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15 アリシエラ


 とりあえず屋敷への道中は問題無し。


 朝、気に掛けていたような危険な厄介ごとも今のところ無し。


 リノアさんを値踏みするような下卑た視線を向ける奴らはたくさんいたけど、あの人数を全員手に掛けていたら今頃は街の歴史に残る大量殺人鬼としてギルドの掲示板にさらされることになっていただろう、などと考えていたら目的地が見えてきた。



 何かが変だ。


 目の前の風景にあるはずの無いものが、さも当然とばかりにある違和感。


 平たく言うと、

「お帰りなさいませ、ご主人さま」


 門の前にネコミミメイドがいる。



 リノアさんはどう反応すれば良いのか迷っているようだ。


 アイネちゃんはかつてないほどきらきらと目を輝かせている。


 俺は、考えることを放棄して状況に身を任せることにした。


 とりあえず危険は無さそうだし。


「ご案内します」


 設置されている例のプレートにメイドが手をかざすと鍵が外れるような音がした。


 門を開けてみんなを迎え入れるネコミミメイド。


 そのままメイドを先頭に門から屋敷までの長い道のりを歩む。



 一同無言なのは敷地の広さに圧倒されたのか、メイドのお尻でゆらゆら揺れるネコしっぽから目が離せないのか。


「スカート履くの、大変そうだね」


 そう、スカートに開いた小さな穴からネコしっぽを出す時の苦労といったらって、アイネさんそれはいまここで聞くことですか。


「そうでもないですよ慣れると入れるの簡単ですし、何より衣装を自分専用に手直しするのってとっても楽しいんですよ」


 たぶんこのネコミミメイドはアイネちゃんととても気が合うだろう。


 そしてリノアさんの方から大きなため息が聞こえてきたような気がした。



 玄関の扉を先ほどと同じ要領で開けて屋敷の中へ。


 目の前の広い空間は正に大広間、家具や装飾品がほとんど無いことが大広間感を増している。


「こちらへ」と案内されて大広間正面の施錠されていない部屋へ。


 大広間ほどではないが中広間とは呼べそうな空間の部屋。


「こちらは大食堂となっております」


 八人くらいは余裕で席につけるテーブルには正に八脚の椅子。


「お座りください」と促されるままに席に着く。


 テーブル脇にあったワゴンにはティーセット一式。


 ネコミミメイドは実にメイドらしい所作でお茶を用意した。


「まずは自己紹介を」

「私は本日から皆様のお世話を勤めさせていただきますアリシエラと申します」

「当屋敷の専属管理人でもありますのでお屋敷についてのご質問などお気軽にお声をお掛けくださいませ」


 だんだん我慢できなくなってきたので、思い切って言ってみた。


「アリシエラさん」


「はい、ご主人さま」


「初対面なのに大変言いにくいことなのですが」


「何なりとどうぞ」


「言葉遣いが、その、もう少し普通な感じでお願いします」


「お気に召しませんでしたか」


 がっかりした表情のアリシエラさんの頭の上のネコミミが垂れたことに今さらながら気付いた。


「えーと、これから一緒に暮らす上で、もう少しくだけた感じだと話しやすいです」


「ご主人さまのご命令とあらば」


「そのご主人さまって言うのも、できれば勘弁して欲しいです」


「申し訳ありませんご主人さま、これはメイドとして譲れない矜持なのです」

「どうしても名前で呼び合うというのであれば、そちらの奥さまのお許しをぜひに」


 隣のリノアさんから「奥さま……」というつぶやきが聞こえる。


 そっと目線をやると、今まで見たことがないほど赤面している。


「奥さま、お加減でも」


 アリシエラさん、もうやめてあげて。


「大変遺憾ながらリノアさんはまだ俺の妻ではないのです」


 さっきよりも小声で「まだ……」と聞こえる。


「申し訳ありませんご主人さまリノアさま、この失態どのような罰でも享受いたしますのでどうかお許しを」享受しちゃだめだと思う。


 ネコミミが髪に埋もれる勢いでぺたんと張り付いている。


「落ち着いて、話を聞いてください。まずは俺たちの自己紹介でも」


「どうぞ」


 消え入りそうな声のアリシエラさんに向けて自己紹介を始めた。



 三人の自己紹介もなんとか終わり、冷めてしまっているお茶でのどをうるおす。


 今のわけが分からない状況の中、ひとつだけ分かったことがある。


 アリシエラさんの本分はメイドでは無い。


「それでさっきの話の続きなんですが」


「どうぞ」


「たぶんアリシエラさんは無理してメイドを演じていますよね」


「……」


「これから一緒に暮らしていくのなら、その無理しているところを無くして欲しいのですが」


「どうしてバレちゃったんですか」


「いえ、所作は完璧でした、お茶も美味しかったですがいくつか違和感があったんです」

「言葉遣いとか、あと言いにくいんですけどお茶が冷めていることに気付かないところとか」


 アリシエラさん、ついに崩れ落ちる。


 女性陣がすかさずフォローにまわってくれた。


 脱力しているアリシエラさんに寄り添うリノアさんとアイネちゃん。


 なんというかすごく誇らしい光景。


 俺も席を立ちアリシエラさんのそばにしゃがみこむ。


 ぷるぷる震えていたアリシエラさんが、リノアさんの頭撫でとアイネちゃんの背中ぽんぽんで落ち着きを取り戻していく。


 尊い、ってちょっと待った。


 リノアさんの行動に他意は無い。


 一片の曇りもない優しさに満ちあふれたいつものリノアさんだ。


 アイネちゃんの行動もいつものアイネちゃんらしさに溢れている。


 つまりアリシエラさんにすかさず寄り添ったのは、背中ぽんぽんに合わせてぴこぴこ動くあのネコミミを間近で見たいため。


 うん、分かってた。


 アイネちゃんが優しくないわけじゃない、ただ好奇心が抑えられないだけなんだ。



 大食堂ことそこそこ広い中広間で椅子にも掛けずにわざわざ床の上に座り込んでいる四人、なんとなくこれからここで良い感じに暮らしていけそうな予感がする。


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