09.お茶会
「こちら私の友人のジュリア様です。エミリー様に是非ご紹介いたしたくて」
「ハンナ…。これは一体どういうこと?」
「ですからエミリー様に私の友人をご紹介いたしたくて、」
「茶番はいいから!ハンナ、いつも通りの口調で説明してくださる?」
「ふふ、もうエミリー様ったらせっかちね。私、ジュリア様とお友達になったの。それはもう意気投合してしまって」
あの後ジュリアを家に招待した。新商品のお菓子の試食はいかがと目の前に餌をぶら下げて。
おいしい甘いお菓子に二人の心も和らぎ口も滑る滑る滑る。
結果、二人はかなり意気投合したのだ。目指す先はさほど違わない。女性が一人でも生きていける世の中だ。
そしてジュリアはハンナにはない技を持っていた。男性を落とすテクニックだ。
ハンナは美しく見せる技術こそあれ、小悪魔的な資質はあまりない。そもそもがそれらを必要とせず自分の力で立って歩いていた人生だった、前世は。
だからジュリアの話は目から鱗で、そういった女性達がいる事は存在として知ってはいたが自分の周りにはいなかったために実際の話を聞くとかなりの衝撃があった。
「わざと手が触れ合うようなところに始めから置いておくんですよ。重なったときにキャッと言うような感じで手を引っ込めたり恥じらったり瞳をうるうるさせたり。ダンスを踊る時だって、わざとつまずいて自分の胸を押し付けるような感じでよろけるんです。それから、」
小悪魔のオンパレードにハンナは開いた口が塞がらなかった。だが、自分の知らなかった世界に興味は俄然湧く。探究心は前世から人一倍強い。そしてジュリアは話し上手だ。相手の反応を見ながら進める話術に感心する。
「ふんふん、なるほど、それでそれで?」
「うぶな男性の場合は……」
と分析力も高い。エミリーの店での目撃情報の後学園で何度か見かけることはあったが、男性に媚を売るいけ好かない女性だと思っていたが自分の浅はかさを思い知った、この国の女性は強かだ。強かでなければ生きていけないのかもしれない。
「エミリー様、わたしは愚かだっだわ。ジュリア様に会って気づかされたの。この国を変えるならジュリア様の力が必要よ」
エミリーは呆れかえった様子でハンナを見ていたが、ジュリアの話す”ときめき大作戦”を聞いて顔色がほのかな桃色から最後には真っ赤な茹でだこのような色にまで変化した。ちなみに”ときめき大作戦”はハンナが命名した男性を落とすテクニックの総称だ。
「なっ、なんと破廉恥なっ」
エミリーは真っ赤な顔で小声でそう呟いたが、それでも好奇心は抑えきれなかったようでジュリアの話の続きを聞きたがった。
「女性に慣れている男性は胸を押し付けられた後、これ見よがしに腰に添わせていた手で嫌らしく撫で繰り回してくることが多いですね。舞踏会なんて誰かれ構わず堂々と猥褻行為をする場だとはき違えている男性のなんと多いことか」
「そんな、人前でそんなはしたないことを、」
「エミリー様は高位の貴族令嬢ですし、侯爵家嫡男という婚約者もおられたからそんな扱いはされないでしょう。私のような男爵家の娘は頭も下半身も緩ければ愛人にすることができると狙われるのですよ」
「…酷い」
「これがこの国の現実です。幸い私はうぶな女性を演出しており撫でまわされて体を固くしたり、酷いときは瞳から涙を零すといったことで逃げてきました。その甲斐あって、現在トマス様に目を掛けていただいております」
その言葉にエミリーは途端にむっつりとしかめっ面になった。侯爵令嬢ともあろう方がそんな表情されていいのだろうかと心配になるがこのごろのエミリーはハンナの前で取り繕うことはしない。
「貴女は、トマス様のことを愛していらっしゃるの?」
絞り出したエミリーの問いかけにジュリアはあっさりと真顔で答えた。
「いいえ。この世に男女の愛など実在するのでしょうか?エミリー様は真実の愛を信じておいでで?」
「……ふふっ、そうね、愛なんて夢物語ね」
「そうです。男女の営みなんて快楽と子種を残すためのもの。愛なんて存在するとは思えませんわ」
「か、快楽だなんて、そ、そんな、ジュリアはど、どこでそんな」
「初めに言っておきますが、わたくしは生娘です。エミリー様は侯爵令嬢ですからきっと読まれませんね、大衆向けの”宵闇シリーズ”や”誰そ彼シリーズ”なんて露骨な描写のある物語は」
「そ、そんなものがあるのですか?」
「ええ、貴族の閨の指南書よりよっぽど役に立ちそうですわよ。ただし、使用人たちに確認したところ、半分くらいは作り話と言ってましたけどね」
物語と聞いてエミリーは俄然興味を示したようだったが、不埒な物語と聞いて読みたいとも言えず唇を噛み締めている。ハンナももちろん興味を惹かれたのでエミリーの分と二冊ずつ取り寄せようと心に決めた。