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23.日常




「なーんか納得いかないのよね」


「何がっすか?」


「エミリー様?王太子殿下?んー、良くわからないけれど、何か水面下で蠢いている気配が…」


「納得するもしないも、王族や貴族のすることになんて口出しできるわけもないんすから」


「それはそうなんだけど、でも何か違和感があるのよね」


「だからって何かできるわけじゃないんすから、考えるだけ無駄です」



 ハンナの部屋にて、リンクとのいつもの砕けたやりとりだ。スザンナもいつも通り黙って聞いている。

 王太子殿下が戻って以来、エミリー様は毎週のように王城へ通い、多忙を極めている。おかげで執筆が思うように進まない。

 シリーズの続編を待ち望んでいる読者はたくさんいる。エミリーも全く書いていないわけではないと言っているが何分忙しすぎるのだ。



「でもおかげで新商品の開拓、できたからよかったじゃないすか」


 

 エミリーが忙しいならばと、セイラが子ども達のためにと手作りで作っていた知育絵本を商品化したのだ。もともとは紙芝居のようなものだったのを一冊の本にまとめ、しかも貴族用と庶民用に二種類作成し、シリーズ化もした。この世界にはないセイラ独自のやり方だったが、教会や孤児院だけでなく、貴族の家庭にまで普及しているようで反響は良い。


 そしてもう一冊、ジュリア指導の元出版した「誰でも魅惑の小悪魔になれる」ハウツー本だ。

セイラ指導の元、本を出すと言ったら、ジュリアも作りたいと言い出して、話題としては面白いかもと冗談とノリで作ったら意外と売れた。

ちなみにセイラは知育玩具、ジュリアはファッションアイテムと、それぞれ商品作りにも意欲的だ。もちろん偽名で行ってはいるし、二人にはエミリーがトレイシー・ノーベルだというのも秘密だ。



「まあ、そうなんだけどね〜。エミリー様に気をつけるように言われたけれど、気のつけようもないし。だけど、何かこうモヤモヤするというか、見落としているような〜、ま、でもどうしようもないか」


「ええ、ハンナ様。今日は教会に行く日です。そろそろお支度を整えましょうね」


「ええ?スザンナ、このままで良いわよ」

「駄目です。今では毎回ミゲル様がお出迎えくださいます。失礼があってはいけません」

「私はスザンナにミゲル様のいない日を調べるように言ってるつもりだけど」

「もう諦めてください。どんなに隠しても、何故だか行く日や時間をわかっているようですから」


「怖い怖い怖い怖い〜〜〜っ」


「忘れずに新商品もお持ちくださいね」


「わかっているわよ。教会より孤児院に先に持って行った時、視線がかなり突き刺さったもの。どっちに先に持って行こうが、寄付する側の勝手なのにね!ってか、その情報、一体どこから集めて来ているんだか、考えるのも恐ろしいわ〜」



 ミゲルはなんでも知っていた、我が家を監視しているんじゃないかというほどに。だが教会が我がテイラー商会を見張る理由?まさかハンナの記憶持ちがバレているのだろうか?いやそんなはずはない、隠しているのが見つかったら有無を言わせず連れられて尋問開始だ。


 それにミゲルの存在自体が怪しい。あんなに自由のきく神官なんてかなりの高位に違いないのだが、いくら探っても中央の神官職であることしかわからない。だからなおのこと得体が知れないのだ。




******




 教会につくとミゲルが麗しい笑顔で出迎えてくれた。その胡散臭い笑みにハンナはげっそりとする。



 「ミゲル様、何度も申し上げますが、たかだか平民の娘一人の出迎えに神官様がお姿を現しになるのはおやめ下さいませ」


「そうは言っても、ハンナ嬢がくると思うと待ちきれないのだ。はやる気持ちを抑えられなくてな」


「そのような誤解を受ける発言は、おやめ下さいませ」


「ははは、厳しいな。だがそのまっすぐな発言も非常に好ましい」



 顔を見ただけで憂鬱になるのに、会話をし始めるとイラつくのだ。始めは貴族のように遠回しな言葉を選び会話をしていたのだが、それではらちがあかないと直球で挑むことにしたのだがそれでも状況は何も変わらなかった。

 ミゲルがハンナに会いたくて言って言うわけでは無い事は分かっている。ハンナの持ってくる新商品に興味があるだけだ。そして貴族の令嬢はしない歯に絹着せぬまっすぐな話し方にも。



 だけど、とハンナは思った。

入学式の日、殿下とエミリーの会話を思い出したからだ。


(そういえば、あのお二人も王族や貴族らしからぬ会話をなさってたわね、それって)


 腰の辺りに何かが当たって思考が中断された。スザンナが突いている。はっとして前を向くとミゲルがソファに腰を掛けてこちらを見ている。慌てて向かいのソファに腰を掛けた。


「私を前にして考え方とは、すでに知ってはいたがなかなかいい度胸している」


「とんでもございません。ミゲル様のお美しさについ見とれてしまいましたわ」


「そうか。ならちょうどよかった。ハンナ嬢に頼みがあったのだ。テイラー商会は女性の美への探究心に凄まじいものがある。が、逆を言えば男性用のものが少ない。かと言って女性の用のものをそのまま使うには男性にはちょっと香りがきついし甘いのだ。男性用の物を作って貰いたい」


「何もテイラー商会のものをご使用にならなくても」


「品質はテイラー商会に追随するものがない」


「分りました。そこまでおっしゃってくださるなら、店に戻りマヤ様に相談いたしますが、女性用のものをベースに香料を調整するなどして商品を作ることが可能かと思いますので、さほどお時間をいただかなくても作ることは可能かと思います。ただ、即答はできませんので、このお話は店に持ち帰らせていただきますね」


「ああ、私も君のような美しい肌を手に入れたい」




 なんだよ、ただのナルシストかよ!

そうツッコミたい衝動グッとこらえて、ハンナはニコリと胡散臭い笑みを返した。





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