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うるさい、無駄乳!

 その時、ミカの軽口を遮るようにモンスターが現れる。


 腰布一丁の姿と珍妙な見た目からするにゴブリンのようだ。数は四、五匹といった所か。


 武器は剣と楯、そしてつるはしの組み合わせのみで飛び道具を持つものはいない。初心者でも相手をするのはそう難しくは無いパーティである。


「我が悪魔。私は後ろで見ていてあげますわ、存分に剣を振るいなさいな」

「なら、マーシュを手伝ってやってくれ。………さて熟練度稼ぎと洒落こみますか」


 指輪を剣に変え、ミカは前に出る。スロウは初めての戦闘に戸惑うマーシュに優しく指南する。


「恐れる必要はありませんわ。彼らはダンジョンの生みだしたガーディアン、言わば幻影。実際の生物とは違い、貴金属を核として形成されたモンスターなのです。さあ、あなたも戦いなさい。魔本の15ページを開き、そこのメモを読みとるのです」

「は、はい!」


 マーシュは命じられるままに本を開き、その注釈を読み取る。そこには『炎の魔法』と書かれていた。


「プロメテウスより与えられし炎の力は時に世界を照らし、時に敵を打ち滅ぼす業火となる。敵に炎の塊を投げつける魔法『ファイヤーキャスト』。本を持つ手とは逆の手の平に展開される魔法陣から出ますの。追尾はしませんから良く狙いなさい」


「ウェイルゾートアード、ザグジーグカイル、ヨーライルソー………『ファイヤーキャスト』!」


 展開された魔法陣から拳大の火球が凄まじい勢いで飛び出す。


 同時に反動もかなりの物で飛ばされかけたマーシュは踏ん張ろうとするものの結局尻餅をつく。しかし攻撃は確かに命中し、ゴブリンの一体を元の貴金属へと変化させた。


「ヒュー、やるねぇ。こりゃお姉さんも負けてられないな」


 マーシュの攻撃を見るために手を抜いていたミカは少し力を出す。すると草でも刈るような軽い調子であっという間に残りのゴブリンを片付けてしまった。


「ざっとこんなもんかな? どうだいスロウ、私もなかなか上手いもんだろ?」


 スロウは苦笑を漏らす。


「見物人が居るからとカッコつけすぎですわ。常に正しいフォームを心がけてくださいな」

「ちぇっ、手厳しい」


 剣をしまったミカは倒れているマーシュに手を差し出す。


「立てるか?」

「はい、ありがとうございます」


 起き上がったマーシュは軽く汚れを払うと、自分が倒したモンスターの欠片を拾い、手に持ってじっと眺めた。


「綺麗なものですね」

「仮にも生命の核となるものさ、その輝きは美しい。貨幣価値もあるがそれは記念にとっておけ。仮初とは言え、命を奪う事の重みを忘れないようにな」


 残りをミカが回収し終えると共に一同は先へと進む。


 途中ミカは何度もトラップを解除し、スロウはマップメイカーにその特性を書きこむ。


 ある程度情報を入力するとトラップの位置を装置が予想してくれるのだ。と言っても的中率はほどほどなので参考程度に収めておくのが正しい使い方だろう。


 適度に休憩を挟み、疲労が蓄積しないように進んでいく。

 

 常に精神を張り詰めているために疲労に気付きにくいのは冒険者にありがちな事だ。


 閉所による精神の圧迫、空気の悪さからくる肉体へのダメージ。


 熟達した冒険者は疲れていなくても一定周期で休憩を取る。いかなる剣技も魔法も体力無しでは意味が無いと知っているからだ。


「ふぅ……………」

「どうしたマーシュ、疲れたか?」

「あっ、いえ。そういうわけでは…………」

「無理はするものではないですわよ。何事にも余裕が必要ですわ。切羽詰まると良い事がありませんもの」


 たしなめられたマーシュは申し訳なさそうに言う。


「すみません………。女性の御二方(おふたがた)がまだ全然平気そうだというのに、荷物も持っていない僕がこんな調子で……………」

「仮にも冒険者ですからね。体力が違うのは仕方ありませんわ。………我が悪魔、何を笑っていらっしゃるんですの?」

「ふっ、女性………ね。なんだかお姉さんの悪戯心がワクワクしてきちゃったよ」

「ンククク………口は災いの元ですわよ、我が悪魔」


 二人は怪しげな笑みを浮かべると激しい火花を散らす、マーシュはその意味を理解できずに首を傾げる。


 しばらくそうしていた後、素に戻るとミカはくんくんと鼻を鳴らす。


「次の階層まではそこまで遠くないようだな。とりあえずそこまで行って今日は終わりに……………」

「きゃあああああ!」


 その時、近くから悲鳴が響いた。


 スロウと顔を見合わせたミカは頷くと共にマーシュの何倍もの速度で走り出す。


 一つ下の階層は闘技場のような開けた場所であり、そこには二刀流の長い髪を後ろに縛った小さな少女が巨大な化け物と対峙していた。


「ミノタウロス!? いや、それよりも………!」


 そこに居る少女は本来なら存在するはずの無いパーティ、つまりは『未確認(ミッシング)』だった。


一体何の目的があってこのダンジョンに居るのかは分からないが、冒険者は極力『未確認(ミッシング)』に関わってはいけないとされる。


賊と戯れるものも賊と同じであるからだ。しかし、このような緊急事態では手を貸さないわけにはいかなかった。


「おい、そこの! 私が惹きつけといてやるからさっさと逃げろ!」


 ちらっ、とミカを一瞥した髪を縛った少女は何事も無かったかのようにモンスターに視線を戻す。


「聞こえているのか? 聞こえているなら返事を…………」


 鋭い声が少女から響く。


「うるさい、無駄乳!」

「…………は?」


 きょとんとするミカに続けて少女は言う。


「お前のような脳にいく栄養が胸にいっているようなヤツに助けられたくないわ!」

「なんだとこのガキィ!?」


 その時、マーシュと共にその走りに合わせていたスロウが到着した。


「あれはミノタウロス? 我が悪魔、知らせに無いパーティですが見たところ苦戦しているようです。早く救援を」


 ふてくされたようにミカは言う。


「やだ! お姉さんあのガキ助けたくない。このナイスバディをバカにしてくるんだもん」

「何があったのかは知りませんが、そんな事言っている場合じゃありませんわ! それに相手は子どもですのよ、ムキになってどうするのですの」


 その言葉にカチンと来た様子の少女は言う。


「誰が子どもだ、この年増!」

「と、とし…………!」


 怒りで顔をひきつらせたスロウはごほん、と咳払いをするとにっこりと笑顔で言う。


「帰りましょうか、我が悪魔」

「ちょっ、スロウさん!?」


 つーんとした様子でスロウは言う。


「だってあの子、生意気なんですもの」


 すっかり機嫌を悪くした二人を見て、頼りにする事はできないと悟ったマーシュは自分だけでもなんとかしようと少女に呼びかける。


「僕が魔法で援護します。その間に退避を」

「うるさい、女顔! お前みたいななよなよしたヤツは見ているだけで吐き気がする!」


 少女の言葉がぐさりとマーシュの心に突き刺さる。


「け、結構気にしている事を。………どうせ僕は女顔の気持ち悪いヤツですよ、全く!」


 ヤケクソ気味に詠唱を開始し、モンスターに照準を合わせる。


「ウェイルゾートアード、ザグジーグカイル、ヨーライルソー………『ファイヤーキャスト』!」


 マーシュは反動を予測し、身構えていたお陰で先ほどの二の舞は避けられた。


打ち出された炎の塊はミノタウロスの巨体を怯ませるほどの衝撃を生む。その隙に少女はどこかへと逃げ出した。


「礼は言わないからな、女顔」

「あっ、待ってください!」


 後を追いかけようとしたマーシュの前に標的を変えたミノタウロスが襲いかかる。


再び魔法を詠唱しようとするが慌ててしまって上手くいかない。


恐怖のあまり思わず身を縮こまらせて目を閉じる。だが、次の瞬間には二つの太刀筋によってミノタウロスはただの金属へとなり果てていた。


「――――やれやれだな、追いかけるか? スロウ」


 剣を元の指輪に戻したミカにひのきの棒を背中に差したスロウが答える。


「止めておきましょう。疲労のある状態で新しい階層を探索するのは得策ではありません。今日の所は帰りましょう」

「そうだな。アイツはムカつくがおそらくまた会う事になるだろう。なんとなくだが、そんな気がするんだ」


 ミカはダンジョンに入った時と同じように扉を出し、三人はそれを通ってすでに日の暮れた外へと帰っていった。


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