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世界を救ってやるぞ!

 薄暗い通路を抜けると怪しげな光に囲まれた部屋が現れた。


 高い場所にある祭壇に立っているのは『苺の悪魔』のベリだ。


 その配下の悪魔達と対峙するように居るのはスロウ達だった。


 息は荒く、苦戦しているのは明白だったがミカの苺のおかげか出血の跡こそ服に残っているものの傷と呼べるような物はまるで無いようだった。


 ミカの姿を見たスロウは安堵したように息を吐いた。


「遅いですわ、我が悪魔」

「わるいわるい、こっちも苦戦しちゃってさ」

「絶対嘘じゃ」


 ミカの姿を見たベリは言う。


「偽物め、今更来ても遅いベリ。儀式はもう最終段階。そこで邪竜が復活するのを特等席で見て居るがいいベリ」

「ふーん…………」


 ぱっ、とミカの姿が消えた。


「特等席って言うとここくらいか?」

「なっ!?」


 気づく間もなく目の前に現れたミカにベリは驚きのあまり言葉を失う。


「ベリ!」


 ゲシュロトの言葉で正気を取り戻したベリは手の先に電撃を集めて剣として斬りつけるが、実体を持たないはずのそれはミカにより容易く掴まれる。


「この!」

「おいおい、やめとけ」


 ゲシュロトがハルバードを振りかざしてミカを狙う。


 だが、それが受け止められた瞬間、ベリの電気が通電して激しいショックが全身を襲った。


「あばばばばば!」

「だから言ったのに…………」


 ベリはミカの圧倒的な力の前に焦ったように叫ぶ。


「おい、忍者! 何とかするベリ! 聞いているのかベリ!?」

「……………………」


 魔影はベリをあざ笑うかのように一瞥すると無視して祭壇へと向かった。


「間抜けなお前らに付き合ってやるのもこれまでだ。ここからは俺の好きにやらせてもらうぜ」

「くぅ! 悪魔してやった恩を忘れたベリか!?」

「馬鹿が! 裏切りこそが悪魔ってヤツだろう!?」


 魔影が石の台の宝玉を取り、天をかざすと地面に刻まれた陣が妖しく光りだした。


「まずい! このままでは邪竜が!」

「ゲシュロト! あの裏切り者を殺すベリ!」

「し、痺れちゃって、む、むーりぃー…………」


 陣から溢れ出した力が周囲の壁や天井を吹き飛ばしていく。


 更地になった大地が割れるとそこから勢いよく翼を持つ怪物が飛び出してきた。


 翼が天を遮り、暗黒の世界をもたらした。


 それは他の全ての生物にとって倒さなければならない敵である事を意味していた。


 そして、人間という物がこれほど小さい生き物だったのかを分からせるかのようにそれは地面に降り立つと咆哮を発した。


「GAAAAAAAAAA!」

「これが…………邪竜!」


 圧倒されている人間達を楽し気に眺めると魔影は視線を悪魔達に移した。


「まずはお前らからだ」


 ベリはミカから離れるとゲシュロトを犯していた電流の魔法を吸い取り痺れを治した。


「ふん、邪竜のコントロールを得たからといって調子に乗るなベリ。ゲシュロト、シャキッとするベリ!」

「ううっ……悪魔使い荒すぎなんだけど」


 ベリは宙へと浮かび上がり、手を天にかざすとそこに電気を集め始めた。


 その隙を補うかのように飛び出したゲシュロトがハルバードを振るう。


「はっ!」


 だが、悪魔の力を持ってしてもそれは鱗を少し削った程度で骨どころか肉にすら到達しない。


 その頑丈さに驚愕している時間も無く、ゲシュロトは邪竜の手に弾き飛ばされて壁の中に沈む。


「きゃああああ!」

「ゲシュロト! ……ちっ! このベリにとっては邪竜など取るに足らない存在である事を分からせてやるベリ!」


 ミカに投げつけた時よりも巨大な電気の球をベリは解き放った。


 それは押しつぶすかのように邪竜へと直撃する。


「ふっ、所詮は畜生、このベリ相手に勝てるはずが………………なっ!?」

「GAAAAAAAAAA!」


 電撃を突き抜けてベリの所まで到達するとまるで虫を潰すかのように地面へと叩きつけた。


「がはっ…………!」


 二体の悪魔を一蹴した邪竜を見て魔影はまるで自らがこの世の王であるかのような不敵な笑みを浮かべた。そして、その流れで今度は人間達を処理しようと視線を向けるが、刹那踏み込んだ鎧武者が斬りつける。

()ァ!」

「ちぃ…………」


 魔影は宝玉をかざし、邪竜に命令を出す。


「うぜぇんだよ! ジジイが!」


(……ここですわ!)


 頭に血が昇って読みやすい行動になった所を好機と見たスロウは自らの黒い剣に力を集中し、突き出すように解き放った。


魔剣(アロンダイト)白鳥湖(オデット)』」


 繰り出された剣技はまるで白鳥のように空を駆け、遥か離れた魔影の手首が羽ばたきと共にその握られた宝玉と共に宙を舞った。


 だが、当人はそれに気づかない。痛みよりも早く斬りつけられたのだから、認識するにはもう少し時間が必要だった。


 骸羅が邪竜に殴り飛ばされた瞬間、追いついた痛みに襲われて魔影は苦しみの声をあげた。


「お、俺の! 俺の手がぁ!?」

「へっ、ざまあみろですの」


 スロウが小馬鹿にしたように笑うと魔影は怒りで我を忘れたように叫んだ。


「よくも俺をコケにしやがったな! 許さねぇ!」

「あれは……!」


 その時、不意に暗くなった事を不思議に思った魔影は背後を振り返った。


「あっ?」


 それが断末魔だった。頭から噛みつかれた魔影は紙切れのように引き裂かれ、抵抗する事もできずに肉塊へと変わった。


「なんと無様な…………。手綱を放した途端に食われたか」

「ミカさん、宝玉を!」

「分かってる」


 邪竜の先にある宝玉を目指し暴走する嵐へと踏み込む。


 ミカが通り抜けるための隙を窺っていると飛び込んだスロウとテルが援護する。


「我が悪魔!」

「頼むぞ、無駄乳!」

「ああ」


 走り出すとそれに気づいた邪竜が阻止するように口からブレスを吐こうとした。


 ミカは仲間を庇うように立ち止まるが、マーシュが放った細い水の針が邪竜の目を貫き、その動きを止める。


「ミカさん! お願いします!」

「こういう時ばっかり私なんだもんなぁ」


 滑りこむようにミカがスライディングで宝玉を回収する。


 それを見た仲間達はぐっとガッツポーズをした。


「流石ですわ!」

「ふう、冷や冷やさせおって」


 宝玉があれば邪竜を制御できる。これで全てが解決したかに見えた。


 だが、


「……駄目だ」

「駄目? 何が駄目なんじゃ?」

「まさか…………!」


 手の平のそれを見せつけるようにミカは言った。


「割れてる」


 言葉の意味を悟った瞬間、邪竜は地を裂くような咆哮を発した。


 禍々しきその姿を見て、骸羅は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「姫、逃げよ」

「賊に気遣われるほど余は落ちぶれては…………いや、お前は」


 テルが倒れている鎧武者の面を外すと驚いたように言った。


(おきな)ではないか! 何故、こんな事を?」

「誰ですか?」

「余の剣術の指南役だ」

「なるほどね。どうりで「姫はどうした」なんて聞いてくるわけだ」


 骸羅は語る。


「我は元より一介の修羅に過ぎぬ。それが戯れで束の間人の真似事をしていただけだ」

「戯れじゃと? なら、何故ここまで余の事を気に掛けてくれた? それはお前が余との日々を大切に思っていたからではないのか?」

「……………………ふっ」


 骸羅は笑った。


「ははは、ハハハハハハ!」

「なぜ…………笑う?」


「我がそのような温い言葉をかけてもらうためにお前を鍛え上げたのだと勘違いしているのが滑稽に思えてな。この世に生まれいずる時より、我が目的は一つ。人を斬り、魔を斬り、竜を斬る、ただそれだけよ。お前はそのための器に過ぎぬ」


「余が器じゃと?」


「そうだ。我にとってはこの肉も骨も魂も己を規定するには脆過ぎる。不老不死などという悪魔の囁きに耳を貸した所で滅びは避けられぬ。だが、受け継ぐ事により新たに織り直せば話は別よ。見よ、お前の体に染みついた我が殺戮の記憶を。その一挙一動こそが我よ。例え、この肉体が塵と消えようともその技巧が絶えぬ限り、我は不滅も同じ。殺戮姫よ、お前には見えるだろう? いつかこの世の狭間に消えゆく時まで死合いを続ける我の姿が!」


「翁…………」


 テルは何故骸羅が悪魔にならなかったのか理解した。


 悪魔を超えるほど狂気、そんなものを持つ存在は果たして人間だと言えるのだろうか?

 

 立ち上がった骸羅は落ちていた刀を拾い、再び邪竜へと向かって歩き出した。


「今の内に逃げるがよい。我も長くは持たん」

「駄目じゃ、翁! 死ぬぞ!」

「この世に生まれながら死せぬ者があるものか。戦いの中で散り行くなら本望よ」


 臆することなく邪竜へと向き合い、集中する。そして刹那、爆発するかのような勢いで斬りかかった。


「消えいぃぃぃぃぃぃ!」


 巨体に似合わぬ体捌きで邪竜を翻弄するが、攻撃が効いていない以上ジリ貧だろう。


 テルはこらえきれなくなったかのようにミカに言う。


「余を食え! さすればあの邪竜を討ち滅ぼしてくれるのじゃろう!?」

「テル様…………」

「奴は狂っておる。しかし、恩師である事に違いはない。どうせ余が死ぬ事が避けられぬなら、死なずに済む命くらい救ってやりたいのだ」


 スロウとマーシュは顔を見合わせて頷いた。


「我が悪魔、私の命をお使いくださいですの」

「僕もお願いします。全てが手遅れになる前に」

「……………………」


 ミカは目を伏せて申し訳なさそうに告げた。


「無理だ」

「どうしてじゃ!? この期に及んで何を躊躇う必要がある?」


「私だってお前らの決意が分からないわけじゃないさ。でも、それじゃ勝てない。見ろ、あの邪竜を。飛べばどこへだって行けるのにこうやって戦いに付き合ってる。それは私を怖れているからだ。私がお前らを食えば邪竜を倒せる程の物凄いパワーが一時的に出るだろう。でも、そうしたら奴はすぐさま空高く逃げてそれが収まってから地上を滅ぼす。私はそうさせないために力を隠していたつもりだったが、宝玉を取るための一瞬力を出したせいでどうやら見切られたようだぜ」


「そんな…………」


 絶望するマーシュをさらにどん底へと突き落とすかのように邪竜が炎のブレスを吐き出す。


 その地獄のような息吹は近くに居た骸羅は言わずもがな、遠くに居たミカ達でさえまともに立って居られないほどの熱と衝撃を叩きつけて来た。


「くっ!」


 嵐のようなブレスが止むとマーシュは辺りに倒れているテルとスロウ、そして自らを庇ってくれたミカに気がついた。


「大丈夫か? マーシュ…………」

「ミカさん、どうして?」


 傷ついたミカは儚げな表情で聞いた。


「マーシュ、お前は本当に私に食われてくれるのか?」


 どうして自分を守ってくれたのかを悟ると迷わずにマーシュは答えた。


「はい、僕を食べてください」

「…………そっか」


 ミカは曖昧な笑みを浮かべると次の瞬間にはそれを取り払い、怒りの形相で叫んだ。


「馬鹿野郎!」

「は!?」


 謂れのない罵倒にマーシュが困惑しているとミカは吐き出すように言った。


「なにが「僕を食べてください」だよ、諦めてんじゃねぇ。死んだらそこで終わりなんだぞ、地獄なんて人の頭の中にしかありゃしないんだ、今戦わなくていつ戦うんだよ。私はそんな弱気な台詞を聞くためにお前にその本を与えたんじゃない。お前に『人間』になってほしいから与えたんだ」


「人間に…………?」


「お前はこの旅で見てきたはずだ。奪う事しかできない人間や悪魔の姿を。悪魔は奪う事しかできない生き物だ。与えられるばかりでまだ何も返していないお前はそれと何が違うっていうんだ? 何もできないからって自分を捧げる事が与える事だとでもいうのか? 馬鹿言うな、それは奪われる側に回っただけだぜ。お前はもう分かっているはずだ、なにをどうしたらいいのか。お前が本当に人間だというのなら、私に与えてみせろ。奪う事すら考えられないほどに私へ与え返してみせろ!」


「!」


 マーシュは何故ミカが悪魔を自称するのかを理解した。


 それは人間離れした力を持つからでも、気が触れているからでもない。


 誰にも与えられなければ奪う事しかできないからだ。そして、そんな生き方は悪魔と同じだからだ。


 その呪縛を解き、悪魔から人間にするためには与えなければならない。


 ミカが与えてきたように今度はミカへと与え返さなければならない。


 マーシュは己の中に力を起こし、手の中に何かを作り出そうとした。


 四つの魔法を調和させるのは困難だ。何度も失敗し、その度に痛みを感じ、傷ついていった。


 それでも止める事は無かった。自らがどうせ死ぬからではない。


 ミカの痛みを知り、それを取り去らなければならないと思ったからだ。


 それが人間である事の証明だからだ。


「ミカさん、僕はあなたのように強くも格好良くも無い。けど、あなたは僕と同じ人間なんだ。他の誰かが違うって言っても、僕はそれを信じる。僕があなたを人間にしてみせる!」


 輝きが手の中で収束し、それは赤い果実へと変化した。己の起こした奇跡に信じられないという顔をするマーシュにミカは不敵に笑って言った。


「そいつを寄越せ! 世界を救ってやるぞ!」

「…………!」

 投げるように渡すとすでに体力も精神も限界に来ていたマーシュは崩れ落ちるように倒れた。


 薄れゆく意識の中、混濁した頭でミカが邪竜を超えた大きさの怪物へと変化していくのを見たような気がしたが、それを判断する意思も記憶に留めるだけの力も残ってはいなかった。



「くぅ……ひどい目にあったベリ」


 瓦礫を避けてベリが体を起こすと視界に山が映った。


 それが巨大な質量を持つ生物だと気づくのは空を飛び、上空からそれを眺めた時だった。


「あれは一体……? とても人間には見えないベリが、反応は確かに人間の物ベリ」

「あれは『カミ』よ」

「ゲシュロト、無事だったベリか」


 ベリの近くを飛ぶゲシュロトは記憶を手繰るように言葉を紡ぐ。


「この世界は初め何もない暗闇だったの。ある時、どこからかそこにやってきた食っちゃ寝悪魔『カミ』は自分で食料を生み出して食べては寝てを繰り返していたと聞くわ。やがて自分で食料を作るのも面倒臭くなって食料を生産させるための眷属として『人間』を作り出した。だけど、創造主である『カミ』に似て『人間』は我儘で強欲だったから自分達の住みよい世界をまず作ってほしいと言った。仕方なく『カミ』は『人間』が供物を捧げるたびに世界を一部分ずつ作っていったんだけど、やがて七日目くらいで割に合わないと感じたのか失踪したらしいわ。気づくの遅すぎよね」


「なるほどあれが悪魔の中でも特に有名な『カミ』なのベリね。人間どもがやたらと「悪魔よ去れ、カミに言いつけるぞ」みたいな事言ってるから名前だけは知ってるベリ」

「それにしても一体どこから現れたのかしら? 世界なんてまた作ればいいんだから、邪竜を退治するために出て来たはずもないしねぇ」

「理由なんてどうでもいいベリ。『カミ』対邪竜。こんな好カード、地獄でもそうそう見られんベリ。せいぜい楽しませてもらうとするベリ」


 魔逆の王、力の名を持つ。その姿、血の如き赤く空を覆うほどに膨大、息は木々を芽吹かせ敵を吹き飛ばす竜巻を起こし、手は軽く地平を掴み、目はこの世の全てを見通す。


「オオオオオオオオオオ!」


 万物が塵に思えるほど巨大なそれは咆哮するだけで空に黒い亀裂を走らせた。


 漆黒の線は元に戻る瞬間に不可視の刃へと変わり、邪竜へと襲い掛かる。


「GAAAAAAAAA!」


 邪竜は叫びをあげた。それは悲鳴だった。


 天敵など存在しないはずの自分に初めて現れた手も足も出ない相手。敵


 わない事を理解してなお、逃げるという選択肢が遺伝子に存在しないが故に恐怖しながらソレと向かうあう。

 爪も牙も灼熱の吐息さえもソレには通じない。慈悲も憐憫も存在しない。


 ただ無情に相手を駆除する、悪魔であるが故に。


「なんと強く美しい悪魔ベリ。人間が媚びへつらうのも分かるベリ」

「トカゲモドキが悪魔に敵うわけも無いわね。しかし、『カミ』が近くに居るとなるとちょっとやりづらいわね。無断でこの世界に居るわけだし。目を付けられても厄介だし、さっさとどこかに行きましょう」

「分かったベリ。『カミ』よ、これは借りにしておくベリ。もしどこかで会う事があったらその時は一杯奢ってやるベリ」


 戦いの結末を見届ける事なく二体の悪魔は飛び去っていった。


 まるで『カミ』が吹き飛ばした雲の中に隠されていた光を怖れるかのように。


 そして世界に静けさが戻り、光溢れた時、そこに怪物の姿はなかった。


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