ミゲルの土産
今日もまた教会へとハンナは向かう。スザンナの情報によると、このところミゲルは教会にいないようだった。今日礼拝に行っても留守らしいと聞き足取りは軽い。ミゲルのあの何とも言えないしつこい?執拗な?不安をかき立てられるような眼差しはどうも苦手だった。ハンナにやましいところがあるせいかもしれないが。
ミゲルのいない教会はとても静かだった。だけど何か少し物足りないような気もした。
あー、きっとおいしいお茶や珍しいお菓子が振る舞われないせいねとハンナは思った。いつだってミゲルはハンナのために珍しいものを用意して出迎えてくれたのだ。ただの平民の娘のために。
それにしてもと思う。ミゲルはいったい全体どういった立場の人間なのか、これだけ長期に教会を空けるなんて。
しかしミゲルの留守はハンナにとってもちょうどよかった。始め思ったよりも男性化粧品の開発に手間取ってしまったからだ。
男性用に少し手直しをと改良しているうちに顔用だけでは飽きたらず、手や体、髪の毛用など開発してしまった。そしてパッケージだってもちろん拘った。おかげで未完のままだ。
この国にだって男性用の化粧品はもちろんある。ただそれは最低限肌を保護するためだけのものだった。美への追求と言う水準にまでは至っていない。
そして男性用化粧品フルセットが完成した頃、教会にミゲルの姿が戻ってきた。ハンナへのたくさんのお土産を持って。
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「やぁ、これは久しぶりですね、ハンナ嬢。相変わらず麗しい。それにお元気そうでよかった」
「ええ、何故だかストレスもなく健やかに過ごせておりましたので。それに麗しいお姿なのはミゲル様の方でしょう。相変わらずお上手ですね」
「真実を申したまで。それはそうと、ハンナ嬢に喜んで貰おうとお土産をいろいろとお持ちした」
「まぁこれは?」
「ヤポネ国の名産品です」
「ヤポネ?確か我が国の真裏にあると言われるほどの遠い国とか?そんな遠いところにまでお出かけになられていたのですか」
「ええまぁ、これも仕事ですからね」
「仕事?教会の?」
ハンナが驚いて問いかけるとミゲルはふふと笑った。
「仕事上で知り得た事はお話しすることができませんがそれ以外でしたら。ヤポネ国はとても素晴らしいところでしたので土産話もたくさんありますよ。文明もかなり進んでおり、わが国とはまた全く違う形で発展を遂げている」
「まぁそうなのですか?あまりにも遠い国で何の知識もございませんの」
「そう、なのですか?」
「ええ、確か行くには船でニヶ月ほどかかるのでしょう?」
国の一番早い船で二ヶ月もかかるとハンナが以前調べた時に知ったのだ。だからミゲルがこれほどまでに不在だったわけだ。
あれ?だとすると日数的に計算が合わない。行って帰ってそれだけで四ヶ月だ。正確な日数はわからないがミゲルがこの教会に姿を表さない期間だけ考えても四ヶ月ほど不在だったのは明らかだ。
ハンナの考えが顔に出ていたのだろう。ミゲルは何ということもなくあっさりと答えた。
「帰りは送っていただいたのだ。ヤポネの文明の力にね」
「文明の力?」
「ええ、飛行機と言うのだそうだ、空を飛ぶ物体。ただその飛行機には燃料と言うものが必要で、残念ながら遠距離の我が国までは送っていただくことができなかったが。
燃料補給できる国までは送っていただいて、そこからは船で戻って参ったので日数は十日ほどで戻ってこられたのだ」
ミゲルがもたらした情報にハンナは驚きを隠せなかった。だがそんなハンナの動揺も無視しミゲルは言葉を続ける。
「それはそうと私が頼んでいた男性用の化粧品はどうなっちゃんだろうか」
ハンナは慌てて取り繕って笑顔を深めながらはっきりと言った。
「もちろん完成しお持ちしました。こちらをどうぞ」
後に控えていたリンクがテーブルの上に化粧品フルセットを差し出す。
「ミゲル様のご要望があれば、これらをさらに改良したしたいと考えております」
「ああ、これは素晴らしい。私のいない間にこのようなものをお作りになられるとはさすがハンナ嬢。
ではせっかく私がヤポネ国から見本にと持ち帰ったこちらはもう役には立たないな。
だが、せっかくハンナ嬢のために買い求めたのだ。こちらもぜひ手元に置いておいて欲しい」
差出されたものは男性用の化粧品はフルセットーーー。しかも容器やパッケージの雰囲気が似ている。
「これらはただ、そういったものがあると聞き、買い求めただけなので私は使い方を知らない。テイラー商会の商品とも合わせて、どうか、商会のマヤ様に使い方を直接レクチャーしていただきたい」
そう言うとミゲルは天使とも悪夢とも言えるような美しい笑みを浮かべた。




