Ⅳ:俺、迷子?
ブラックホールの罠によって、呼び出された部屋に仕込まれていた転移魔法を直前に、完全に反転する事が出来ず、半ば暴走状態に陥っていた魔法陣を通して何処かへ飛ばされてしまった私。
全身を包む光の先を見ようと瞼を開けると其処には何とも言えない世界が広がっていた。
空を覆う紫色をした歪な雲、同じく毒々しい色になっている大地、崩れて落ちたビルの様な物。其処には命の欠片等感じる事は出来ず、草木一本すらその存在を許してはくれない。
魔王と戦う戦場でよく見る光景。しかし、そこが何処かは明確には分からない。今やこの星の半分は人がマトモに生活が不可能になっている。半分だ。それだけの範囲が同じ様に紫色の地へと変貌を遂げ、特徴らしい特徴も無いのだから判別の仕様がない。
要するに暴走気味だった転移魔法によって私は国の外へと飛ばされたのだ。恐らくブラックホールは一応の保険として転移魔法を部屋そのものに組み込んでいた。
しかし今、私が居るのは空中だ。幸い、海の中や土の中に転移しなかった事に感謝をしよう。いや、寧ろ正しい転移先はそこだった可能性の方が高い。宇宙に転移……は先ず個人での魔法行使では不可能だった筈。大方地球で言う北極圏なり活火山の火口の中へと放り込むつもりだったのだろう。
死なない自身はあるが、流石にそんな極限状態の環境に居たくはない。兎にも角にも転移魔法を無意識にも暴走させて良かった。
「しっかしどうすっかなー。幾ら龍の魔女である俺でも知りもしない場所に飛ばされるのは少々困るぞ」
『以前の様な牢獄の中と言えど最低限度の生活はしていましたしね。こんな場所ではマトモに生活出来ません』
「一応ー国へは転移魔法で帰れるけど」
『十中八九あの野郎がマスターが国に居られないように何かしらの手は打ってあるでしょう』
「だよなー。此処を探索、って言っても」
背から生やした龍の翼で宙を浮きながらこれからの事を考えるが、どうしようにも世界が世界なのでしたい事を出来るって言う訳でも無いのだ。俺が元の世界へ変えるには全ての魔王を倒して、狂った世界の理を治さなきゃならない。
魔王は倒して倒してもその数は一項に減らない。魔王と言う言葉から偏見で一体しか居ないと思っていたけどそれは違った。魔法の頂点に位置する王、だから魔王なのだ。地球で言う人間以外の生物を無理矢理継ぎ接ぎに合体した紫色の怪物を見た時は驚いた。
俺の中での魔王は魔族と言う一つの種を率いる知能ある存在だと思っていたのだが。正体や存在自体が詳しく研究されておらずデータが無いので未知な点が多い。
一言で言うならばこの世界で言う『魔王』は半ば一種の災害だと断言して良い。奴等のサイズは人一人から町一つと多種多様なのだが共通する事は、魔王が通った跡には何も残らずただ紫色の大地が増える事のみだ。
際限無く増え続ける正体不明の魔王は十年に一度とか比較的長い間隔での出現では無く十分に一回に何処からともなく現れるのだ。現に、こうして空中散歩をしている私の眼の前でシロナガスクジラ位の大きさの魔王が現れた。
しかしその頭は獅子と象であり、腕は隼と烏の翼、足は半分だけカエルでありもう片方からは蛇の尾が生えていた。余りにも生物としては完全に破綻している姿。
生きる為に進化した物ではなく作られたかのような怪物は目の前の獲物を求めて襲い掛かる。
『ああやって魔王が出るだけですからね』
「めんどくさいなー『龍源 解』」
魔王は基本的にまだ襲った事は無い物を狙う事が多い。若しくは目の前に居る外敵、この状況で言うなら俺を襲う。時折魔王同士で殺し合う事があるが結果的には悪魔合体してより強力な魔王が誕生してしまう。
合体魔王に対して並大抵の魔法少々だと簡単に屠られて捕食される事が多いらしい。事実、まだ魔法少女になったばかりの俺はスカーレット達がボロボロになっているのを見た事はある。
が、実際に捕食される所を見た事は無い。しかし稀に現れる特殊個体、紅く染まった魔王は魔法少女を捕食して自身の存在をより大きくしたものらしい。
兎に角魔王が姿を現す頻度が多く、時間を掛ければ掛けるほど彼奴等は強くなるという訳だ。
こういう鬱陶しい奴等はさっさと消すに限る。
発した言葉を起点に俺の全身に魔力が凝縮されていく。魔力を喰らう魔力、龍種にのみ許された特異性であり魔法を扱う者にはほぼ天敵と言っていい。
魔法が上書き出来る由来も此処から来ている。
そして魔王は魔法の頂点。例えば俺が針一本を持っているとすれば、奴からはミサイル一発にもなる。それだけ龍種は絶対の存在なのだ。
「『龍砲』」
『ドラゴニックカノン』
私の目の前に現れた魔法陣は中心から光を放ち、一瞬にして光の粒は極大の光線に姿を変える。龍の息吹にも似たそれはいとも容易く巨大な肉体を貫き、向こう側が鮮明に見える程綺麗な穴が空ける。
「『十二龍門』」
『ゾディアックチェイン』
しかし俺の攻撃は止まることは無い。魔王は残骸の一つも残してはならない。魔王の死体が自然消滅する等と言う都合の良い事は決して無い。次の魔王達が残った死んだ魔王の残骸を喰らい、再び姿を現す。適当にやっていたら俺は地球に帰れない。
俺を中心とした円を作り出す様に現れた十二の魔法陣もまた夫々が違う色の極光を作り出し、砲台となって虹色に輝く光の柱を穿つ。光の線が一点で交差するように、魔王を中心として極光の柱は交わり、爆破してしまう。紫色の煙と七色の煙が沸き立ち、けれども一瞬にして何も無かったかの様に消えてしまう。
「ふぅ……」
『こうもあんな気持ち悪いのと連続で出会すと考えると身の毛がよだちますねー』
「ドラコーンは身の毛って言えるもんが無いだろ?」
『失礼な!この見目麗しき龍翼が見えませんか!?』
「毛じゃないじゃん」
『んーーー!!唯の比喩表現ですよ!比喩表現!』
「はいはい」
『あっ!また向こうからやって来ましたよマイマスター!』
「はぁ」
ドラコーンの言った通り今度は左側から魔王が襲い掛かってくる。それもまた歪な造形であり、梟の首を逆様にして腕部分に電気スタンドの様な物を、生やし両足には翼が生えている。
良くそれで飛べるなと感心しつつ、ステッキを魔王に向けて構える。何も毎回極太の光線を打つ訳では無い。結果は全て同じだが、過程を全て同じ事にすると飽きてしまう。
腰に携えているホルダーから一枚の赤黒のプレートを取り出し、魔王に見せる様に翳す。
「龍装『獄炎龍煌燬ドラグインフェルノ』」
プレートは砕け散り、その破片は獄炎に変化し魔王はその勢いに吹っ飛ばされる。翼や体毛に赤黒い火が付き、焦げた姿へと変わる。煩わしく耳障りな文字通りのノイズを口から吐き出し、身体に着いた火を払おうと地に墜ち転がり回る。
湧き出した獄炎は次第に龍の形に変わり、魔王と同等、いやそれ以上の大きさへと変貌を遂げる。身を覆う鱗と鱗の間から炎が燃えたぎる。三対の炎翼を羽ばたかせ、火の着いた尾を振るう獄炎の龍。その身に宿りし獄炎は敵を燃やし尽くすためだけにある。
龍は咆える。目の前に転がる有象無象を消し炭へと変えるため。
────────!!!!!!!!!
天から舞い降りた獄炎の龍はその口から全てを溶かす炎を溢れ出させた。その場に居るだけで生きる者は沸騰し、龍が出す熱にその身を蒸発させる。
今、正しく魔王の身体には消えた筈の獄炎が蘇り、再びその身を灼熱に焦がす。悲鳴を出す気力すら既に消え去り、全身は何処も見えない様に炎に包まれた。
これでもかという程生き地獄を味わう魔王に対して獄炎龍煌燬は一切の容赦無くその口から数十もの豪火球と赤黒く染まり上がった熱線を吐き出す。
放たれた業火は炎の化身と化した魔王に撃たれる同時に周囲の大地が消し飛ぶ程の爆発を起こした。
魔王が居た場所に見えたのはこの世界では見る事ご出来ぬであろう抉られたように作られたクレーター。それだけの威力が獄炎の龍にはあったと言う事。
龍の魔女を龍の魔女足らしめる究極の力。この世界で二つとない破滅の証明。
「サンキューな!ドラグインフェルノ!」
『やれやれ……。まーた派手にやりましたねマスター……』
「良いじゃんこうでもしないと魔王退治なんて何一つとして面白味が無い」
『そうじゃ無くてですねー……』
何か言いたそうなステッキとは対称的にドラグインフェルノは燃え盛る鱗で覆われた顔を寄せてくる。コレは撫でて欲しいと言う合図だ。呼んだドラゴンは一仕事終えた後必ずこうして頭を寄せるのだ。
ああも強大なドラゴンがこう撫でて欲しいと言っていると思うと何だかぽかぽかする。
「ありがとねーインフェルノ〜」
撫でられて心地良さそうな声を上げるドラグインフェルノ。凍り付くような咆哮とは裏腹に結構可愛い声を出すのだ。鼻息を荒くするドラグインフェルノによって半ば私は飛ばされて掛けてしまうが此処は甲斐性の見せ所だ。
満足したのかドラグインフェルノはプレートに戻る……筈だった。
「はぇっ!」
『鎧になっちゃいましたねー。着てほしかったんじゃないですかね?』
事もあろうかドラグインフェルノは私に巻き付き、鎧へと姿を変える。鎧、と言っても軽装が正しいだろう。鱗の様なデザインをしたニーソにスカート。頭飾りであるリボンは彼の角をあしらえたかの様な物に。何時も着ている赤黒い魔法少女服とは大きく変わって肌の露出が多い。
翼も合計6枚になり、常に炎を吹き出している。ドラコーンもデザインがドラグインフェルノ寄りに。
「じゃこのまま行くか!」
『ヘイヘイ。宛の無い冒険へレッツゴー!』
私は三対の炎翼を広げ遠い紫の世界を飛び立った。
◆◆◆◆◆
「何コレ?繭?」
『うーんそれにしても魔王がのさばるここら辺でこんな物は普通生まれない筈なんですけどね。これまた魔王が変えた世界の理の決定でしょうか?』
「うーん」
魔王退治の旅をしながらもかなり遠い地へとやって来た私は、紫色に染まった町跡の中心で奇妙な繭を見つけた。糸のようでいて、硝子の様に透明、しかしその中にあるものは決して見えない。
遥か昔に滅ぼされた人達の残した遺産だろうか?けれど国にこんな物が載っていた資料は一つとして無かったけど……。
「どうしよっか?消す?」
『正体不明だから分かりません。だからまだ手出しするには速すぎます。少なくともこの眉からは魔力を感じます』
確かに言われてみれば何となくだけどオーラみたいな物は出ている気がする。ステッキが言うのだから間違い無いだろう。私は龍の魔法少女である以上、その性質から完全、とまでは行かないが魔力は感じにくい。
つまりこの繭が俺に魔力を感じさせるだけ強いという事を意味するのだ。
「あれっ」
どうしようかぶらりぶらりと繭の周りを飛んでいると、繭に変化が起こる。繭はその表面に罅が入り、その隙間から光が吹き出る。硝子が割れるかのように、糸は一本一本が同時に千切れ、バキンと硬い音を鳴らす。
やがて卵の殻が割れる様に繭は完全にその形を失くす。そしてその繭にあったのは
「女の子?」
『これまた珍しい物があったものですねー!』
透き通る様に綺麗でいて、鮮やかな水色の長髪を持った産まれたままの姿の少女だった。
この作品が面白い、続きが読みたいと思った方はどうか下の[☆☆☆☆☆]にて評価をお願いします。作者の励みやモチベーションに繋がります。