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火事のぞき 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、全国で一年間にどれくらい山火事が起きているか、知っているかい?

 年間でおよそ1300件。焼ける面積は平均して700ヘクタールほど。被害額も6億円に及ぶらしい。それも自然発火するケースより、たき火などの人為的な原因で、森が燃やされてしまうことが多いのだとか。

 山火事って、町の中のそれと違って必ずしも人が出動するわけじゃないと聞く。暮らしに直接の影響が出ない遠くなら、放っておいた方がコストもリスクも少なくて済むからだ。

 

 そこに住まう者。特に木からしてみたら、たまったものじゃないね。火がすぐそばに迫っても、逃げ出すことを許されない。やがては頭や手足たる枝に、炎がまとわりついてくる。

 身体が乾燥していたなら、まだいいかもしれない。火はあっという間に全身へ燃え広がり、やがてぽっきり、ぼろりと身体が崩れて横になれるはずだ。

 でも生木だったら、そうはいかない。火にあぶられ、なぶられ、煙が多くたつばかりでなかなか焦げない。根っこが身体を支えるままに立ち続け、被害林としてとどまることになるんだ。

 木の種類によっては、火に対してべらぼうに弱い。少し表皮が焦げ付いただけで、木全体が機能を失い、枯れるしかないものも存在すると聞く。放っておくと病気の温床となるから、伐採という名の介錯をしてやる必要さえ、出てくるようだね。

 

 しかし、動かず叫ばずの彼らが、何もしていないとは考えづらい。人間だって、いよいよ追い詰められれば、あがくことのひとつやふたつするところ。それが他の生き物でやらないはずがない。

 そう考えた僕は、前々から山火事の前後で「あがき」や、それに近い不思議な現象が起きていないか、色々な人に尋ねたことがあるんだ。たいていは粛々と、焼かれる宿命を受け入れるものだったそうだけど、過去を手広く見ると、やはりいくつか奇妙な例があったらしくね。

 その中でも、僕の中で印象的だったものがあるんだけど、聞いてみないかい?

 

 

 むかしむかし。都からやや離れた小高い山のてっぺんで、火事が発生した。

 都の家々からも、はっきりと見える赤々とした火と、灰色の煙。風の向きによっては、煙がここまで届いてきて、火がおさまるまでの間、人々のほとんどは建物の中へ避難していた。

 しばらく天気の良い日が続いており、落雷などが原因とは考えづらかった。当時は火打ち石などの着火具が貴重ということも相まって、山の神々による、木々の剪定が行われたのだろうと、皆は噂をしたそうだ。

 山のてっぺんから中腹まで炎が巻く状態は、じつに数日間に渡ったという。

 

 

  ところが、火がおさまってから都の役人たちが件の山を視察したところ、葉や表皮こそなくなっているが、木そのものは非常にきれいな状態でたたずんでいたんだ。

 その肌にはみじんも焦げがついておらず、すでに「かんな」などを使って、姿を整えた後のよう。そのような肌が木の根元から一番上にかけてずっと続いているんだ。

 

 ――まさに、神々の御業に違いあるまい。

 

 そう感じた人々は、木を伐り出すような真似はせず、むしろあの一帯の樹を残しておこうと試みた。

 残った木々の、一番外側に位置する木たちを選び、ぐるりと一帯を取り巻くようにしめ縄を張ったのだそうだ。神様が降り立ったことを示す「紙しで」をところどころに垂らし、むやみに人々が近づかないようにしたのだとか。

 

 

 それから数日が経ったころ。山伏の一行が、都を訪れた。

 総勢30名にも及ぶ彼らは、都へ着くや、すぐさま各所へ散って聞き込みを始める。肌をさらす樹木たちをたたえたあの山を指さし、何があったのかと。

 それとほぼ同刻。件の山へ入った二人の猟師が、変死体で発見された。彼らはいずれも、あのしめ縄で囲った地点を少し降りたところの崖下に倒れていたらしい。そばには木をこるためと思しき、斧が転がっている。

 落ちる際に打ち付けたのか、手足はおかしな方向へ曲がっていたが、それ以上に二人の顔色が異常だった。

 アザと片付けるには、あまりにどす黒い藍色に染まっていたんだ。あごや耳にいたるまで色づくその様子は、まるで頭だけをすげかえて、胴体にくっつけたのかと思う変わりようだったという。

 彼らを回収した者たちは、念のため、しめ縄を張った周辺を見て回り、やがて木の一本に真新しい刃の痕を見つける。

 彼らの手にしていた斧のものだろう。伐り倒そうとしたに違いなかった。

 バチが当たったんだと、回収者たちは山を下ったあとに皆へうそぶいたものの、翌日には自分たちの方も、床にふせって動けなくなってしまった。看病する家族の目には、彼らの顏に少しずつ、藍色が浮き出しているのを確認したという。

 

 火事と、件の事故の顛末を聞いた山伏たちは、めいめいが背負っていた荷から、棒や布地を取り出す。そして都の外れへ、あっという間に大きな天幕を設けてしまうと、そこへ籠って、何日もの間、ほとんど顔を見せなくなってしまった。

 数少ない目撃者の話によると、彼らは天幕の中で箸を握り、ぐるぐると胸の前あたりで回すような仕草をしていたらしい。猟師が魚とりの網をたぐり寄せるように、自らの身体へ、身体へと、箸は空を切りながら回し続けていたそうだ。

 

 あの山での事故死からひと月ほどが経つ。

 遺体を回収した彼らは、変わらずに寝たまま。しかも顔は元の色の部分が分からないくらい藍色に染まり、息も絶え絶えになっていた。

 そして、具合の軽さ重さの違いはあれど、都に住む者にも似たような顔色を見せる者が増えてきたんだ。すでに、身体のだるさや痛みを訴える声も出始めている。

 

 その折に、あの山伏たちが天幕から続々と姿を現わしたんだ。

 彼らはひと月前から回し続けていた箸たちを、めいめいの手にたずさえていた。それだけでなく、かつては何もついていなかったその先端に、あめと見紛うような黄土色の塊がへばりついていたんだ。

 彼らは都の役人たちにかけ合い、件の山へ向かい、行いたい儀があるので見届け人になってくれる者を募る。ほどなく、役人たちの中でも症状の軽い者たち数名が山伏たちへ同行し、案内をしながら共に山を登っていった。

 この際、役人たちは香を焚き込んだ手拭いを山伏たちから渡されており、目元以外を隠すように指示されていた。


「すでにお察しのことかと思われますが、話を聞く限り、かの山に起こったのはただの火事ではございません。確かに神の御業ではございますが、ずいぶんと『厄』によったもののようで」



 山伏の話を聞きつつ、案内を続ける役人たち。手拭いで隠した口元は、しめ縄の地点へ近づくにつれ、むずがゆくなっていく。それでも手拭いはとらないように、とのことだった。


「どうも、住み心地のよさを見初められてしまったようですな、ここの樹は。ゆえに住まいとして使い始めたものの、どんどんと手狭になってきた。

 さすれば漏れ出してしまうのは必定。それに斧が入れられたことで、ますます出が激しくなってきたのでしょうな」


 やがて彼らは現場へ着く。見た目には、火事の直後から変わらぬ裸の木々の姿がある。斧の打ち込まれた痕をのぞいて。

 そう。ここに至るまで風雨にさらされる機会は幾度もあったのに、彼らは一本たりとも余計な泥などの汚れをつけてはいない。

 手拭いと口の間の違和感はすでに、虫が盛んに這っているかのような気色悪いものへ変わっていた。隠しきれていない目はひとりでにしょぼしょぼと涙がにじみ、あたかもじかに煙がしみてきているかのよう。

 その中で山伏たちは、用意した箸の先にまとわりつく塊を、幹たちへこすりつけていく。身軽な者は袴が乱れるのも構わず、木をするすると登って、高い位置にも箸をくっつけているようだった。


「厄の神が降り立った際に、除かれた樹皮。そのチリをこうして集めることができたのでしてな。数日もすれば、この木たちもまた皮をまといましょう。

 そしてくれぐれも、これらの木を大切にしてくだされ。皮で少し手荒に押し込める形になりますよって、いざ放たれたら、ひときわ厄介ごとを招くことでしょう」



 木々の面倒を見終わる頃には、もう日が暮れるところだった。

 山伏たちの箸の先は解放されて、あの黄土色の塊の影は残っていない。山伏たちは明朝には都を立ち、間もなく、彼らが告げた通り、あの木々には元のように皮が張り始めたんだ。

 都の人々も、生きている者は顔色がどんどん良くなり、体調の不良もなくなる。

 皆は件の木々を守るよう、柵をはじめとする様々な防備の策をとったらしいが、数百年後の戦の折に、また山々は火事に遭ってしまったという。

 今度は完全に木々は焼け落ち、それから長く都では病や飢饉が相次いで、多くの犠牲者を出したのだとか。


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