VIII:桃色の魔法少女の記憶:Ⅱ
お久しぶりです。
ちょっとロージアちゃんに可愛そうな事したけど、今時と言うか昔の魔法少女はこれぐらいしなきゃ、ね?
ロージアは元々、国出身の人間では無く、魔法少女と言う訳では無かった。ロージア・スカーレットという呪われた少女はまだ魔王がそれ程暴れて居なかった時に、とある村で少し変わった普通の少女として生きていたのだ。
魔法なんて言葉も、ましてや魔法少女や魔王と言う言葉も分からずに居た頃。戦いと言う出来事に縁もゆかりも無かった、ただ一人の少女の話だ。
ロージア・スカーレットと言う子供は魔王の誕生によって崩れ去った大国の跡としてとして出来たばかりの村で産まれた。
これと言った特徴は無く、大国にあった文化を引き摺っていくだけの村。数百人しか居ない人間だけで構成された小さな小さな村。
風前の灯火とも言える村。魔王に対抗出来る技術も魔法も無い彼等が消えるのは時間の問題だった。
魔王の襲来に奇跡的に生き残った村。詰まる所、その村の近くに国も他の村もありはしない。本来であれば、人体に異常をきたして死ぬ筈だったのだ。にもかかわらずその事象が発生しなかった。
それには魔王によって壊滅させられた筈の人間達が生き残れた理由と重なる。
魔法少女の才覚を持つ者は共通して、魔王の特性を受け付けない。その才覚が強ければ強い程、個人に留まらず、周りにまで影響を及ぼす。
村の前身である国があった頃、ロージアはまだ母の腹の中に居た。そして魔王が現れ、国は消え去る筈だった。しかし、そうはならなかった。
生き残った人々は守られたのだ。まだ産まれてもいない少女の力によって。
ロージア・スカーレットはまだ幼くして救ったのだ。
彼女の母から、ロージアから発せられた光によって魔王は退けられ、その光景を多くの者が目に焼き付けた。
その結果、どうなったかは言うまでも無いだろう。
彼女は物心を着く前から正真正銘の『神』として崇められた。
『私はみんなとおんなじ人間なのに、どうして私の事を救世主様って言うの? なんで名前で呼んでくれないの? なんでみんな遊んでくれないの?』
彼女は産まれてからずっと人間として扱われる事無く生きてきた。何不自由する事なくただ作られた神殿の中の玉座に座っているだけで良かった。神殿の外に出る事は許されずただひたすらに、空虚に生きているだけ。
そんな生活の中で母と顔を合わせるのは月に数回程と数えるばかり。禄に愛情を注いで貰うことなく育つ内に、自らの親への情も初めに比べれば薄れていくばかりだった。
『お母さん、どうして私はここから出ちゃいけないの?』
『…………』
自身の娘から溢れた疑問の一つに、彼女の母は答える事すらしなかった。ただ、彼女の母は怯えた目でロージアを見るばかりで、直ぐに神殿から立ち去る。
ロージアの母は自ら産んだ筈の娘に対して、恐怖と嫌悪を感じていた。自分の娘だと言うのに、明らかに人のソレとは違う力を持つ事。
それと合わさって、いつの日か、魔王をも退ける力が簡単に自分達に向けられるのが怖かったのだ。不幸な事に、彼女がまだ子供であるが故に、その無邪気さが恐怖心を煽り続ける。
ちょっとした事で、消されてはとてもじゃないがたまらない。そのせいで無闇に接して育てる事すら恐ろしい。せっかく生き残れたというのに、彼女の力で死んでしまっては何の意味も無い。
彼女の母がロージアから離れるのは当然だったのだ。
要するにロージアは運が悪かったのだ。
ロージアは、親がちょっとだけ臆病だっただけ。
ロージアは母の言う事をちゃんと守る良い子だっただけ。
そしてロージアに妹が生まれてしまっただけ。
ロージアの母は周りから次なる救世主たる嬰児を生まれるのを望まれるのもあり第二子を産んだ。その赤ん坊はロージアと顔付きも母親譲りの桃色の髪も良く似ていた。瓜二つと言っても良い。
けれど、彼女と決定的な違いがあった。
魔法少女としての力を持ち得なかったのだ。奇跡は起きる。だからこその奇跡。だがそうやすやすと顔は見せてくれなかった。
村の人々は少し残念がりながらも仕方ないなと済ました。なんていったって自分達の『神』は健在だ。絶対に死ぬなんて事は無いだろうし、魔王からだって守ってくれる。
第二の救世主が生まれなかった事は喜ばれる事は無かった。
ロージアの母を除いて。
母にとって『普通』の子供が生まれる事はどれだけ嬉しかった事だろう。体が光る事なんて無いし、魔王を打ち滅ぼすだけの力も持ち合わせてはいなかった。
周りの人間からは何でも良くても、彼女にとって普通の娘は宝物に感じられた。普通の命と心の底から思えた。自分を殺そうとなんてしてこないだろうと確信出来た。
母はロージアと違って、第二の娘をただひたすらに愛した。数年経つ頃には立派な少女と様変わりし、今日も元気に寂れた村を周りの子供達と駆け回っていた。
神殿でただ一人腐っていくロージアと正反対に。
健やかに育った彼女の妹とは対照的にロージアの心はどんどんどんどん病んでいった。母親の最後に聞いた『ここに居て』と言う言葉を律儀に守り続けた彼女はただ運ばれてくる食事に手を付けるだけの人形だった。
いや、時間が過ぎるごとに食事にすら手を付けなくなっていった。
自分が生きている理由がわからなくなったから。
誰かと話したい。
誰かと一緒に居たい。
誰でも良いから遊びたい。
誰か私を愛して欲しい。
でも出来ない。私が『救世主』だから。
私は何の為に生きているんだろう。
この言葉だけが彼女の心に溶けていった。そう、彼女の煮え滾った焼却炉が如き精神に。
『お姉ちゃん……どうしてこんな所に居るの?』
ある日、神殿に一人の少女がやってきた。その娘は少し汚れていたけど桃色の綺麗な髪をしていて、普通の服を着て、瞳が自分と違ってとても澄んでいた。
妹はロージアを姉とは分からなかったが、魔法少女であるロージアが彼女を自分の妹であると理解するのに時間は掛からなかった。
それと同時に理解した。
あぁ、この娘は私と違ってお母さんに愛されたんだな、と。
妹を連れ帰る母の化け物を見る様な瞳は今でも悪夢に出て来る様になった。
ロージアは妹を殺すでも無く、黙っていた。名も知らぬ妹に持てる興味も嫉妬もありはしなかった。
再び月日が経って、アレはやってきた。今までの魔王とは違う赤い化け物。
ロージアの結界を超えてソレは村を襲ってきたのだ。何時も通り今回の敵も直ぐに消せるだろうと考えていたがそれは裏切られる事になる。
紅き体は彼女と同じ魔法少女を取り込んだ証。まだ子供だった彼女には分が悪かった。
『くっ……!』
容赦無く遅いかかる魔王。無自覚に出していた魔法陣はバチバチと音をたてて、今にも崩れそうだった。
押し込まれる衝撃に心と体が揺すられる。
自分は今何をやっているのだろう。何の為に生きているんだろう。
彼女は放心状態になり、次第に魔法が弱まっていた。もうここで死んでも良いと、そう思えた。
思えた筈だった。
脳裏に浮かんだのは名も知らぬ妹の顔だった。どうしてだろうか。何とも思っていなかった筈なのに、守りたいと思ってしまった。
ロージアは純真な娘だ。自分が幸せになれないなら、せめてその娘に幸せになって欲しいとそう願った。
強い思いは魔法をより強くする。
瞬間、村全体を桃色の光が包んだ。描き鳴らされた轟音はロージアの勝利の咆哮だったのかもしれない。彼女は勝ったのだ。
彼女は村だった場所に仰向けに倒れて、空を見上げていた。
紅き魔王は消えた。彼女の魔法によって。
村を纏めて吹き飛ばしてと言う形で。彼女が横たわっていたのは人っ子一人居ない更地だった。村があった形跡なんて何処にも無い。
彼女が腐っていた神殿も、建物も、彼女の母も、妹も。もう何処にも居ないのだ。
その事実に気が付いた時には彼女の心は完全に壊れていた。
『あ、ぁ────あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
その時だ。ブラックホール大佐が彼女の前に姿を現したのは。
何処からともなく姿を見せたブラックホール大佐は瞬時に彼女を保護し、自身の国へと持ち帰った。
そこでロージアが待っていたのは魔法少女として、魔王と戦う変わらぬ毎日。
けれど以前には無かった友達がそこには居た。自分と同じ様な境遇を持つ少女が自分達の他にも居たから、彼女は村に居た頃よりも自分らしく居れたのだ。
そこで彼女に転機が訪れる。
彼女が保護されてから一ヶ月、新たな魔法少女がやってきた。
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