10
翌日、目を覚ましたわたしは、高熱が出てしまい起き上がることができなかった。
一日寝込んで熱は下がったけれど、学校に行く気がおきず、わたしはその日もただ寝ていた。
携帯端末には、お姉ちゃんから三件のメッセージがきていた。
でも、わたしにはそれを開く勇気がなかった。どんなフォローの言葉も、あの晩のお姉ちゃんの言葉をなかったことにはできない。それに、下手に弁解を聞いたら、わたしは本当にお姉ちゃんのことを嫌いになってしまうかもしない。わたしの気持ちは今、お姉ちゃんの裏切りに対する怒りや不信と、それでも嫌いたくないという思いの境目にいる。
「明日香、ちょっといい?」
学校を休んで三日目。体調は普通になっていたけれど、わたしは一日のほとんどをまだベッドの上で過ごしていた。
ママはそうしたわたしを見かねたのか、脚の短いテーブルに朝食を置くと、わたしが寝込んで以来初めて部屋に留まった。そのままわたしが寝ているベッドに腰かけた。
わたしはママの問いに答えなかった。それでもママは話し始めた。
「小百合は、妹ができたことがすごく嬉しかったみたいでね。あなたが三歳くらいまでは、毎日のようにあなたのことを引っ張り回して、一日中ふたりで一緒に遊んでいたのよ。おままごとしたり、家の中でかくれんぼしたり、外にもよくふたりで遊びに行ったわね。覚えてる?」
「いや、あんまり……」
意外といえば意外だった。記憶の中にある姉妹の関係は、年が離れているせいもあって、一緒に遊ぶというより、わたしの相手をしてもらっているというものだった。だからお姉ちゃんが、わたしとそんな風に遊んでいる姿が想像できなかった。わたしが気づいた時にはもう、お姉ちゃんは立派な大人だったし。
ママはわたしの顔に浮かんだかすかな驚きを見てとり、微笑んだ。
「中学生になってからは、学校と勉強が忙しくなって、部活もやっていたから、あなたたちの接する時間は減ってしまったけれど、それでもね、小百合の、あなたを見る目はちっとも変わってないのよ? 昔と同じで、優しくて、楽しそうで、嬉しそうで、そんな目をしているの。小百合がなにを言ったのかは分からないけど、ママは、お姉ちゃんのこと、許してあげてほしいな」
ママの言葉は、一言一言に誠実さが感じられ、ふさぎ込んでいたわたしの心にもすんなりと染み込んできた。心の片隅に居座っている怒りが急速にしぼんでいった。
「……わたしが、お姉ちゃんと仲直りをしたら、ママは嬉しい?」
「もちろんよ! 家族が仲悪いのは良くないでしょう?」
なんとなく感覚のズレを感じる答えだった。でも、以前ほど悪い気持ちは起こらなかった。
「良くない……それって、悲しいってこと?」
ママは少し考えるような素振り見せた。
「そうかもしれないわね。よく分からないけど、ごめんね」
ママが照れくさそうに笑った。
「なにそれ、はっきりしてよ……」
ぶっきらぼうな言い方だったけど、わたしの心は落ち着いていた。
「ごめんなさいね。でも、小百合のことはよく考えてあげてね。あの子、あれから毎日、ママにあなたの様子を尋ねてくるのよ? 明日香から返事が返ってこないって気にしているみたい。落ち着いたら返事してあげた方がいいんじゃないかしら。きっと喜ぶわよ」
そう言うとママは立ち上がり、電子デスクの上に置いてあったわたしの端末を手に取り、それをわたしに手渡してから部屋を出ていった。
お姉ちゃんへの不信感が完全に消えたわけじゃない。
でも、わたしの今まで積み重ねてきたお姉ちゃんに対する信頼も決して弱くはなかった。
今思えば、言われた内容には裏切られた思いがしたけれど、わたしが取り乱した時の反応からは冷淡さは感じられなかった。気持ちがこもっていた。だからこそ、お姉ちゃんがわたしの死を仕方ないで受け入れられるという事実にとても傷ついたのだけど、それはお姉ちゃんの人間性とは別の次元の話ではないのか?
確かに、お姉ちゃんも他の人と同様に〝全体〟をなによりも優先している新人類かもしれない。だけど、その限られた個性の中では、きっと最大限にわたしのことを大切にしてくれているに違いない。
ママのおかげで、わたしは今まで無視していたお姉ちゃんからのメッセージを開いてみる気になった。それに、お姉ちゃんに嫌悪を抱き続けることももう限界だったようだ。携帯端末を手に取ると、信じられないくらいに心が軽くなった。
わたしは、お姉ちゃんからの五件の音声メッセージを順番に聞き始めた。
『明日香、本当にごめんなさい。わたしがああ言ったら、明日香がすごく傷つくのは分かってた。でも、嘘をつくのは嫌だし、信じてもらえないかもしれないけど、明日香のためにならないと思ったの。だけど、本当にごめんなさい、もっとちゃんと言い方を考えて言えばよかった………………また連絡するね。明日香も、もしわたしの話を聞いてもいいかなって思ったら連絡して下さい。ちゃんと直接謝りたいから。……それじゃあ、またね』
『おはよう明日香。ママに聞いたんだけど、熱が出て学校を休んだんだってね。それほどつらい思いをさせちゃったんだね……ごめんね。……ゆっくり休んで、早く良くしてね。それじゃあまたね』
『まだ寝込んでいるみたいだね。……ゆっくり休んで下さい。……また連絡します』
『熱、下がったんだってね。よかった、ホッとしました。早く明日香の声が聞きたいな。気が向いたら連絡ちょうだいね。わたしはいよいよ明日出発だよ。帰ったらすぐにそっち帰るつもりだから、お土産期待してね。それじゃあおやすみなさい、またね』
『おはよう、今空港にいるの。まだ七時なのに、けっこう人が多くてビックリしちゃった。着くのは一時間後だって。着いたら向こうの景色撮って送るね。……明日香、しつこいかもしれないけど、もう一度言わせてもらうね、わたしはあなたのことを本当に大切に思っている、嘘じゃない、信じて……。じゃあまたあとでね』
涙が出てきた。どのメッセージも、わたしへの愛情に溢れている。最後のメッセージはついさっき入ってきたものだから、お姉ちゃんは今空の上。メッセージがきたら電話しよう。すごく話したい。そしてわたしも謝りたい。
だけど……わたしの思いが最悪の形で壊された。




