04.運命の出会い
マヤによる講習会もテイラー商会の定番となったころ、ハンナの学園生活が始まろうとしていた。教会へは仕事の合間を縫ってたまにお手伝いに行っていた。相変わらずのスカウト目的だ。当然、セリーナも我がテイラー商会に勧誘してどうにか了承を得た。「私みたいなのが王都一のお店に勤めるなんて」と始めはずっと断られ続けた。だけど、「すぐに家業を手伝うよりもうちのお店で商売の秘訣を盗んだ方がパン屋に戻った時いいんじゃないかな~」というすり込みでようやく頷いたのだった。セリーナのご両親もこの国一番のお店で修業できるなんて名誉なことだからと許してくれたらしい。良かった、一番になってて。三番だったら、スカウト失敗してたね。
セリーナはまだ表には出ていないけれど、化粧品の取り扱いは既にトップクラスだ。だっていつも私と一緒に居るから。新商品がでても、ううん、試作品の段階から一緒に試してるから知識も扱いも右に出る者がいない。私が学園に通うのと時を同じくして、セリーナも店頭に立つ、カリスマエステティシャンとして。これで私が学園で忙しくしていても大丈夫だろう。マヤの一人目の弟子として、華々しくデビューするのだ。
セリーナには別荘に連れて行って、マヤに合わせた。もちろんマヤには完璧メイクを施してある。口元は大判のハンカチを当ててもらい可憐さと儚さをアピール。口元を隠せば、ほぼメイクでどうにでもなるということは前世で実証済みのテクニックだ、そう考えるとマスク欲しいな、これって新商品の予感!?
「ごめんなさいね。体が丈夫ではなくてあまり表には出られないの」というマヤの言葉に「私がその分頑張ります!」とセリーナは返事をした。会話になっているようないないような。
ああ、当然だけど、『あの』マヤだなんて紹介はしていない。私に付き添って別荘について来て貰い、管理人とマヤを合わせただけだ。
大切な友達のセリーナに嘘をつくような真似をするのは気が引けたけれど、真実を知ってしまったらセリーナも罪に問われてしまう。痛む胸を押さえながら、にこやかに面会は終わった。
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そして、入学式の朝。
鏡の前で入念にチェックする。今ではぽっくりもいらない伸びた身長。一重目蓋はそのままだし、鼻ペチャも相変わらず。胸は……前に比べたら、ある、かな。多分これから大きくなる予定。緩くウェーブのかかった茶色い髪を熱心に梳いてお店の新作の髪飾りをつけたら、学園に向けて出発だ。
これからは私の目指す人生のセカンドステージ。この学園生活でうまくいくかどうかにこの国のわたし的発展はかかっているのだ。馬車で乗り付けて、意気揚々と学園の門をくぐる。
期待に小さな胸を膨らませて、息を大きく吸って吸って大きく膨らませて、いざ行かん!としたところで不快な音声が聞こえてきた。
「エミリー、お前との婚約は破棄させてもらう!」
(おいおいおいおい、入学式の朝から何やってんだよ、馬鹿な男がいるもんだ)
声のした方に思わず足が向く。盗み見はよくない、盗み聞きもよくないな、あっでも、さっきのは聞こうとして聞いたんじゃないからセーフでしょ。
すると、中庭で数名の男女がいるのが見えた。
(ええ?まさかの婚約破棄?あの婚約破棄?転生にはつきものの婚約破棄?嘘でしょう?この世界にもそんなシステムが?まさかそんな頭悪いことしないわよね?)
私が一瞬考えた隙にも、現実世界は進行する。
「私はここで、この学園で真実の愛と出会った。お前のような女は結婚相手には向かないと思いつつも、それでも家の決めた相手だからと我慢していたが、彼女と出会ったからにはもう無理だ」
男はそう言って、腕に巻き付くぶりぶり~とした瞳とぶりぶり~な態度をとる女性にデレデレとした表情を見せると校舎に消えていった。その場に残された女性は、凛とした姿勢を崩さない。そして一言呟いた、嘘です、一言じゃなかった。恨みつらみの怨嗟の長台詞を吐きに吐いた。
「ふっざけんじゃないわよ。我慢してたのはこっちだっつうの。お馬鹿な婚約者を立てなきゃならない私の身になってほしいもんだわ、まったく。でもこれでせいせいしたわ。あいつと結婚したら領地経営なんて任せられないもの。家格的にこちらからは断れないから今まで耐えに耐えてたけど、これで晴れて自由の身。婚約破棄された私を貰いたがる人なんてそうそういないし、家から追い出されて、自分の好きな様に人生いきていけるんじゃないかしら。こっそり書いていた小説も堂々と書けるわね、もう幸せすぎ、て、ど……うし」
ええ、それはもうバッチリと目が合ってしまいました。
「ごめんなさいっ。…あの、聞こえてしまって。いけないとは思ったのですが、でも途中から腹が立ってきちゃったし、それに貴方様の考えに共感してしまって動けなくなって」
「……そう。まあ、いいわ。私は嘘を言ったわけではないもの。聞かれても平気よ」
「っっっかっこいいです!私、貴方様のファンになっちゃいました。私、ハンナ・テイラーっていいます。一年生です!」
「私はエミリー。エミリー・マーフィーよ。二年生」
「マーフィー家と言えば海運業で有名な!」
「そうよ。貴方は大商家のテイラー家ね」
「申し訳ありません。私のようなものが話しかけるなんて恐れ多くて、」
「いいのよ。わたくしの独り言に共感していただけて嬉しいわ。それより貴女、入学式が始まりましてよ」
先ほどまでの様子とは打って変わって、淑女の手本の様に優雅に微笑んだエミリーに目が釘付けになった。
「わたくしについてらっしゃい」
ふわりと制服の裾を翻し、いい香りを漂わせるエミリーにハンナはふらふらと酔ったようについて行ったのであった。