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06.新人作家に脚本家




「いかがですか?」

「……いつのまに?」

「ふふ、これはサンプルです。お話を円滑に進めるためには、実物を目にされた方が良いかと」

「確かに……」

「これはうちの店で勝手にイメージして作らせたものです。私が拝読して得たインスピレーションに基づき描いてもらった表紙や挿絵でただの見本です。先生を口説き落とすための、ね。もし、許可いただけるなら先生のイメージをお伺いしもう一度画家に、いちから描かせる予定です」


「さっきから、先生先生って」

「エミリー先生、ぜひうちで先生の本を出版させてください。先生の作品を読んで感銘を受けました。こんなに素晴らしい物語を私が独り占めするなんて愚の骨頂。ぜひ一人でも多くの方にこの作品を読んでほしい……、そのためにはテイラー商会総出で売り出したいと考えてます」


「……」


「エミリー様のお名前は出されなくって結構です。作家名など問題ではありません。内容が素晴らしいのです。こんなに素晴らしい文章を執筆するのが女性なのだと、世の中に知らしめたい!!」

「わかったわ、名前は伏せてくださいね。それとしばらくは誰にも内密でお願いします。もちろん私の家にも」


「かしこまりました。秘密は厳守いたします」

「……あなたといると本当に退屈しないわね」

「それは私のセリフです」



 休日にテイラー商会を訪れたエミリーは、なんとなく不穏な空気は感じてはいたのだ。だけど所詮は箱入りの侯爵令嬢。新しいドレスや化粧品の宣伝塔にでもなってほしいと頼まれるのかしら、とのんきに考えていた。まさか小説家デビューすることになるなんて。

その後、夢の印税生活や出版の手順、キャンペーン等のあれこれにエミリーは楽しくなっていく。ハンナの勢い?熱い想い?それでいて無駄の無い演出と演説、術中にまんまと嵌ってしまったようだ。休日ごとにテイラー商会を訪れては打ち合わせをする日々。表向きは仲良しこよしのの二人が、休日ごとにお茶しているだけだから問題はない。話をすればするほど、ハンナはエミリーの優秀さを知るのだった。



******



 そんなある日、エミリーは訪れたテイラー商会の店頭で見てはいけないものを見てしまう。浮かない顔をして部屋に入ってきたエミリーにハンナは声を掛けた。


「エミリー様、何かありました?」

「私はテイラー商会の従業員じゃないから、守秘義務はないわよね?」

「何かを見たのね?」

「ええ、……ある貴族の方が婚約者ではない御令嬢を連れていらっしゃって、親しそうに、その、腕に?纏わりつくように、多分、その御令嬢に、贈り物を、えっと」

「もう、こんなところで気を使って話す必要はないわ。エミリー様ったら本当に人がいいのね。見た事実のみを話していれば良心も咎めないのではなくて?」


「そ、そうね。憶測を交えなければいいのよね。男性はホース侯爵のご子息でお名前はトマス様。連れの女性は確か、男爵家の御令嬢だったかと。婚約者では無いことは間違いないわ。トマス様のご婚約者はフェニックス伯爵令嬢のセイラ様とおっしゃって教会への祈りは欠かさず、孤児院へもよく訪れて、聖女のような方なのです。なのに……」


「なんてことでしょうっ、そんな素晴らしい女性を放っておいてほかの方を纏わりつかせるなんて!本当にこの国の男は女性をなんだと思っているのかしらっ。懲らしめてやりたい!エミリー様、わたくしに考えがございます。ご協力いただけませんか」


 そういうとハンナはエミリーに思いついた作戦と今後の行動のあらましを聞かせ、二人はにんまりとするのだった。




******




「突然お誘いして申し訳ございません」

「いえっ、とんでもございません。エミリー様のお茶会にお誘いいただけるなんて、夢のようでございます。それに……」


 ちらりとハンナに視線を寄せるセイラ様は可愛らしい。


「こちらはテイラー商会のハンナ嬢よ、彼女は有名人だからセイラ様もお名前くらいはご存じでしょう」

「ハンナです。お会いできて光栄です」

「こちらこそ、皆様の憧れのエミリー様、ハンナ様とこのような機会をいただきまして大変うれしく思っております」

「堅苦しい挨拶は抜きにして、今日はゆっくりとお話したいわ。私ね、いま、時間がたーっぷり出来ましたのでね、セイラ様を見習って慈善活動に力を入れようかと思いまして。ハンナもお手伝いしてくださるっていうから」

「まあ、なんて素敵!」


 セイラはエミリーの時間が沢山あるといった言葉に心を痛めたような表情を一瞬されたようだったけれど、そこは貴族令嬢、すぐに表情を整え、奉仕活動について熱く語り始めた。学校がお休みの今日も午前中は孤児院に行き、子どもたちに勉強を教えてきたそうだ。


そして、エミリーはというと決して暇ではない。執筆活動に加え、本の出版に向けて今が最後の仕上げで大忙しだ。だけど、自分のように外で活躍できる、活動したい女性がいるなら応援したいと言ってくれてこうしてお茶会を開いてくれたのだ。



「子どもたちは本当に可愛らしくて。わたくしが教えたことをグングン吸収して、この子たちが我が国を立派にしていくのだと思うと心が浄化されるようで」



 セイラ様が我が国を立派にしているのですよ、と力説したいが時期尚早だ。焦ってはいけない。



「セイラ様は教師に向いてらっしゃるのかもしれませんね」

「そうなれたら、きっと楽しいのでしょうけれど」


 セイラの返答に内心ガッツポーズをする。ハンナは頑張るあなたを応援いたしますよ!と心の中はチアリーディングだ。あのミニスカートはこの世界でははしたないと言われ、絶対やっちゃ駄目だろうけれど。


「教師のほかにやってみたいことはありますの?夢、として」

「夢……」

「ええ、もし自分一人で生きていけるなら」


「そうですね、教師より、孤児院のお手伝いをしたいです。子ども達が幸せに暮らしていけるように、将来職に就くのに困らないほどの知識や技術を学ばせてあげたいです。本当は孤児がいない世の中になるのがいいのでしょうけれど」



 ああ、なんて女神なんでしょう。まさに聖女!

深い慈愛に満ち溢れております。ハンナはエミリーと目くばせし合うと頷いた。これは至急行動に移さなければならない。セイラ様婚約破棄計画だ!計画の筋書はエミリーが立てている。

今日までに既にあらかたの情報は集めている。貴族の世界はエミリーが、庶民の噂や町での動向はハンナが。全ては女性の社会進出に向けての大いなる一歩になるだろう。

いいや、マヤが一歩目でセリーナが二歩目、三歩目のエミリーの華々しいデビューが目前だ。実質四歩目。ここまでくれば女性が歩き始めたと言ってもいいだろう。セイラの今後の慈善活動の予定を聞き、自分たちも一緒に参加したいと告げる。セイラはとても喜んで「ぜひ一緒にいたしましょう。子どもたちのあの笑顔に癒されますの」と微笑んだ。


その表情に私が癒されます~と天にも昇る気持ちだったが、セイラが孤児院で癒されなければならない状況を婚約者のホース伯爵のバカ息子が作り上げているかと思うと、腸がグツグツ煮え滾るようだった。









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