08.輝く髪飾り
ある時、それは学園でたまたま目にした光景だった。彼女の美しい髪にうちの人気商品である髪飾りが輝いている。女子生徒の髪にそれが飾られていることは不思議ではない、むしろよく見る光景だった。学園で過ごす令嬢たちは婚約者がいる方が多く、そういった方は自分と婚約者の瞳の色や髪の色の宝石をあしらった髪飾りをつけられる。婚約者からの贈り物であることがほとんどであり、そしてそれは独占欲の強い婚約者の主張だったりもする。
なのにその令嬢は自分の瞳や髪の色でもない、恋人のソレでもない髪飾りをつけていた。そのことでつい、視線で追いかけてしまった。石の種類は金剛石、透明度を誇った美しさも輝きも素晴らしい逸品、価格も一級品だった。私の不躾な視線に令嬢は気づいてようでハンナは声を掛けられてしまった。
「私に何か用かしら?」
「いえ、申し訳ございません。うちの髪飾りがよくお似合いだと、つい見てしまいました。私はテイラー商会のハンナ、と申します。先に名乗る無礼、重ね重ね申し訳ございません」
「構わないわ」
「髪飾りが貴女様をさらに演出しておりますようで、大変お似合いですね」
「そう?ありがとう。恋人からの贈り物なのよ。私はジュリアよ、ジュリア・ヴィークセン。本当に素敵な飾りよね」
「…珍しい贈り物ですね、無色透明の石とは」
「ふふ、私は何色にも染まってない、これから貴方に染まっていくのねって言ったら喜んで買ってくださったわ。固い石も私たちの絆の様に壊れないのでしょうねっていったらそれはもう感激がひどく、ひどくて、ひどかったわ……」
「その様子だとあまり嬉しそうではございませんね」
「そんなことないわ。裕福なところに嫁ぐのが女の幸せなのでしょう?侯爵家に嫁いだら…って、あら」
言ってはまずいことにきづいたのだろう、男爵令嬢は視線があちらこちらと彷徨い始めた。それに気づかない風を装ってハンナは話しかける。
「まあ、婚約者様は侯爵家の方なのですね、それはおめでとうございます。侯爵家で今適齢期の方と言えばピグス家かホース家のご令息ですけれど、ピグス家は最近花嫁様を迎え入れたと聞きましたし、ホース家は確か婚約者が……」
「ホース家の婚約者は変わるのよ、これから」
「…左様でございますか、貴族のことは平民の私にはとんとわからないことでございますので。ですが婚約者のセイラ様は聖女のようだとお噂は耳にしたことがございます」
「ふふん、聖女なら結婚しなくてもいいじゃない。神に仕えて過ごせばいいのよ。でも、私はそんなわけにはいかないもの、この国では婚姻を結ぶ男性によって生活水準が変わるのだから、しかたがないわよね」
「それは、生活水準さえ保てれば侯爵家に嫁ぎたくないと?」
彼女の様子に初対面にも関わらず、突っ込んでしまった。彼女もしまったという表情をしているが、貴族の御令嬢としてはいささか修行が足りない。だが強かな女性であることは間違いなさそうだ。
「…この国で女性が結婚しないでやっていけるわけないじゃない」
「……うちの店ではマヤ様をはじめ、女性の活躍が目覚ましいですわ。もちろん働きに合わせ安定した雇用と賃金をお約束しておりますの」
「っそんなの限られた一握りの人だけのものよ。私では務まらないわ」
「そうですか。でももし、貴女様でも、いえ貴女様しか出来ない仕事を用意したら引き受けてくださいますか?詐欺とか嘘の勧誘ではないですよ?もちろん契約内容は書面にて確認していただきますし。それともあんな素敵な恋人がいたら無理でしょうかね、ふふふ」
「まさか。私があんな男本気で恋すると思っているの?家が決めた婚約者をないがしろにするような男よ。ちょっと体を触れただけでころりといくような男なんて軽蔑の対象でしかない。私はね、ただお金に困らない生活がしたいだけ、相手は誰だっていいのよ」
その言葉にハンナは内心にんまりとしてしまった。
「まあ、貴女のような平民に貴族のことなんてわからないでしょうけれどね。貴女は好きな人と恋をして結婚できるのでしょうけれど、私は違う」
「私も違いませんよ。好きなことをして生きていきたいけれど、私も今現在はそれが無理なようです。平民でも無理なのですから、貴族のご令嬢はもっとお辛い立場なのでしょう」
「わかったようなこと言わないで」
「そうですね。本当のところまでは理解することはできないでしょう。ですが、私なら貴女の望みを叶えることが出来るかもしれません」
「私の望み?」
「ええ。こうして知り合ったのも何かのご縁でございましょう。絶対に損はさせません」
ハンナは今度は感情を表に出してにっこりとこれ以上の笑みはないくらいに微笑んだが、それはどうも胡散臭かったようで、あからさまに嫌な顔をされた。
「貴女、何が目的?私をどうしたいの?」
「目的は、そうですね。この国に女性の自立を促したいのです。そして、貴女様には、婚約破棄をしていただきたいのです!」
これが、ハンナのこれから続く婚約破棄計画の第一弾となるとは、言ったハンナも全く予想していないのだった。