」
「リノアさんやアイネちゃんの笑顔を見るたびに感謝の気持ちで胸がいっぱいになる」
「アリシエラはこれからも屋敷の外からの脅威からみんなを守ってくれ」
「今ジエルに探してくれるようお願いしたのは屋敷の内を守る人なんだ」
アリシエラ、号泣。
「ありがとうございますご主人さま、これからもがんばります」
実際は濁点だらけだったが、たぶんあってる。
ようやく立ったネコミミがひっきりなしに左右を向く。
感動か興奮か混乱かは分からない。
「心当たりがひとりいるぜ」
こういう空気が苦手なジエル、よく我慢してくれていると思う。
「セシエリアっていう凄腕だ」
アリシエラが鼻を啜り上げていた音がぴたりと止まった。
「あぅ」と言ってうなだれたアリシエラ、ネコミミもまたうなだれた。
「アリシエラ、知りあいか」
「私のメイドの師匠です」消え入りそうな声のアリシエラ。
「何か問題ある人?」ジエルに聞いてみた。
「メイドとしての能力は文句なしだな、っていうかメイドギルドのトップにして頂点だ」
メイドギルド。
設立は比較的最近だが業界トップの実績を誇る、というか職業メイドの組合はここしかない。
『職業意識の向上こそがメイドの地位を高上させる』をスローガンに、メイドの教育・待遇改善・補償問題に取り組んでいる。
厳しい修練を積んだ後、派遣されたメイドたちは王家や貴族からも高い評価を得ている。
「アリシエラはメイドギルドの出身だったんだな」
「ちょっと違うんだな」ジエルが口籠もる。
この屋敷の建築計画で祖父の知識と技術の全てを受け継いだアリシエラ。
後から屋敷と住人をまとめて管理するという方針に変更されたせいでメイドのスキルも求められるようになった。
最強の屋敷には最高のメイドを、という訳でメイドギルドトップのセシエリアさんに白羽の矢が立つ。
老貴族の力が遺憾無く発揮され、アリシエラはセシエリアさんから直接指導を受けられることとなる。
しかしセシエリアさんの最高の指導力も力及ばず老貴族も病に倒れて今に至る、と。
「事情は分かった」
「じゃ、話を進めて良いんだな」
「アリシエラ、直接セシエリアさんへお願い出来ないのか」
「今の私じゃ師匠に合わせる顔が無いですよぅ」
「最高の守り人のアリシエラと最高のメイドのセシエリアさんが屋敷にいてくれれば心強いのでぜひお願いしたい」
「分かった、準備できたらまた来る」
「アリシエラ、気合入れろよ」
相変わらずの男前なセリフを残してジエルは去った。




