03.カリスマ美人プロデューサー登場!
王都で三番目から一番目にのし上がった商家のカリスマ美人プロデューサーが教会に姿を現したとの噂が一気に町へ広がった。馬車から教会への移動の一瞬ですら、彼女は見る者の心を奪ったらしい。見た者はそのあまりの美しさに心を奪われ、そして彼女会いたさに店に通う。
「だが、ここにはいないがなっ」
押し寄せる客を眺めながらハンナは呆れるやら、ほくそ笑むやら、手元に積まれた硬貨を数えてニヤニヤしながら呟いた。これでしばらくは売り上げは右肩上がりだ。マヤはあの後、教会から別荘に戻ったことになっている。行きも帰りも馬車は数名の女性従業員を乗せて、アリバイ作りに抜かりはない。そもそもこの秘密を知るものは少人数だけだ。馬車に乗せられた者達はみんな似たような年恰好の者を集めている。自分たちが辺境の別荘になぜ遣わされているのか、本当の理由を知る者はいない。別荘地との荷運びが表の理由で、その時に数日休みを貰える為遠い地でも彼女たちは喜んで馬車に揺られて行った。
「まさか、あの麗しき少女がこんな一重の鼻ペチャだなんて思うまいよ、はっはっはー」
「お前、自分でそれを言うか?今のお前も母さんに似て可愛いと父さんは思っているよ」
「親ばかっていうのよ、それ。自分で地味な顔だってことはわかっているわ、髪の色も茶色いし。でも、ただこの国のモテ顔ではないってだけで整ってはいるとは思うけどね」
「しかし、マヤの夢とお前の変身のお蔭で、今年はさらに増収益だ。従業員にボーナスもいつも以上に出せるし、優秀な者達がうちで働きたいといっぱい集まって来ている」
「お父さん!儲かっているなら福利厚生よ。そして女性の積極的な登用。それが更なる利益を生むはずよ」
「お前の言うことは、相変わらずさっぱりわからないな」
「夢のお告げだからね」
「はいはい、わかった。お茶を飲みながら、具体的に夢の話をしよう」
そうなのだ。女性をもっと雇用したい。女性が男性に縋らなくても生きていける世の中にしたい、それが例え少人数であっても、女性の進出を助けたいのだ。だが、現時点では、女性は結婚して家庭を守るというのが一般的で、女性の独り立ちなんて発想がそもそもない。貴族の女性の意識改革には手が届かないけれど、せめて平民には行き渡らせたい、女性だって、自分の生きる道を選べるのだと。
今日もまた、いつもの教会に向かう。教会で学ぶことはないけれど、人脈作りのために通っている。そして、店にスカウトする子を探している、ううん、育てていると言った方がいいかもしれない。
あの後「寺子屋」くんの妹とも友達になった。名はセリーナという。穏やかな人柄で細やかなことに気が付く、面倒見のいい娘だ。そして「寺子屋」くんは、王城で働いているらしい。そのことで彼の家には沢山の支度金が払われたらしい。そして毎月一定の額も貰えるそうだ。だから、親は子どもが転生者だった場合、躊躇わずに国に差し出すのだ。恐ろしいシステムである、と私だけが思っていることが残念で仕方ない。
「おはよう、ハンナ、セリーナ。今日も小さい子たちの面倒を見てもらえるかな」
「「もちろんです」」
私たちは、自分の学習進度をあげる事より小さな子たちの世話をすることを好んだ。セリーナの家は小さいパン屋を商っていて、お金の勘定さえできればそれでいいらしい。家業を継ぐはずの兄は王城勤め、セリーナがお婿さんを貰うには頭が良すぎるのも困るらしく、小さい子の世話を見るくらいがいいのだとセリーナは言う。
その考えを真っ向から否定したい気持ちでいっぱいだが、この世界、この国の根付いた考えはそう簡単にひっくり返せない。ならば私がセリーナを自立させてしまおう、と密かに計画中だ。
教会に姿を現せて以来、マヤの姿を一目だけでも見たい客で店はごった返していたが、一向に静まる様子はない。それどころか、日増しにマヤに会いたいという客が増えている。さらに売り上げを伸ばしたい父親はハンナに相談してみた。
「一度、店頭に立ってみるか?」
「それは、駄目です」
「何故だ」
「気軽に会えない、でもほんのちょっと無理すれば会える…ぐらいの距離感がいいんです。しかも、近くで触れられても困るし」
「じゃあ、どうするんだ?」
「会費制の講習会をしましょう!幸いなことにもうすぐ新商品が出ます。貴族向けと庶民向け商品、どちらもチケット付きで発売しましょう。あ、ちゃんと庶民の講習会に貴族が入り込まないように当日の検査は徹底的にすると告知しなきゃね、不正は許すまじ!だから。購入者と講習を受ける人が同一人物か確認も必要ね、それから、」
「わかった。わかったから、一旦落ち着け」
「落ち着いていられないわ。あ~、楽しみ!」
そうして、いつも通りハンナの指導のもとあっという間に講習会は開かれたのだった。
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「そう、そんな感じでご自分の掌で温めてくださいね」
「ローションは手で軽くおさえて」
「擦るのは、お肌によくありませんのよ」
新商品のレクチャーを兼ねた講習会は大好評だった。自己流のケアとは違い、肌が段違いにもちもちぷるぷるになっていくのが実感できたと参加者からは大絶賛だった。そして何より、マヤの美しさに皆が息をのんだ。これらの化粧品を使ったらそんなにぴちぴちのお肌になれるのねと、参加者は期待して家路についたのだ。
「ぴちぴちなのは、若いからですよー、あ、いや、幼い?」
「ははは、でもこれで、さらに売れること間違いない。しかもマヤの使っていた小物ポーチやハンドミラーが可愛いとそっちも売れている」
「当たり前じゃん、わざと見えるように使ったんだから。今後もこういったことを開催するならさらに商品展開を考えないとね」
「勿論開催するさ。貴族の御令嬢は、次回は侍女に受けさせるっていってたからな」
「売れてさらに商品開発できる、万々歳だね。でも本当ならメイク道具を売り出したいんだけどね」
「まあさすがに、それは出来ないからな。それが一番最強の商品になるけど、仕方がない」
「そうなんだよねー」
こうして、テイラー商会は王都での地位を不動のものへとしたのだった。