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第六話 噛みしめる

疲れた

 先輩が一呼吸置いて俺を見据えながら言ってきた言葉がこれだ。


「ーーおまえ、あの女に惚れたのか?」


「ブフッ⁉︎」


 あの女とは話の流れ的に、俺が惚れてしまった彼女ーー天羽あもう家の御令嬢に違いない。

 というか先輩が俺を引き止めてまで聞きたかったことってこれ⁉︎

 流石にこれは予想できなかった。

 なんせ俺が彼女を好きかどうかなんて先輩には関係ないことだし。

 ほんの一瞬、先輩ももしかしたら彼女のことが……と思ったがどうもそんな雰囲気じゃない。

 ならなんでそんなことをわざわざ聞いてきたのかという疑問が浮かぶ。


 質問の意図はいまいち分からないが答えを言うのであればもちろんイエス。

 これ以外はあり得ない。

 間違いなく俺は彼女に惚れているからな。

 とはいえ今日会ったばかりの先輩にそんな想いのたけを言うってのはなんか違う。

 というか言いたくない。

 なので適当に誤魔化すことにしよう。


「何をいきなり聞いてくるんですか。まあ一応答えますがそれは先輩の気のせいですよ。気のせい。俺は別にあの女の子のことなんて……な、なんとも、思って、な、ないですよ! ま、ましてや……ほ、惚れ、ている、な、なんてあり、あ、あり……」


 惚れているなんてあり得ない。


 そうはっきり言おうと思ったがーー


 言葉が続かない。

 声が出ない。

 本能がその言葉を出すことを拒否しているかのように口が言うことを聞いてくれないんだ。


 先輩を誤魔化すためとはいえ、彼女への純粋な気持ちを否定するような発言はしたくなかったのか。

 はたまた、それ以外に理由があるのかは俺自身でもわからないが……。


「……お、おまえなあ、そんな動揺してたら隠せるもんも隠せなくなるだろうが。あと顔真っ赤になってんぞ。こっちの方が恥ずかしくなるわ! ……ああもういいよ、言わなくてもわかったから。おまえがあの女にベタ惚れてることがな‼︎」


 自分で言うのもアレだけど俺、感情のコントロール下手過ぎるわ……今のでバレない方がおかしいし……。


「にしても、おまえはまた随分と高嶺の花に惚れちまったな。残酷だが正直言ってキツいぞアレは。ってか今のおまえじゃ無理だろうな」


「……んなことはわかってますよ!」


 もう彼女に惚れていることがバレているので隠すことはしない。

 とはいえこんなにハッキリ無理だと断言されると苛立ってしまい、知らず知らずの内に先輩を睨みつけてしまったのか。


「おいおいそんな睨みつけるなよ。怖いだろ」


 全く怖いとも思ってない先輩の軽い態度に更に苛立ちを募る。

 もうこれ以上話をしていても時間の無駄だと思い。


「じゃあ話はそれだけですよね。俺はちょっと急いでるんでもう帰りますね。では失礼します」


 早口でそう言って先輩の反応を待たず背を向けて歩き出す。


 この学園の入学試験まで期限は半年弱。

 残り少ない時間をこんなところで無駄に費やす暇はない。

 そう思って帰ろうとしたのだが。


「まだ話は終わってねえよ」


 と、肩を掴まれる。

 そのまま無視して歩こうとしたが先輩の力が尋常じゃないほど強くて動けない。

 この馬鹿力め……‼︎


「おまえ、意外と短気だな。とりあえず話を聞いとけ。おまえにとっても有益な話だぞ」


 正直言って先輩の言葉を信じることは出来なかったがその後に「あの女のために強くなりたいのなら聞いておくことをオススメする」と言ってきた。

 そう言われると聞かざるを得ないじゃないか。

 あまり期待は出来ないが、そうまで言うのならと思ってしぶしぶ話を聞くことに。


「で、強くなりたいのならってどういう意味なんですか。回りくどく言わないでハッキリ言ってくださいよ。本当に時間がないんですから」


「それもそうだな。俺もこれから会議があるからあまり時間がないし。まあとりあえず俺がおまえに言いたいのは一つ。ーー『魔力制御』をちゃんと身につけろ。マジで話になんねえぞ」


「ま、魔力制御ですか……」


 先輩の思いのほか真っ当なアドバイスに自分の顔が険しくなるのが分かる。

 魔力制御ーーそれは込めた魔力を魔法へと形成するための精密な魔力コントロールのことを示しているのだが、俺の反応を見たら分かるだろうが相当苦手な分野だ。

 実は先輩に言われたことと全く同じことを、今通っている中学の担任からも言われたことがある。

 だがその時はスルーした。


 一応理由はある。


 確かに魔力制御を正しく行えるようになれば彼女のように素早く魔法を撃つことができたり、他にも限りある魔力(MP)の消費を最低限で抑えられたり、使用する魔法の質ーー威力も増大するなど大きなメリットがいくつもある。


 とはいえそう簡単にできるものじゃない。

 俺の場合は特にそれが当てはまってしまう。


 というのも自身が保有する魔力(MP)が少なければ少ないほど魔力制御は容易になり、逆に多ければ多いほどその難易度は大きく跳ね上がってしまうという特徴がある。

 俺は自分で言うのもなんだけど、保有する魔力(MP)が常人より遥かに多い。

 それゆえにどうしても魔力制御をするのが難しくなってしまう。


 その結果、下手に魔力制御をしようと意識し過ぎても上手く魔法を構築できないで不発に終わったり、もしくは収束した魔力のコントロールに失敗して暴発するという危険なことが起こる。

 以前、それでとある森を全焼させてしまうという全く笑えないやらかしをしてしまった。


 その時にこんな事態を引き起こしてしまうなら、いっそのこと魔力を垂れ流しにしていた方がいいと思い、それ以降はあまり意識することをやめたわけだ。

 魔力が霧散むさんーー要は魔力を垂れ流しにしている状態なら暴発する心配は皆無。

 なんせ暴発する分の魔力が貯まらないからな。

 まあ無駄に魔力(MP)が減るのと質の低下に繋がるという大きなデメリットこそあるが、そのぶん扱いやすくなって周りの安全も確保できるというメリットもある。


 自分でもそれが良くないこととは理解しているが、暴発するよりかは幾分マシだろうと考えた結果、魔力制御の訓練は長い間スルーしていた。

 それに、そんなデメリットだらけの魔法でも俺より強力な魔法を扱う者がいなかったので特に気にしていなかったというのも大きな理由だ。

 ……まあそんな御託ごたくをいくら並べても、ただの言い訳に過ぎないんだけどさ。


 そんな俺の心情を読んだかのように先輩がおもむろに口を開いた。


「ったく、馬鹿みてえに魔力を垂れ流しやがって。非効率極まりないぞ。おまえ今まで努力したことないだろ? 全て才能だけでどうにでもなったってクチだろ? 違うか?」


「は、はい、その通りです……」


 ぐうの音も出ない。

 まさにその通りだし、他でもない俺自身もそう思っているので反論の余地なかった。

 大人しく頷くしかできない。

 そんな俺を「はぁ……」と大きな溜め息を吐き「やっぱりか」と小さく呟く先輩はヤレヤレといった表情をして俺を見てくる。


「確かにおまえほど保有する魔力(MP)が多いと魔力制御は大変だろう。なまじっか才能があるだけに今までどうにでもなったかも知れないな。だが、おまえの惚れたあの女はダンジョン攻略の最前線で活躍する冒険者を何人も輩出している天羽家の一族だぞ? そんな女の隣に立ちたいっていうのなら当然それ相応の実力が求められる。今のおまえのように魔力制御も満足に出来ない半端な奴なんて見向きもされないだろうよ。それでいいのか?」


 いいわけがない‼︎

 だからこそ即座に「よくない‼︎」と反論するが「なら出来るようになれ」と言いきられる。


「そんな簡単に出来たら苦労しないですよ……‼︎」


「おまえ苦労するような努力してないのに何言ってんだ。そんなことは努力してから言え。……まあそれは置いとくとして、結局このままだったらあの女の隣に立つどころか恋人になるなんざ夢のまた夢だぞ」


 先輩の正論過ぎる正論が俺の心の深いところをグサグサとえぐってくる。

 この先輩、遠慮がないというか容赦がないというか……。

 まあ本当のことだけどさ。

 先輩のいちいちトゲのある言葉に思わず口ごもってしまう。


「そ、それは……」


「おまえみたいに魔力(MP)だけしかない奴なんざいつ爆発するか分からねえ爆弾みたいなもんだ。そんな奴をパーティメンバーに迎える奴なんかいなると思うか?」


 もう心折れそう……。

 誰もいないところで泣きわめきたくなる。


「……いえ、居ないって断言できます。俺も逆の立場なら嫌だし」


 俺の言葉に先輩は「そうだろう」と頷いた後、一呼吸置いて「だがーー」と言葉を続けていく。


「だが逆に言えばおまえほどの魔力(MP)を持つ奴が魔力制御を十分に出来るようになればどこのパーティも、それこそあの天羽家の奴等だっておまえを欲しがるだろう。そうなればあの女と会う機会が増える。それすなわち必然的にチャンスが高くなるってわけだ。そうは思わないか?」


 無論、そう思う。

 確かに天羽家はダンジョン攻略のために常に優秀な冒険者を集めていると聞く。

 仮に俺が強くなればスカウトされるかもしれない。


 とはいえ魔力制御のハードルが高すぎるが……いや、ここで弱気になってるようじゃ俺は一生このままだろう。

 自分を変えられるチャンスは今しかない。

 それにさっき強くなると誓った。

 確かにいつかの森全焼みたいな惨劇を引き起こしてしまうんじゃないかと思うと足がすくむ。

 だがここで立ち往生おうじょうしていたら、いつまで経っても彼女の隣にすら立つことができない。

 そんなのは絶対に嫌だ‼︎


 なら俺の選択肢は一つ。


 ーー魔力制御を完全にものにする‼︎


 もちろん難しいのは承知の上!

 でもこんなところでつまずいてられない‼︎


 正直自分を鍛えようとは誓ったが、何を重点的に鍛えるのかは明確に決めていなかった。

 先輩に魔力制御のことを指摘される前は、適当に地元で俺のレベルにあった難易度のダンジョンに潜ってモンスターを倒しまくろうとしか思ってなかったし。

 そんな雑すぎる修行プランだったが、先輩のおかげで方向性は見えた。

 俺がもう一つ上のステージに行くには魔力制御が必須。

 それが分かっただけでも一歩前進だ。

 魔力制御の必要性を再認識させてくれた先輩には感謝しかない。


「この学園の入学試験までに必ず魔力制御をマスターしてやる……‼︎」


「お、ようやく良いツラになってきたな。そうだ、魔力制御が出来るか出来ないかとかいうクソつまらないことで悩むな。大切なのは、やるかやらないかだ。やる前から結果を考えるな。そんなもんは無意味。というかそんな暇があるなら自分を磨いとけ‼︎」


「はい‼︎」と先輩の言葉に大きく返事をした俺は。


「今後のことを考えたいんでもう帰ります‼︎ それじゃあ」


「おう、次会うときはちったあマシになった姿を見せろ。まあ死ぬほど頑張れ。じゃあな」


 方向性も見え、意気揚々と帰ろうとしたのだが、ここで思わぬ出来事が起きる。

 ふと「あ、思い出した」と先輩が口を開き、俺に向けてニヤリと口角を上げた。

 なんか嫌な予感が……。


「そういや、おまえさっき俺のこと厳ついヤンキーと言いやがったよな? その分の制裁を今からやるわ。まあありがたく思え。一発だけで許してやるからよ」


「ーーえっ、この流れでそうなるのッ⁉︎⁉︎ いや、流石に意味わからんし‼︎」


「当たり前だろ。俺は自分が言った言葉には責任を持つタイプだからな。言ったからには実行する。ってことで歯あ食いしばれ」


 なんなんだ、この理不尽野郎は⁉︎

 ジャ○アンかよ⁉︎


 確かにエキシビション中に先輩に向かって殺気飛ばしたのは許されたが、ヤンキー呼ばわりしたのは許されてなかった。

 ついさっき言ってたから、それは覚えている。

 だけどこのザ・青春って感じの良い雰囲気の流れでそれはあんまりじゃないか⁉︎


 そんなことを思っている間にも先輩の右腕に雷の魔力が段々と集まっていく。

 そして完全に纏われた。

 やべぇこの人、マジでやる気だ。

 ちょっとした冗談の可能性を信じてたのに……。


 あ、やられるーーいや、というか何を潔く受けようとしてんだ俺は⁉︎

 あんなん食らいたくないぞ!

 そ、そうだ、避けてやる!


 そう思って咄嗟に距離を取ろうとしたのだが、なぜか急に先輩の動きが止まった。


「えっ……⁇」


「そんなにやられる(殴られる)のが嫌なら避けていいぞ。3秒やる。……でも本当にいいのか?」


 ーーあの女はこれを何度も受けたんだぜ?


 そう言うや否やカウントを始めた先輩。


 くっ、そんなことを言われたら……‼︎


 ーー3


 どうする⁉︎

 どうすればいい⁉︎

 逃げるか⁉︎

 それとも甘んじて受け入れる⁉︎

 どっちがいいんだ⁉︎

 今なら距離を取って回避できる位置までいけるが……本当にそれでいいのか⁉︎


 ーー2


 彼女はこれを耐えたんだぞ。

 しかも何度も!


 どうすればいいか悩みに悩む。

 だがもう時間がない。

 どうすれば……⁉︎


 ーー1


 ……タイムリミット。

 ああもういいよ、受けてやるよ‼︎


 彼女はこの一撃に何度も立ち向かったんだ。

 俺はただの一撃だけ。

 それを避けるだなんて俺のしょうもない意地が許してくれなかった。

 よっしゃあ来い!

 こんなの余裕で耐えてやる。

 耐えて「こんなもんですか?」って煽ってやる!

 そしてその後先輩をぶん殴ってやる‼︎


 僅か3秒の間で、そう決めて先輩に立ち向かう。


「ほう……余裕で逃げられるだけの時間を与えたにも関わらず逃げなかったか。良い心がけだ。じゃあ食らえ。ーー雷の一撃(ライトニング)ッ‼︎」


 先輩の腕が振りかぶられた。

 その腕は雷とともに俺の胸に吸い込まれるッ‼︎

 その直後ーー


「ーーヴォエッ⁉︎⁉︎」


 今まで受けたことがないほどの凄まじい衝撃が俺の身を襲う。

 自分が発したとは思えない声が出て、殴られた勢いで一気に校門までぶっ飛ばされ、力尽きたかのように地に伏せることとなった。


 まるで臓器でも潰されたかと錯覚してしまうほど強力な攻撃に胃の中のものを全て吐き出してしまいそうになる。

 直撃した胸が燃え滾るように熱い。

 そして痛い、痛すぎてどうにかなってしまいそうだ。

 息もしづらければ、目も霞む。

 身体も変に痙攣を起こしているのか、全く言うことを聞いてくれない。

 何も考えられない。


 なんなんだ……今の一撃は……⁉︎

 こんなのを……こんなえげつない攻撃を彼女は何度も受けてなお立ち上がっていたというのか……⁉︎

 う、うそだろ……⁉︎


 何度立とうとしても結局、彼女のようには立ち上がれなかった。

 それどころか全く動けないまである。

 彼女は何度も立ち上がったというのに……‼︎

 俺には出来なかった。

 無様だ。

 無様すぎる……‼︎


 改めて彼女の強さ、そして己の弱さを噛みしめる結果となった。

 今なお、息絶え絶えのまま。

 立ち上がることは不可能。

 先輩を睨むことしかできない自分に腹が立って仕方ない。


 そんな醜態を晒している俺を憎たらしい笑みを向けながら。


「お、意識があるなら上出来だ。おまえが来るのを楽しみに待ってるぜ。じゃあな」


 そう言って今度こそ先輩は立ち去った。

 俺はというと、悔しいがそのまま先輩の後ろ姿を見送ることしかできなかった。

なんか話が進まんなあ

次は彼女側と先輩側のお話予定どす。

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