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その事実を知らせたのはママだった。
「明日香……。お姉ちゃん…………死んじゃった」
「……は?」
心臓がドクンと大きく鳴った。そして鼓動がどんどん激しくなる。顔がどんどん熱くなり、視野がぼやけてくる。
「どっ……な……なに? え……? なに、言ってるの……?」
「飛行機の中で急に体調崩して、そのまま……。着いた時にはもう……」
「嘘だ……」
「いいえ。学校から連絡きたのよ」
なんで? 意味が分からない。なんでママはそんなこと言うの? 死ぬわけないじゃん。なんで? おかしい、なにがおかしいんだ?
「た、端末は……?」
わたしは近くにあった端末を震える手でつかむと、お姉ちゃんに電話をかけた。
「……で、出るよ、なに言ってんの。……………………やだ……やだ……やだ……やだ、やだやだ…………」
「明日香……」
「いやっ!」聞きたいのはママの声じゃない! 「ねえ、なんで…………お姉ちゃん……早く出てよ……もう着いたんでしょ……」
「ねえ、明日香……」
「お姉ちゃんはっ!?」
肩にかかったママの手を、爪が食い込むほど強く握りしめていた。ママが顔を歪める。
「ねえっ! お姉ちゃんは!?」
沈黙。
「いやああああああああああああ……………………」
ママの目を凝視したわたしは、絶叫とともにその場に崩れ落ちた。
そしてしばらくうずくまりながら叫んでいたわたしは、部屋を、奇声を発しながら荒らしまくった。
そうするしかなかった。わたしの中に生じた表現しようのない負の感情を表に出さなければ、わたしの心臓は破裂していただろう。
でも、ママを突き飛ばし、いすを床に叩きつけ、壁に穴をあけ、窓を割り、転ぼうがかまわず、ありったけの力で物を振り回し続けても、わたしの気は静まるどころか、よりいっそう怒りが増し、行動が過激になるだけだった。
ママは、荒れ狂うわたしを止めに入るでもなく、ただただ呆然と見ているだけだった。
結局のところ、わたしの暴走を止めたものは自制心でもママの制止でもなく、腕を振り上げられないほどに溜まった疲労だった。わたしの部屋は、たった十五分足らずで見るも無惨な状態になってしまっていた。
わたしは体中に切り傷と打撲を負ったけど、それらの痛みは感じなかった。
それどころか、なにも感じなくなっていた。
「あれ……わたし、なんで……」
呼吸が落ち着くと、その変化はすぐに現れた。わたしは立ち上がり、ゆっくりと部屋を見回した。
「明日香……?」
ママが、足元に気を配りながら近づいてきた。
その声に反応して振り向くと、わたしはママに尋ねた。
「わたし、どうしたの?」
「え……?」
ママが目を丸くして言葉を失う。
記憶はある。だから自分がなにをしたかは覚えているけれど、なぜそうしたのか、その理由が分からなかった。
言葉を失っているママに、もう一度尋ねた。
「なんで、わたしはこんなことしたの?」
「え……あ、よく分からないけれど、小百合が死んじゃったからじゃないかしら?」
「お姉ちゃんが死んだ……」
(お姉ちゃんが死ぬと、なんでわたしが暴れるの?)
「ははは、なにがなかだか分からないや……いっ!」
その時初めて、わたしは体中から発せられていた痛みを認識した。全身のいたるところがとても熱く、じんじんと痛み、わたしは思わずしゃがみ込んだ。ママが部屋の外にゆっくりと誘導して、静かに座らせてくれた。
「あ、ありがとう…………ごめんなさい」
「いいのよ、やってしまったことはしょうがないわ」
わたしの力ない感謝と謝罪に、ママもまた、たいした感情を示すことなく応えた。でも、一生懸命にわたしの体からいろいろな破片を取り除いてくれた。
それがすむと、ママはタオルと救急セットを持ってきて、傷口を丁寧にふき手当をしてくれた。
「パッチが足りてよかったわ。おかげで全部使い切っちゃったけど」
ママが明るく言った。わたしはなにも思わなかった。
「どこか特別痛いとこある? ひどいようなら病院行かないと」
そう言われて、わたしは注意を自分の体に向けてみた。熱をもったうずくような痛さから、消毒液のしみる、つねられるような痛さに変わってはいたけれど、手足はちゃんと動いたから病院に行くほどのことではなさそうだ。ただ、動かすたびに鈍痛が走った。
「いろんなところが痛いけど、たぶん大丈夫」
「そう。明日香、最近運動していないからパワーが爆発しちゃったのかな」
「どうだろう……」
心が異常なほど静かだ。まるで、心がないみたい。以前はこうじゃなかった気がするけど、まったく思い出せない。そのことに対する不気味さも不安もない。あるのは無機質な記憶と、さっきの自分の行動に対する若干の不思議さだけ。
「ママ、疲れたからちょっと眠っていい? 片づけは起きたらやるから」
「いいわよ、ゆっくり休みなさい。片づけのことは気にしなくていいから」
「……ありがとう。ごめん」
「いいのよ」
ニコリと笑うと、ママは隣のお姉ちゃんの部屋にふとんを用意してくれた。
わたしはふとんに入るとすぐに眠りに落ちた。
「おお、明日香! 大丈夫か?」
目を覚ましたわたしが自分の部屋に行くと、ママとパパが片づけをしていた。
「パパ……」
壁や床の破損はそのままだったけど、床に散乱していた物はあらかた取り除かれていた。
自分は思いのほか長い時間眠っていたらしい。割れた窓から見える空もすっかり暗くなっていた。
「あ……あの、ごめんなさい」
罪悪感はなかった。でも、あの行いが悪いものだとは分かっていた。
「ははは、気にするな」
わたしの感情のこもっていない謝罪を、パパは笑顔で受け入れてくれた。そしてわたしは、いいと言い張るふたりの言葉に甘えず、できる範囲で手伝い始めた。
わたしたち三人は、その後一時間くらい黙々と片づけを続けた。
「けっこうかかったなあ」
パパがゴミ袋の口をしめながら言った。
「そうねえ、明日香、本当にすごかったからね」
パパ同様に、ママからもわたしを諫めるような印象は受けなかった。でもわたしは一応もう一度謝った。
「ごめんなさい。壁や床はどうするの?」
「ははは、何回謝るんだ? もう気にしなくていいよ。壁や床は、明日専門の人が来て修理してくれるよ」
「え、そんなことも分かるの?」
「ん? 分かるって?」
「いや、だからなにも言わないのに来てくれるの?」
パパが眉をしかめた。
「なに言ってんだよ、頼まなきゃ来てくれるわけないだろ? 明日香が寝ている間にママが電話したんだよ」
「ああ、そっか……」
「ははは、平気か?」
「うん、ちょっと早とちりしただけ」
「そうか。あっ、ところでママ、小百合の家の方はどうする?」
「そうねえ、わたしが行ってくるわ。あなたはこっちをお願い」
「了解」
「お姉ちゃんの家? なんで?」
「小百合の物を整理するためよ。亡くなったからね」
「そうなんだ。……ねえ、わたしも行っていい?」
再びお姉ちゃんの死というフレーズを聞いても特にこれといった感慨は湧かなかった。
だけど、お姉ちゃんの家はなんとなく見てみたい気がした。




