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05.午後の語らい



 入学式後の初めての休日。

ハンナはエミリーの王都のお屋敷に呼ばれていた。エミリーの私室の応接セットにちょこんと座る私。あたりをきょろきょろと見回すと使い勝手のよさそうな質の良い家具の中に一つだけ、年季の入ったかなり使いこまれてあるだろう黒光りしたライティングデスクが目に入った。


「おばあさまの机だったのよ」


 愛しそうに目を細めてティーカップに口をつけるエミリー様は大変お美しかった。


「ごめんなさいね。お忙しいのにお呼び立てしてしまって」

「いえ。家業を手伝うよりもエミリー様にお誘いいただけたことに両親は大喜びで、あの、その、申し訳ありません」

「却って、気を遣わせてしまったわね」

「決して、賄賂なんかではありませんからっ!」

「ふふ、そんなこと思わないわよ。我が家こそ、婚約破棄された傷物の娘が、今をときめくテイラー商会のご息女と友人だなんて大喜びよ。母のさっきの顔、見まして?」


 そうなのだ、エミリー様にと両親からはたくさんの品を託された。その中には今では店頭で手に入らない限定商品もいくつかある。侯爵夫人の喜びの表情に「今度うちのセリーナを遣わせますので、使い方をレクチャーさせていただけませんか?」と申し上げたら瞳を大きく見開き、次の瞬間倒れてしまうのではないかと思うほどによろめいた。


「うちは貴族といってもはるか昔は海の荒くれ者の集まりだったといまだに蔑む者たちがいるの。だから今をときめくテイラー家と懇意にしているということは母の自尊心を大いにくすぐるでしょうね」

「庶民の私をそういっていただけるなんて有難いです。私としては、エミリー様個人と!お付き合いできることがとても嬉しいのですけど」

「さすがは急成長で王都一の店の御令嬢なだけはありますね。その裏には貴女の活躍がありそうな気もしないわけではないけれど」

「物書きの方は皆さま、そのように想像力が豊かなのでしょうか?」


 ふうーっ、さすがはエミリー様だわ。頭の回る方とは思っていたけれど、いろいろと気を付けなくては。これでは、あのボンクラ婚約者、いえ元婚約者ね、では無理だろう、もちろんエミリー様がね。あんな奴にはもったいない。


「貴女のおかげで、私への待遇は変わらず、よ。本当は追い出されて自由に過ごしてみたかったけれど」


 にこりと可愛く微笑まれて私の心臓は仕事を放棄しそうだった、勘弁してほしい。それにしてもこんなに素敵なエミリー様と婚約破棄するなんて、やっぱりこの国の婚姻の考え方は間違っている。頭脳明晰な女性の活躍の場があったっていいはずだ。


「父は家風通りに私に自由に生きていいというのだけれど、歴史の古い公爵家から嫁いできた母は許さなくてね。見栄や世間体なんて煩わしいものでしかないのに」


「この国は豊かな国だとは思うのです。ですが、女性の地位が低すぎるのです。女性が自立できる国にしたいとわたしは考えています。そしてその手始めにマヤやセリーナがおります。……エミリー様、会ってすぐの貴女様にこのようなことを申し上げるのは失礼であると重々承知しております。ですが、言わせてください。この国の女性の自立を促すため、エミリー様のお力を貸していただけませんか?」


「私は侯爵家の、なんの力も持たない令嬢よ」

「その考えをひっくり返したいのです」


「ふふ、面白そうね。私に何ができるのかわからないけれど、貴女といたら退屈しないわね、きっと」

「はいっ、決して飽きさせるような真似はいたしません!とりあえず、エミリー様の小説、拝読いたします!」

「見せるなんて言ってないわよ」

「見るまで帰りません!」

「…確かにあなたに飽きることはなさそう、仕方ない娘ね」


 エミリー様の執筆されたものをいくつか借り受け、美味しいお茶と美味しいお菓子、エミリー様のお洒落な会話を楽しむと、ハンナはホクホクの笑顔で屋敷を辞したのだった。ちなみに美味しい美味しいと飲んだお茶はうちのお茶でした、恥ずかしい…。



******



 学園生活はというと、エミリー様のおかげで過ごしやすい毎日だった。入学式にエミリー様に案内されてぎりぎり間に合った私は、それ以来昼食の時間はエミリー様と過ごしている。「今までは元婚約者と昼食を摂らされていて、しんどかったのよね」とざっくばらんにおっしゃってくださる。

「この国では仕事をする貴族は品がないという認識だったから陰で成金と揶揄されて、そういう建前社会にうんざりだったの」と優雅に微笑まれた。

だがマーフィー家は、表立っては財力と人脈を持つ有力貴族。取り入ろうとする輩は後を絶たずエミリーは学園や夜会で常に囲まれていたのだが、今はそれらを相手にせずハンナと二人で過ごせて楽しいらしい。

「それにハンナになら貴族の回りくどい言い回しをしなくてもいいでしょ?」との問いに「はい、喜んで!」とソッコー答えた。


「取り入るという意味では、貴女のほうが大変でしょうけれどね」

「はあ、貴族の方々には私ではお断りするのが大変だろうと考えていたので、エミリー様にご一緒していただけるのは本当に感謝以外の何物でもないですよ」

「私より上位の貴族は現在学園に少ないけれど、でも、いらっしゃらないわけではないから。元婚約者を含め、ね。あ、ほら噂をすれば、よ」


 遠くの廊下を元婚約者が、ぶりぶりな彼女を腕に巻き付け歩いている。人の好みは千差万別、多くは語るまい。だがどう考えたってエミリー様のほうが数倍もいい女なのに、この国の基準はおかしい。


「まあ、私の場合は貴族社会で生きていくわけではございませんので、不敬さえ働かなければ私の評判は悪くても構いませんから。あ、そうだ、エミリー様。空いているお休みの日に我がテイラー商会へいらしていただけませんか?」

「テイラー商会へ?それはぜひに。休日はなーんの予定もございませんのよ、執筆以外はね」

「なればこそお声を掛けるのが躊躇われるというもの。でもお時間を無駄にはさせないつもりでおります。…お仕事のお話をいたしましょう」

「お仕事?ハンナから頂いた髪飾りをつけていることや、制服のスカートの裾にこっそりつけているキラキラ光るアイテム以外のお仕事が?」

「エミリー様、それはわたくしの好意です。宣伝業務ではございません。ですが、モデル料をお支払いすることによってこちらの好きなように全身を任せていただけるというなら、」

「もう、冗談よ冗談。でも、ならお仕事って何かしら。楽しみね」

「ええ、楽しみにしていてくださいませ」


 ハンナは自分のできる限りの極上の笑顔で微笑んだ。

「なんか、悪い顔してるわよ」とエミリー様に言われたけれど仕方がない、女性の自立とお金儲けを考えるとこうなってしまうのだ、残念わたし。

 











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