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12.婚約破棄そのいちーそれって近眼ってことでしょー



 学園に入学する前からハンナの頭の中には、貴族年鑑と店で集めた情報がしっかりと叩き込んである。幸いなことに初日に高位貴族のエミリーと出会ったハンナは、必要以上に貴族の生徒達に絡まれることもなく至って平穏な学園生活を送れているし、そもそも人脈は宝。声を掛けられれば笑顔で応え、商品の宣伝は怠らない商家の娘の鏡である。だが、自分からは必要以上に近づかないようにしていた。大店の娘とはいえ平民、貴族に声を掛けるのは恐れ多いし不敬だ、いくら学園が園内では平等と謳っていようが、だ。

そんなハンナが狙いを定めた。国の端にある緑豊かで広大な地を収める伯爵家の三女、アンナ嬢だ。いつも一人で静かに中庭で過ごしている。そんな彼女にハンナは近づいた。




「あら、何か落ちましてよ」


 椅子に腰かけるアンナの目の前でド派手な色のハンカチを落とすと、アンナはとても身軽な動きで立ち上がりハンカチを拾ってハンナへと差し出した。それは流れるような美しい動きだった。だが顔は眉間に皺をよせ訝しげにハンナを見つめる。



「ありがとうございます。気に入っているハンカチなので失くしたら大変なことになりました」


「素敵なレースですものね、さすがハンナ様のお持ち物です」


「アンナ様はいつもここでお一人でお庭を眺めていらっしゃいますよね」


「あら、地方貴族の私のことをご存知で?」


「ええもちろん、お花を眺めていらっしゃる眼差しがとても優しそうでしたのでいつかお話しできればと思っておりました」


「田舎育ちだから自然の中にいると落ち着くの。だけど優しいだなんてとんでもないわ。私、目つきが悪く睨んでるといつも人から距離をとられてしまって」


「アンナ様はお目が悪いのでしょう。眼鏡をかけられればそのように目をすぼめる必要もなくなるかと思いますが」


「一応あるにはあるのだけど、私のは分厚いレンズの格好が悪い眼鏡で人前では掛けられないの」


「まあ、それでしたら私にお任せくださいませんか」



 ハンナはぜひ家に来て欲しいとアンナを巧みな話術でちょっと強引に誘い、来店の予定を取り付けた。



******



「これは試作品なんですけれども」


 テーブルの上にはお洒落な、といっても前世ではよくある眼鏡を並べた。



「あぁ素敵なメガネね。こんなの見たことない」


「これなんていかがですかお似合いになりますよ。あ、ほら、とっても素敵です」


「え、これが私・・・。眼鏡が違うだけで印象がガラリと変わるのね」


「後はアンナ様の視力に細部まで合わせてちゃんとしたレンズで作り直しますね。うちの店の眼鏡ならアンナ様の視力でも薄いレンズのものが作れます」


 この国に眼鏡はある。だが極度に視力の悪い者は牛乳瓶の底のような厚いレンズになってしまう。この国には沢山の記憶持ちがいるのだから、こういった商品開発に力をいれてもいいと思うのに、記憶持ちの青田刈りが国によって行われているせいで生活用品の質はなかなか向上しない。そのかわり、生活の水準は悪くない、男性目線ではあるが。



「待ってくださいませ、こんな高い商品は私ではお支払いできません」


「そうですか、せっかくこんなにお似合いなられているのに。そうだわ、これアンナ様にプレゼントいたします」


「そんな、受け取れないわ」


「ふふ、ただであげるとは差し上げるとは申し上げておりません。そのかわりこの眼鏡をつけていらっしゃるとき周りから何か聞かれたら、その度にテイラー商会で購入したと答えていただければそれでいいです。要は広告塔になっていただきたいのです。それか、モデル料をお支払いその金額でこの眼鏡を購入すると言う形でも構いませんよ」


「そ、そうね。そういうのならばいいかしら」


「では視力を測りますので、こちらへどうぞ」



 応接室のソファから視力測定器の前へと移動する。従業員がやってきて測定し、その後いくつかの質問に答えたりして視力の検査は終わった。


「その仮の眼鏡をかけたまましばらく目を慣らしますね。このまま私の部屋でしばらくお休み下さいませね」


「ありがとうございます、ハンナ様。眼鏡をかけるとこんなにも世の中が変わるなんてとても驚きですが、確かにこれなら高いお金を払ってでも購入したくなりますね。……あらそれは」


 ハンナの机の上にある分厚い貴族年鑑に目に止まったようだ。いままでぼんやりとしか見えていなかったものが、よくみえるようになった故の気づきだろう。


「今年の貴族年鑑です。私は平民ですから貴族の皆様とお会いするのは学園でしかございませんですのでこうやって皆様のお顔を覚えて勉強しておりますの。さすがにご子息ご令嬢のお顔までは載っておりませんが、親御さんから勝手に推測して想像して楽しんでおります。おかしいでしょう?」


「そんなことはございません。さすがハンナ様ですね。テイラー商会の躍進はこういった努力の上に成り立っておられるのですね」


「ほら例えばホース伯爵。ご子息のトマス様は今学園におられますけれどもご覧になって。大変お父上とお顔が似てますでしょう」


「本当そっくりね」


「ホース家の領地では良馬をたくさん生産されていて。これは今年の貴族年鑑ですけれども過去を遡っていくと領地の変換がよくわかって楽しいのです。伯爵家の歴史が感じられます」



 アンナは興味を惹かれたようで本をじっとみつめている。アンナの趣味が乗馬なのはリサーチ済みだ。



「私もこうやって覚えればよかったわ。そしたら皆様のことを睨んだりせずともよかったのに」


「まだ間に合います。これから眼鏡ができるまでの間だけでも、そう心がければよろしいのでは」


「そうね、そうしてみるわ。ありがとう」



 そこへリンクが入室し「お嬢様申し訳ございませんが」と小さく声を掛けてきた。絶妙なタイミングと声量だ。内容はチラリと聞こえただろう。



「申し訳ございません。アンナ様、席を少しはずさせてくださいませ」


「少しだなんてそんなことおっしゃらず。長居してしまいましたから、私はもう帰りますわ」



 そのアンナの様子に気配りのできる素晴らしい女性だとハンナは改めて思った。



「では眼鏡ができましたら、改めてご連絡いたします」



 部屋を出てアンナと一緒に歩く。廊下の角を曲がったところでリンクに導かれて歩く見知った顔の二人に出会った。女性が「あら」と声を出したところで「きゃ」とアンナ様の声が横でした。



「まあ、トマス様、アンナ様、大丈夫ですか?」

「ああこれはすまない。怪我はありませんか?」

「大丈夫です。こちらこそ申し訳ございません」


 アンナが咄嗟に相手を確かめようと目を潜めかけたが、はっときづいたようでそのまま笑顔で応えた。


「!!」


 至近距離でのアンナの笑顔の破壊力にトマスはやられたようで目を見開き、手は自分の胸元を掴み少し苦しそうだ。アンナは吊り目でキツそうに見えるけれども目を潜めなければ、意思の強そうな超絶美人だ。そんな女性に至近距離で微笑まれたら男性はころりといってしまうだろう。



「アンナ嬢だったか?あ、あの」

「はい?」


 近い近い近い近いいいいいいぃ。目を凝らさないようにすることに意識がいっているのか、またよく見えていないのも手伝ってアンナはトマスのすぐそばで首を傾げていたが、さすがにその距離に気づいたようで小さく「きゃっ」と声を出して後ろに後ずさった。


「申し訳ございません。目が悪くてっ、は、はしたないことを、」

「いや構わない。こ、この店にはよく来るのか」

「ハンナ様にお誘い頂いて今日、初めて訪れました」

「そ、そうか」


 トマスの反応に一緒に来たエミリーが声を掛けた。


「私達、これから商品を見せていただくの。トマス様、初めてのアンナ様をお誘いしては駄目でしょうか?」


「そんな!侯爵家の御子息と御令嬢お二人となんて恐れ多くて、」

「そんなことは気にせずとも良い、アンナ嬢の時間が許せば是非一緒にどうだろうか。私も初めてなので、仲間がいると心強い」


「……はい、では」



 トマスはいつも誰にでも冷たい眼差しを向けるアンナが自分には笑顔を向けたことに大変気をよくしたらしい。その後、お茶をしながらアンナが眼鏡を注文した話を聞き、掛けたところを見たいと言ったトマスに遠慮するアンナを「これも宣伝の一環」と耳打ちし約束を取り付けた。

出来上がった眼鏡を渡す時には、セリーナのメイクレッスンもつけた。商品がより良く見える為の商売戦略だと言って。そしてトマス様に引き合わせれば「眼鏡も似合っている」と大絶賛の嵐。

その後、馬好きの二人は話も盛り上がり真実の愛と相成りました。

 



 真実の愛には、曲がり角の出会いはマストだよね。











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