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07.小説家デビュー



 休みの度にセイラが訪れるという孤児院にエミリーとハンナは付き添い、一緒に子どもたちと戯れる。ハンナも定期的にスカウトを兼ねて、店から近い孤児院に顔を出しているので慣れてはいる。ただし、セイラやエミリーのような貴族令嬢の訪れとは全く違うものだったようで、自分の活動は奉仕活動ではなかったと認識を改めた。二人の施しの在り方に、従業員教育と勧誘は慈善事業じゃないからねと自分自身を納得させるが、そもそも孤児院で従業員教育をこっそり行っていることが問題だ。

エミリーの子どもたちの接し方も優しくけっして悪いものではなかったが、セイラの行動は聖女というよりは聖母のような慈愛に満ちたものであり、母としての愛情と教えが子どもたちの心の飢えや寂しさを紛らわす一助になっているのだとわかった。セイラはきっと子どもたちの良き導き手になるだろう。セイラに導き手として本格的に一歩踏み出させたい。そのためには、女性進出の実績作りが必要だ。いまの状態で「教師になりませんか?」なんて言ったって、はあ?ってなもんだ。セイラの心を動かすには、エミリーの成功は不可欠、だが、とハンナは思う。



「絶対売れっ子作家になるに決まってるもんね~」

「どうかしらね」

「ええ!?エミリー様はご自分の小説に自信がないとおっしゃるのですか?」


「良いものを書いたという自信はあるわ。でもそれが皆にうけるか、たくさん売れるかは別の問題だから」


「なるほど、それはそうかもしれません。ですが、みんなに沢山売る為に我がテイラー商会が総力を挙げて取り組んできたのです。これで売れなかった場合は、王都での首位の座を明け渡すことになるでしょう。これは本気で言ってます」


「なんだか恐ろしくなってきたわ」

「大丈夫です。その為に策を練ってきたのですから」



 そう、謎の新人作家トレイシー・ノーベルの華々しいデビューだ。テイラー商会のすべてをもってしてでも成功させる。そのための戦略にエミリーははじめ難色を示した。

それはそうだろう。ハンナが提示した売り方は小説に様々なアイテムをつけて一緒に売り出すと言うものだ。販売の形態が今までにない形でそれ自体が注目されることは間違いなしだ。だが執筆した作家にしてみたら付随するそれらのほうに注目がいって面白くない事は間違いないだろう。


だが、考えてみてくれとエミリーをひたすらに説得した。女性の書いた本は誰も、手に取らない。そもそも女性作家というものがこの国にはいないのだ。

だから、きっかけは欲しいアイテムのついでに本を入手、その後軽い気持ちで本を読む、だけど読んだらエミリーの書く話が面白い、そしてぐいぐいと引き込まれる、間違いなく引き込まれる、そして次巻を手にする、この論法でいけるとハンナは思っていた。そのために本に合わせたアイテム作りを行った。本に登場するものの商品作り、いわゆるグッズってやつだ。

その他にもマヤ(ハンナ)が本を読んでそこから独自にインスピレーションの湧いた商品を作った。コラボレーションと言うやつだ。それらには逆に本を読んだマヤの感想的な、いわゆるエッセイをつけた。エミリーの筆にはるかには及ばないが、軽妙な語り口でこの国にはない文体で読みやすくはあるだろう。うん、自分で言うのは恥ずかしいね。

ちなみにトレイシーは、男女どちらでもつかえる名前だ。性別は始めは伏せておく。もしかして女性が書いてるの?と思わせるくらいが丁度いい。


 そして発売日当日。事前に宣伝もしていたが、それでも初めての試みにハンナやエミリーだけでなく従業員達も期待と不安でいっぱいだったが、そんな思いは杞憂に終わった。開店前から長蛇の列で、慌てて整理券なるものを配布した。配られた整理券に訪れた人は首を傾げていたが、この券を持っていれば開店時間中に来ていただければいつでも確実に本を購入できると説明するとみんなは安心したようにして戻っていった。そして驚いたことに開店前に用意したすべての本の数だけ整理券が配られるという快挙を成し遂げたのであった。



「でもねエミリー様、勝負はここからよ」

「そうねえハンナ、そろそろ届き始める頃よね?」



 いつもは落ち着き払ったエミリーがそわそわとしてなんだか可愛い。そうなのだ。今日あたりから本を読んだ感想が集まってくる頃だと思う。

『期間中に読後の感想をお寄せいただいた方の中から抽選でマヤの休日癒しアイテムプレゼント!』と銘打っていたからだ。そろそろそれらが届く頃だとエミリーは学校が終わるとハンナともにテイラー商会に訪れた。



「お帰りなさいませ、お嬢様。お待ちしておりました、エミリー様。奥にお席を用意してございます。どうぞそちらへ」


出迎えてくれた従業員のいつもと違った反応に二人は戸惑ったが、もしやと顔を見合わせる。注意されない程度の早歩きで用意された客間へとなだれ込んだ。



そこには数え切れないほどの封書や葉書が山のように積まれていた。



「封書はエミリー様に許可頂いてから開封しようと思っておりましたので内容は分かりませんが、葉書のほうはほとんどが好意的な、むしろ熱烈な感想をお寄せいただいております。中には商品とのコラボレーションにも感想をいただいておりまして、従業員もみなこの状況に大変喜んでおります」



「ああ、良かったわね、エミリー様!」

「ありがとうございます。これも全てハンナの、ハンナ様のお陰ですわ。封書は全て開封して頂いて構いません。こんなにいっぱいでは一人で読み尽くすのに時間がかかりますでしょうから、順番に拝読いたしますね」

「エミリー様。これらは今日の分ですよ。期間はまだたっぷりとあります。これからが楽しみですね、うふふ」



 この状況はしばらく続いたので『沢山の反響にお応えして贈呈者数を増やします!』と告知したのだが、それがさらに拍車をかけたのは言うまでもない。本は勿論、増刷しました!









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