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スーパーの割り箸

 幸いにも転送装置があったためにミカ達は特に苦労する事もなく地上に帰還する事ができた。


 もしそれが壊れていたら深き闇の住人になっていただろうと思うと改めてそのありがたみを感じられる。


物置よりバーベキューセットを引っ張り出してきたミカは特別な道具も無しに激しい炎を吐き、炭に火をつける。


 それに感心したような表情を浮かべたマーシュを見て、面白くなさそうな姫は「ただの火遁じゃ。あれくらい余もできる」と言って炎を吹き出しマーシュの前髪を焦がした。


 食材を皿に乗せて運んで来たスロウは苦笑する。


「おやおや、大丈夫ですの? 姫も張り合わなくていいのですよ」

「ふん、別に張りあってなどおらぬわ。それとここでは“テル”で良い。悪魔の使いに姫などと敬われるのは気味が悪い。何をたくらんでいるのかと疑心暗鬼に陥る。いっその事ヤツのように無礼な方が変に疑わずに済むというものだ」

「ふむ………そうおっしゃるのならば“テル様”と呼ばせてもらう事にしますわ」

「好きにせい。………まだ火はできんのか、無駄乳! 余は空腹じゃぞ!」

「まあ待てよ、ちびっ子。お前の胸が膨らむ前にはできるだろうさ」


 必死な様子でテルは言う。


「そんなもの余が本気を出せば………一瞬だ! 今はちょっと本気を出すタイミングを計りかねているだけだ。これが余の全力というわけではない!」

「でも、僕の記憶では姫は成長期なんてとっくに過ぎていたはずですよ。だって姫の年齢は確かにじゅう………」


 テルは満面の笑みでマーシュの頭を掴み、ぎりぎりと締め上げる。


「マーシュよ、女の年齢や体重を安易に口にする男は地獄に落ちるぞ? というか落ちろ?」

「す、すいません、心に深く刻み込みました」


 おそらくこれから成長する事はないのだろうなと一同は理解すると同時に不憫に思い、流石のミカですら何も言う事は無かった。


「ま、こんなもんでいいだろ。スロウ、焼いてくれ」

「承知いたしましたわ」


 鉄のトングを使い、スロウは食材を置いていく。マーシュは皿とフォークを、二人は皿と割り箸を持ち待機する。


「ほう貴様、箸を使えるのか。この地方の者にしては珍しいな」

「上手いもんだろ? 昔、ミヤモトムサシに教えてもらったんだ」

「聞かん名だな。ま、そいつが誰でもどうでもいい。とにかく今は肉じゃ、それが一番大事じゃ」


 辺りに立ち込める肉の焼ける匂いが鼻をくすぐり食欲を促す。


 炭は熱く、汗は垂れ落ち、ごくりと喉がなる。


「も、もういいじゃろう? 余は我慢の限界じゃ!」

「むっ! 止めろちびっ子!」

「貴様の言う事なぞ聞くか! このオオゲツテルが全てを食らうのじゃ!」


 ミカの静止も聞かずにテルは肉へと箸を伸ばす、だがそれは肉を掴む事は無く、突然吹いた突風のような勢いの何かに箸ごと薙ぎ払われる。


「な、なんじゃ今のは!? 爆発でもしたのか?」


 困惑するテルの目にスロウの姿が移る。


 カンカン、とトングを鳴らせるスロウは炎のゆらぎのためかオーラを発しているようにすら見える。


 いや、気のせいなどではない。


 にこにこと笑う細められたスロウの目がゆっくりと開いていく。


 それはまるで悪魔のように恐ろしい姿であった。


「いけませんわねぇ………テル様。その肉はまだ焼けておりませんよ。こちらの野菜を先にどうぞ」


 ひょい、っと皿に投げつけられた野菜は敗北者の味であった。


 それを噛みしめながらテルはミカの話を聞く。


「スロウは焼き奉行だ。火の通って無い肉は衛生的によくないという理由で食わせてくれない。そしてやたらと野菜ばかり渡してくる。私はレアで食いたいんだ。炭を食いたいんじゃないんだよ」

「むむむ、余は胃があまり大きくない。これでは野菜だけでお腹いっぱいになってしまうぞ」

「だが、スロウは強い。私一人でもお前一人でも太刀打ちする事はできないだろう」

「つまり、共闘しろと?」


 こくりとミカは頷く。それをテルは鼻で笑う。


「愚か者め、人は容易く裏切るぞ。こんな状況で協力などできるはずがない」

「私はあくまでお姉さんだから裏切らないさ。やるのか? やらないのか?」

「………ふん、せいぜい余の糧となってもらうぞ」

「交渉成立だな」


 二人は強大なる“敵”を見据え、構えを取る。


 じりじりと距離を詰めながらそこにある栄光を勝ち取るためにしのぎを削る。


「さっきのヤツの攻撃、とてもトングの出せる威力では無かった。一体どんな小細工がされているのじゃ?」

「スロウは己の特殊能力により装備した武器が全てDランク相当の伝説武器と同じになるんだ。下手するとひのきの棒でりゅうおう倒すぜ、アイツは」

「なんと! それではこんな貧弱な割り箸では太刀打ちできんぞ!」


「それは問題ない。すでに割り箸にはエンチャントが成されている。その名も“スーパー無窮の永劫なる無敵の屈する事の無い聖なるイチロー風マクスウェルの不思議なウルトラ伝説級のアルティメット最強エキサイティン3Dハイパーカオティック這い寄る異能生命体の”割り箸だ」


「なんと! 途中意味の分からない単語が多々見えたが中々強そうであるな! その………スーパーの割り箸? とやらは」

「そうだ、スーパーの割り箸は伊達じゃない!」

「やるぞ無駄乳! このスーパーの割り箸の力を見せてやるのじゃ!」


 士気を高め正面から二人は突っ込んでいく。


 だが、それは完璧なる騎士スロウを侮っているとしか言いようが無い。


 策略も何も無しに正面から打ち破れるほど安易な相手ではないのだ。


 考えの浅さを咎めるかのようにスロウのトングは割り箸を噛みちぎる。


「ぬわぁぁぁぁぁ! 余の割り箸がぁぁぁぁぁ!?」

「落ちつけ、こんな事もあろうかと予備はたくさん用意してある。しかも全部エンチャント済みだ」

「そんな暇があるのならもっと頑丈な物にエンチャントをすれば良かったんじゃ…………」


 ふぅとミカは肩をすくめてため息をつく。


「おいおいマーシュ、分かってねぇなぁ、分かってねぇよ。バーベキューって言ったら割り箸と紙皿だろ?」

「そうじゃぞ。これだから世間知らずの王子というものは……………」


 さも当然という態度の二人にマーシュは困惑を隠せない。


「え? 僕変な事言いました? え? え?」

「王子、野菜をどうぞ」

「あ、どうもすいません。………僕っておかしいのかなぁ?」


 自らの思考について悩むマーシュをよそに二人は次なる攻撃の準備をする。


 正面からの突破は例え二人がかりでも無理だと分かったので今度は搦め手で挑むつもりだ。


 テルは両利き二刀流の使い手であるため、二膳の箸を同時に使用することができる。


 そしてミカはその身に宿る圧倒的なパワーとスロウにより鍛え上げられた剣術の融合により通常の倍速で動くとも言われる高速戦闘を可能とする。


 いくらスロウは強くとも所詮は一人であるとして、数で押すつもりなのだ。


 相手の弱点を付く攻撃を実行に移すには策の有効性と引き換えにいささかの罪悪感を持つものだが、今の二人にそんな情緒は存在しなかった。


 人間とて所詮は獣。空腹の獣に理屈など通用するはずがない。


「求めよ、されば与えられん!」

「ヒャッハー! 焼き肉だぁ!」


 再び頂きに挑む二人は凶暴だ。その圧倒的な暴力には流石のスロウも立ち向かうことは難しいだろう。


 少しずつだが押している事にミカはにやりと笑みを浮かべるが、同じくスロウも笑い、隠された力をほんの少しだけ解放する。


「な………! もうひとつのトングじゃと!? 貴様、食う事を捨ててまで焼く事に命をかけているのか!?」

「それくらいの覚悟が無くては焼き奉行は名乗れませんわ」

「こやつ………そこいらのエセ奉行とは格が違う!」


 二刀流返しによりミカ達は再び退けられる。だが、その奮闘を称えるようによく焼けた肉が投げ渡されるが二人の顔は浮かなかった。


「与えられた肉を貪ることに何の意味があるというのだ! …………まあ、貰ったからには取りあえず食うが」

「もぐもぐ………。しかし、ここで婆流淡(バルタン)の構えが出てくるとはな。これで攻略は一層難しくなったぞ」

「知っているのか、無駄乳!」

「ああ。かつて光の巨人を苦しめたと言われる婆流淡(バルタン)の構え。二本のハサミから繰り出されるビームは凄まじい破壊力を誇るという」

「ビーム!? こやつ、ビームが出るのか!?」

「心配しなくても直進しかしないから見てから避けられるって。ほら、ぼさっとしてると当たるぜ」

「そういう事を言っているのでは…………うわ!」


 二本のトングから横に長い風船のようなビームが連続して放たれる。


 ミカは華麗にかわすが、慣れていないテルは熱い砂浜に素足で踏み込んだかのように無様なダンスを踊る。


 なんとか岩陰に逃げ込んだテルはふぅと息を吐く。


「これはもはやバーベキューではない………戦争じゃ!」

「何を今さら………初めっから戦争(パーティー)だって言ってたろ?」

「こうなったら最終攻勢を仕掛けるぞ。覚悟は良いな?」

「ああ。でもちょっと待って、今渡された肉を食ってからだ。もぐもぐ」

「早くしろ! ………もぐもぐもぐ」


 走り出したテルはビームを交わしながらスロウの注意を引きつける。


 そしてこれみよがしに空中へと高く飛び上がる。


 それにより一瞬ミカより視線を離さなければならなくなったスロウに隙が生まれる。


 そこに踏み込んだミカはスロウの薙ぎ払いを伏せてかわすとそのまま地面に拳をぶつけバーベキューセットごと焼き肉を打ち上げる。


「手先の早さ比べといこうぜ、スロウ!」

「くっ………これでは!」


 スロウの強さは超人的な体運びにある。


 ろくに身動きのできない空中ではその力は半減する。


 だが、それでも意地があるのか空中へと飛び上がりミカとテルを相手に鋼鉄のラッシュを繰り出す。


 だが、奮闘もむなしく三人が地上に降りて来た時、盤上には肉の欠片一つ残ってはいなかった。


「焼き奉行の私が負けるとは………強くなりましたわね、我が悪魔」

「お前との戦いが私を強くしたのさ」

「守り切れなかった者に(クニ)を支配する資格はありません。今宵は好きに焼くといいですわ」

「スロウ…………」


 静かにおかれたトングは何とも言えない哀愁を漂わせていた。


 だが、平和とは常に何かの犠牲無しには成し得ないものなのだ。


 ミカはその痛みを心に刻み込みながら肉を焼くのだった。


「また、やろうぜ」

「ンククク…………今度は負けませんわ」


 熱くお互いをたたえ合う二人を見てマーシュは少し羨ましくなった。


「いいですよね…………ああいうの、少し憧れちゃいますよ。…………って僕の肉ぅ!」

「はっーはっはっはー! 早い者勝ちじゃあ!」


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