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02.上げ底サンダルで




「ねえ、お父さん。私が聖女見習いになるのと店を王都一にするの、どっちが喜ぶ?」

「はははっ、王都一だろう、そりゃあ。聖女ならともかく、見習いではなあ」


 父ならそう言うと思った。だから敢えて言ったのだ、見習いと。だがこれで私の方向性は決まった。その様子に父も何かを感づいたようだ、さすが王都で三番目の商家の主。三番目を馬鹿にしているんじゃないよ、だって王都の三番目ったら大きいよ。国民の生活水準が高く幸せの国の三番目だよ、馬鹿にできるわけがない。


「何か、あるのか?もしかして」

「……その、もしか、だと思う。新しい女性用クリームのアイディアがあるの。どう、かな?」


 父も馬鹿ではない、王都で三番目の、事実上国で三番目の商家の主だ。私の言いたいことがわかったのだろう。「転生」という言葉は一切口にしない、したら最後、教会に申告しなくてはならないからだ。


「夢のお告げの作り方を教えてくれ。試作品を作る」

「夢、ね。夢だけど、でも大丈夫?」

「夢なら、平気だ」

「ならマヤの夢を話すわ」


 「夢」で見たものを作る事への不安は、父には一切ないということ。そして、時折夢で見る程度の朧げなものなら万が一教会にばれても、聖女見習いにもなれないであろうと暗に言っている。

「かるた」くんが以前飛び級したけれど、その後、普通に就職したようなことはままある事なのだ。記憶持ちが重要なのではなくて、なんの記憶を持っているかが重要だからだ。




 そうしてその後の私は次々にヒット商品を生み出す。全ては夢のお告げ設定だ。材料も分量も朧気で、それをもとに店の技術者が研究して作り出している、ことになっているらしい。誰の夢かも企業秘密と伏せていた。だが、肌をすべすべにしてくれるクリームも、髪の毛をサラサラにしてくれる整髪料も人気の高まりとともに国の中枢へと伝わっていった。当たり前だ。庶民向けのリーズナブルなものから貴族に向けた高額商品まで取り揃えてあり、顧客は上は侯爵家の御婦人御令嬢までいらっしゃる。そこからついに公爵家、王族まで欲しいと言い出したのだ。



「ついに教会から発案者に会いたいと連絡があった。思っていたよりも早かったな」

「それだけ、売れ行きが好調ということですね」

「ああ、お前が学園に入学する頃かと踏んでいたのだが、ここまで早いとは」


 十六歳になる年から三年間、貴族や富豪の子女は学園に通うのだ。庶民の学校もあるにはあるのだが、親は学校に通わせて教養を身に着けさせるよりも食い扶持を稼ぐ方が大事らしく、庶民の教育の水準はなかなか上がらなかった。殆どの子が教会の寺子屋レベルで終わりなのだ。


「想定よりは早かったですが準備はしてきましたので、大丈夫です」

「そうだな。アレは私や母さんでもわからない」

「それって誉めてますか?」

「ああ、大絶賛だ」

「……では、全て打ち合わせ通りに」



 王都で一番大きな教会に父と二人で店の馬車で乗り付ける。だが、今日の私たちは親子ではない。店の旦那様と従業員だ。馬車を降りてから旦那様の後ろを俯きながらついていく。ゆっくりと旦那様は歩く。時折従業員の私に気遣って、歩みを止めて振り返ってくれる。


「慣れないだろうから、無理しなくていい」

「はい。申し訳ございません。緊張して足がうまく前に進みません」

「マヤ、ゆっくりで大丈夫だ」


 二人は広い謁見室へと案内された。

そこに見るからに偉そうな人が三人の供を連れて現れた。旦那様が挨拶を述べるとその偉そうな人は聞いた。


「早速だが、単刀直入に聞く。現在王都で人気の品だが、それはその者が発案者か?」

「はい。我が店のマヤがほんの時折、夢に見るのでございます。それを頼りにうちの店で研究を重ね、商品を作り上げました」

「夢とは?」

「こちらがマヤが見た夢を忘れないようにと走り書きしたものでございます」


 旦那様の手元には、子どもの字で走り書きした夢の内容。勿論、当時の私の自筆だ。そして文にもなっていない単語の羅列。これだけでは意味をなさないであろうもの。


「これらから商品を作るのは本当に苦労いたしました。その甲斐あって、皆様に満足いただけるものをご提供できているかと自負しております」

「…マヤといったか。夢とは一体どのようなものだ?」

「はい。肌用クリームの時は、なんだかツルツルすべすべなものを体に塗ってるような、とてもいい香りと感触だったような。ん?違った?ふわふわの?えっと、申し訳ございません。そのメモを見せていただけませんか?」

「どういうことだ」

「目が覚めると忘れてしまうのです。起きたときも断片しか覚えておりません。その話をしたら、旦那様が枕元にメモ用紙と筆を置いておくようにと助言してくださいました。そのおかげでクリームが出来上がったのです」

「そういった夢はよく見るのか?」

「わかりません。どれがそういった夢なのか自分では判断出来ないのです。起きた時にはすでに朧げですし、メモを見て旦那様達が考えてくださってます」

「わかった。こちらでも調査したい。とりあえずそのメモは預かる。しばらくは定期的に夢のメモを持って教会にマヤを連れてくるように。テイラー、いいか?」

「かしこまりました」


「しかし、美しいな。高貴な血が入っているのではないか?」

「マヤは住み込みの従業員にと孤児院から貰い受けました。そういった者はうちの店で何名もおります。孤児院は教会の管轄でしょうから、お調べ頂ければすぐにわかるかと」

「ああ、全てこちらで調査しよう」



 下がって良いと言われ、しずしずと旦那様の後を歩く。今の私は、どこからどう見ても年頃の、目鼻立ちはっきり、漆黒のストレートロングヘア、胸はほどよく、ウエストは細く、のこの国の美少女を絵に描いたような女性だ。

旦那様の後を伏し目がちに静かに付き従う、理想中の理想、ベストオブ理想!トップオブ理想!ま、全ては作られたものだけどね。

ヅラに擬パイに上げ底サンダルの(前の世界で言うならぽっくりだね!)身体は着ぐるみ。極めつけは、作られた二重瞼に薄いシャドウで作った通った鼻筋、ぽってりとした唇。

全てセットで売り出したいほどに完璧な仕上がりだ。が、それをしたら私の正体がバレるので出来ないけどね。


 ちなみに本当のマヤは私より三つ年上で身体が弱く、貰い受けてからはずっと田舎の別荘で管理人の老夫婦と共に住み込みという名の療養中だ。もちろん病弱であることをわかってて選んだ、むしろ狙って選んだので店としては問題ない。本人は高待遇の療養生活に喜んでいるらしい。監禁じゃないよ、軟禁でもないよ、静養中だからね!


 あ、だからね。

私はマヤじゃないの。今更だけどね。私の名はハンナって言うの。ハンナ・テイラー、よろしくね!





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