騙されてやったのよ、余は!
準備の為にまずは宿を確保したミカ達は指定時間である夜までゆっくり待つ事にした。
自由な時間ではあるが街で刺客と鉢合わせする可能性もあるので下手に動かない方がいい。
あくまで相手が優位であるのだと錯覚させ続ける必要がある。
何かがおかしいと一瞬でも思われてしまったら、大将首は逃げてしまうだろう。
真の暗殺者は常に優位状況を保つ。
そうでなければ獲物を確実に仕留める事ができなくなってしまうからだ。
殺すだけなら二流であり、一流は確実に仕留める為に意識を張り巡らす。
その差はあまり無いように見えて実はとても深いものがある。
「うーん、ここは『こいこい』かの?」
「ほう、そーきちゃう? …………馬鹿め、三光だ!」
「げっ、こ、こやつー!」
「へっへっへ、甘いね」
「ミカさん、この『花札』ってカード、綺麗ですね。ジャーピン流なら『風情がある』って事なんでしょうね」
「ん? 興味あるの? やってみる?」
「い、いえいえいえ」
お金を巻き上げられてはたまらないとマーシュは全力で断り、話を逸らす。
「そ、そうだ。そろそろ時間なんじゃないですか? ね、スロウさん?」
窓際で本を読んでいたスロウは懐中時計を取りだすと、時間を確かめた。
「ふむ、そうですわね。我が悪魔、切りあげて仕度を」
「おう。へへっ、今日は儲けちゃったな」
「くぅー! 覚えておれ! 次は将棋で勝負してやるからの!」
「いいぜ、私はいつでも対戦受け付け中さ」
ミカはテルより勝ち取った金を袋に収めると体を軽く動かし、指を合わせてぼきぼきと鳴らした。
「さて、作戦を確認しておくか。まずはおびき出されたフリをしてちびっ子とマーシュで対応する。おそらく辺りに伏兵とか居るから私とスロウが片づけていく。その間、二人は刺客と戦う事になるだろうがなんとか持たせてくれ」
「早めに頼むぞ。こんな装備では長くは持たんからの」
「僕に出来るでしょうか…………」
それを聞いたミカはからからと笑って言った。
「へーきへーき。お姉さん、お前の事良く見てたからさ」
「……? それってどういう意味ですか?」
「さあね。言ったら面白くないでしょ」
ミカは話を切り上げると飛ぶように屋根を駆けて一足先に現場へと向かった。
「あの身のこなし、まるで忍者じゃの。いや、むしろ化生の類か」
「私達も参りましょう。途中までですが護衛致しますわ」
「うむ、一仕事といくか」
月明かりの町を歩き、その外れの廃墟へとたどり着く。
いかにも“何か”が出そうな雰囲気の気味の悪い場所だ。
多少荒っぽい事が起こっても騒ぎにはならないだろう。
むしろ、そういう事を想定してここがあるような錯覚すらしてくる程に『ちょうどいい』場所だった。
「おーい、誰かおらんのかー? 余じゃ、オオゲツ姫じゃー」
わざとらしくテルが呼びかけると暗がりから黒フードが現れた。それを見て不機嫌そうに呟きを漏らす。
「夜なのに黒フードとは。これでは見えんではないか。それで、余の装備は?」
「………………」
黒フードはおかしさを堪え切れないかのように笑う。
「くくく…………はははははは!」
「何がおかしい!」
そして勢いよくフードを脱ぎ捨てるとその下から品性の無い下種な顔が月明かりに照らされて現れた。
鎖かたびらを着た容姿からするとジャーピンで言う所の『忍者』だろう。
そしてこの地方でそれは『暗殺者』、『密偵』と呼ばれているものに等しい。
「貴様は隠密部隊隊長、魔影! どういうことじゃ!?」
「姫様よぅ、まだ分かんねぇのか? 騙されたんだよ、お前は!」
「なんだと!? おのれ! よくも余を謀ってくれたな!」
「かーっかっか! もう遅いぜ! 死ねっ!」
魔影が合図をすると待ち伏せていた兵達が出て…………
「…………あれ?」
こなかった。
「くくく…………はははははは!」
「何がおかしい!」
テルは焦る魔影に先ほどと負けず劣らずの下種な表情で語りだした。
「うつけよぅ、まだ分からんのか? 騙されてやったのよ、余は!」
「なんだと!? おのれ! よくも俺を謀ってくれたな!」
「はーっはっは! もう遅いわ! 死ねっ!」
テルが合図をすると隠れていたミカ達が出て…………
「…………あれ?」
こなかった。
「くくく…………はははははは!」
「何がおかしい!」
「いや、それはもういいですから!」
マーシュの突っ込みにテルは呆れたように言った。
「なんじゃ、ノリの悪いヤツじゃな」
「空気読めてないぜ、あいつ」
「あなた方こそ空気読んでくださいよ!」
マーシュは魔本を取りだし、詠唱を始める。
「エルネスト、ファイラスライル、ネルエルタルガル、イルギスタル! ――――『ショットウィンド』!」
魔本が光り出し、手から空気の塊が発射される。
魔影は飛びあがって回避し、それを合図として戦闘が開始される。
「新しい魔法じゃな。いつ覚えた?」
「空いてる時間に少しずつ勉強しました」
「無駄乳が言ってたのはこれか。『火』と『風』の魔法…………よし、これならなんとか持たせられるか。だが、余には当てるなよ!」
「善処します!」
「これほど頼りない言葉も無いな!」
クナイを取りだしたテルは暗闇の中に投げつける。
光一つない暗黒だというのにそれは確実に敵を射抜く。
「噂に聞こえし殺戮姫、流石」
「ふん、貴様のようなヤツに褒められても嬉しくないわ」
投げ返されたクナイを掴み取り、直接敵を狙いに行く。
小太刀とクナイが月光に煌めき、両手持ち同士の激しい殺陣。
息もつかせぬ攻防にマーシュは割り込むタイミングを見失う。
「何を呆けておる! 貴様は案山子か!」
「ですが!」
「余に当てぬように撃てと言っておる! 出来なければ貴様がここに居る意味は無い!」
「…………っ!」
マーシュは吹っ掛けられた難題に閉口するが、すぐに思考を巡らせて解答を探し始める。
(どうすればこの接近戦の中、敵だけを狙える? ……駄目だ、思いつかない。こうなったら逆に考えるんだ、敵とテルさんを分断する方法を。僕の使えるのは『火』と『風』の魔法…………なら!)
再び詠唱を始めるマーシュ、今度は何度も増幅を繰り返し、限界まで魔法の威力を高めていく。
それを横目で見たテルはその考えを察し、叫ぶように言う。
「よし! それでよい! 派手にぶちかませ!」
「ネルエルタルガル! ネルエルタルガル! ネルエルタルガル! イルギスタル! 『ショットウィンド』!」
圧縮された空気の塊は着弾して破裂しても収まらず、爆風を放出しながらその場にとどまる。
体重の軽い身軽な少女のテルはクナイを手放し、風に乗って空高く舞い上がるが楔かたびらを着た魔影はその重さに引きずられて身動きを封じられる。
「うぐぐぐぐ!」
(距離が空いた!)
すかさずマーシュは『火』の魔法を詠唱する。
「ウェイルゾートアード、ザグジーグカイル、ヨーライルソー、『ファイヤーキャスト』!」
発射された火の弾丸は風の力を取りいれてさらに威力をあげて魔影に襲いかかる。
「やった!」
「ふむ、上出来」
マーシュの元へと着地したテルはふぅと息を吐く。
「だが、戦いの最中に『やった!』などと油断してはならぬな。忍びの者がこれくらいでくたばるものか。なぁ、そうだろう?」
煙が晴れると、魔影は焼け焦げながらも顕在だった。
不機嫌そうに唾を吐き捨て、憎しみを瞳に滾らせる。
「やってくれんじゃねぇか…………あぁ!?」
「その賊っぷり失笑に値する。刀があれば直々に斬首してやる所だが、あいにくと得物がない。殺し足りぬがあとは下々の者に任せるとしようかの」
先ほどの暴風のせいか天井が崩れ、そこから二つの人影が降ってくる。
一つは細身の赤髪剣士、一つは巨躯の鎧武者だ。
二人は落下した事すら気付かないようかのように太刀で競り合い、周囲に余波を飛ばして破壊する。
赤髪が不意に足癖の悪さを発揮して鎧武者を蹴り飛ばした所でようやくマーシュ達に気がついたのかとぼけたように言った。
「ん、お前らか」
「ミカさん」
「おい、無駄乳。あれは余の得物となるものだ。なるべく傷つけずに奪え」
ミカは困ったように語る。
「んー、そうは言ってもねぇ、あいつかなり強いよ。あいにくと剣の腕だと完全に負けてる。正直、スロウを怒らせずに勝つ方法が見つからないな。…………スロウが居ない今の内にやっちまうか」
「今何かおっしゃいましたか、我が悪魔」
「げっ、スロウ…………」
「遅くなりましたわ、皆様方」
やや削れた感のあるひのきの棒を構えながらスロウが戦線に参加する。
それを見た魔影は分が悪いと見て撤退の準備を始めた。
「こいつら結構やりやがる。これ以上は無用だ、帰るぞ」
「待て! 別に帰っても構わんが装備置いてから帰れ!」
「へっ、やなこった!」
地面に向けて煙玉を放ち、文字通り煙となって魔影は消え去る。
鎧武者はしばらくミカと見つめあっていたが、おもむろに腰の刀を外すとテルに向かって投げつけた。
「こ、これは我が愛刀『妖彩禁治刀』ではないか! 何故、貴様のような賊が!?」
「なるほど、あんたらも一枚岩じゃないってことね。…………名前聞いてもいい?」
「…………骸羅」
「私はロディナーミカ、ミカでいい。今回は私の負けだ。だから大人しく帰ってもらえないか?」
骸羅は仮面の奥底より声を響かせる。
「物の怪よ。我に興に乗れと申すか」
「駄目かい?」
「…………良かろう。強者との死合いの中で果てる事こそ本望。これは貸しにしておく」
空が陰り、闇夜となると共に踵を返し、鎧武者は漆黒の中に溶けて見えなくなった。
それでもミカはただ悔しげに虚空を見つめていた。
「ミカさん、本当はあの人に勝てたんじゃないんですか?」
「だったら?」
「いえ…………なんでもないです」
落ち込んだ様子のマーシュを見て、ミカは自分のふがいなさを当たっても仕方ないと息を吐いた。
「悪かった。ちょっち悔しくてな。そりゃ私が拳を振りかざせばどんなヤツだって敵わないさ。でも、それは私が初めから持っている力だ。例えばだ、誰だってバースディケーキのロウソクの火を吹き消せるだろ? それと同じなんだ。いくら強くったって自慢にもならない」
「ふん、傲慢な奴め。まるで自分が人間でないような言い方ではないか。少しばかり力があるからと調子に乗るなよ、無駄乳」
「………………」
ミカは不意にテルから刀を取りあげる。
「あっ、こら! 返せ! それは余の刀じゃぞ!」
「べー、悔しかったら取り返してみろ」
「こやつぅぅぅぅ! 待て! 待たんか!」
「おほほほ、捕まえてごらーん」
「くそっ! 刀を取り返したらいの一番にその無駄乳を切り落としてやるからなぁぁぁぁ!」
テルの声がエコーのように響き、二人は疾風のように闇夜に消えていってしまった。
残されたマーシュは感傷的な表情でしばらくの間たたずんでいた。
「スロウさん」
「はい、なんですの?」
「ミカさんはやっぱり人間じゃないんですか?」
スロウは少し考えて言葉を紡ぐ。
「私も詳しくは分かりませんわ。自分を怪物だと思い込んでいる頭のおかしな方なのか、それとも本当に怪物なのか。しかし、その拳を振るえば誰一人として敵う者などおりませんの。かつて私は最強の騎士の誉れを受けた事もありましたが、片手どころかその小指一つですら勝負になりませんでしたわ」
「スロウさんでも相手にならない…………。ミカさんが強いのは知ってますがそれほどなんですか」
「ええ。ですが、剣の腕はからっきしでここまでくるのに一体何度『もうやめる!』と言った事やら。……っと、これは内緒ですわ。こんな事を言ったと知られたら我が悪魔がまた拗ねてしまいますもの」
「ははははは」
マーシュが苦笑した所でスロウは真面目に語る。
「あの方がどんな存在でも私には違いはありませんわ。ただ、本当に悪魔だったら面白いでしょうね。ンクククク…………」
「………………」
スロウの悪い笑みを見て、むしろミカよりもこっちの方が悪魔なのではないだろうかとマーシュは思ったが口にはしなかった。




