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10.宵闇に誰そ彼




「こ、これは、ないわー」

「こ、これは、破廉恥なっ」



 いつもの休日、いつものハンナの私室でハンナとエミリーは同時に叫んだ。ジュリアから聞いた庶民の閨の指南書といっても過言ではない大人気恋愛物語を早速大人買いしてみたのだが、二人の口からは別々の感想が漏れた。



「た、確かにこ、これは具体的に書かれておりますし、そ、そのわかりやすいのかも、し、しれませんね。で、すが、」

「面白くないっっ!!」


ハンナははっきりと言った。だって、面白くもなんともないのだ。全てが男性目線で描かれている出会いに、過程に、営みに、女性の心情に寄り添っているものがほとんどない。前世でもよく見た勘違いだらけの”女性の喜ぶ落とし方”的ハウツー本のようだった。全てが男性目線で描かれていて、男の独りよがりな残念本だった。わかってはいたが、やはり残念だ。


「ありえない、こんなの女性が喜ぶと思えない……」


 庶民の間でロングセラーという本だから期待をして手に取ったのだ。なのに、まさかこんな。



「だから、言ったでしょ?ハンナ様の見るような本じゃないと」



 呆れたような声は横に控えているリンク、ハンナのデッチ一号だ。「正確には手代一号だろ」と本人から度々突っ込まれるがハンナは気にせず一号を愛情を持って”デッチー”と呼んでいる。ちなみにデッチは現在二号までいる。デッチーは教会でスカウトした男の子だった。前世の記憶を少なからず持っていて、だけどハンナと同じ様に搾取されるのを嫌って隠している少年だった。あるときそのことに気付いたハンナがうちの店で働かないかと声を掛けたのが始まりだった。


「しかもさ、こんな薄っぺらいの、本だなんて思う?フリーペーパーかと思ってた」


「そんなん、この世界にあるかよ。ハンナ様がシリーズ全部買い揃えろなんて言うからびっくりしたけれど、何もわかってなかったんだな」


 二人はエミリー様に聞こえない位の小さな声で囁き合う。そうフリーペーパー。これが本で、しかも売りものとは思わなかった。街で見たことはある。デッチーの家は王都で雑貨兼金物屋を商っていて、それも比較的大きな店構えのそこにフリーペーパーが積み重なっているのは知っていた。

デッチーことリンクは三男で、実家の商売を手伝うよりもハンナの小間使いとして仕事をした方が楽しそうだからとテイラー商会で働くことを決めた。



「……でも、お蔭で勉強になった。いろいろとね!」


「確かに。勉強にはなりますわね」



 真っ赤な顔をしたエミリーが声を震わせながら返答した。デッチーはハンナの私室においてのみ自由に発言することが認められているため、エミリーがいても平気で会話に入ってくる。



「庶民は、このように愛を深めるのですね、驚きです」

「そんなコメントするエミリー様に驚くわっ!そんなわけないでしょ。こんなの半分も真実が書かれていないと思いますよ。男性の勝手な欲望と思い込みが詰め込まれた妄想の産物ね」


「僭越ながら私もそう思います」


 すかさずデッチーもコメントしたので、ハンナは意気込んでさらに捲し立てる。リンクが会話に混ざるとハンナの言葉使いが前世よりになってしまうのは仕方のないことだろう。心の広いエミリー様が気にならないと言うのを良いことにツッコミを入れてしまった。



「現実はきっと、全然、違います。そして!これらを読んでも女性には響かない!ええ、響きませんとも!よって、決心しました。女性向けの官能…いえ、恋愛小説をエミリー様に書いていただきたい、書くべきです、書かなきゃいけないのです。この国に今現在無いということは即ち新たな市場の開拓です。そして!世の中の男性に女性の望む恋愛をしらしめてやるのです。女性は、物言わぬ道具ではない、演技で喘がされる機械でもないってことをね!」


「え、演技???そ、そんな、何も知らない私に書けるとは思えません」


「ちなみにエミリー様、これらを読んで響いたお話はありましたか?」


「えっと、この“誰そ彼”の八話目のお話だけは、なんか素敵だなと思いました」



 誰そ彼シリーズは名前の通り、誰かわからない夕刻に女性が男性に襲われる物語の寄せ集めだ。そんな言い方をしたら身も蓋もないが。

恋人に求められる話はまだいい、たとえ演出が男性主義であっても恋人同士なら。だけど、大抵は知らない人だったり、行きずりだったり、拗らせだったりと女性の夢見るような設定はほとんどない。

そして宵闇シリーズは、男女の営みのあれこれを男性目線で深く掘り下げられたもので、男性が好き勝手に抱いてそのすべてに女性が悦ぶという在り得ない展開だ。本当に有り得ない。まじであり得ない。だが「そういうのに興奮する女性もいるらしいですよ、噂では」とエミリー様が仰られた後リンクに言われた、え、そうなの?マジで?前世情報?この世界の話?うっそー!




「その八話は、女性から人気のお話だそうです。私もそのお話だけはいいなと思いました。ということはですよ、私たちの感性は間違っていない。女性はそういうのが好きなんです。だけどこれだけシリーズ化されているお話に女性に人気のある作品は一つしかない。ならばそれを書いたら売れること間違いなし。何もみんなにウケの良い作品を作り出せと言っているんではありません。エミリー様がこんな黄昏を過ごしたいとかこんな宵闇を過ごしたいと言う、希望願望妄想を筆に乗せて草原を駆ける馬の如く走らせればいいだけです、いいえ、恋を夢見る女性の煌めきを流星の如く流れる、それはもう流星群のように!」


「そんなの恥ずかしくて皆さんにお教えできませんわ」


「ならばまずは私の願望を文字に起こしてください。ふふふ、めちゃくちゃロマンチックであっまーいのを考えますよ」


「お嬢に恋愛の妄想ができるとは思わないかったけど」


「失礼ね、リンク。これでも私だって女の子なんだから」


「ソウデスネ」


「その言い方、感情がまるでこもってない。見てなさいよ、とびっきりの甘いやつを披露してみせるから。あ、話といえばエミリー様にもう一つお話を考えていただきたいのでした」


「お話?」


「ええ、完璧令嬢の婚約破棄もの、です!」







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