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お姉さん、ビックリしちゃったよ

「ふぅ………」


 三角頭巾とエプロンをつけたマーシュは洗濯物を干すと額の汗を腕で拭った。


 その姿はまるで王子とは思えず、本当は小間使いの少年なのではないかと錯覚させるほどだが、労働の中にも隠しきれない気品があるのは流石と言った所だろうか。


 家の中で苺をむさぼるだけのミカには決して到達できない領域であると言えよう。


「ん? 今誰かに悪口を言われたような……………」


 スロウはふぅとため息をつく。


「そんな品の無い格好で何も言われない方が不自然ですわ。だらけていないで早く仕度をしてくださいまし、今日はダンジョンに行くと言ったでしょう?」


 地層のずれなどによって時折出現する古代遺跡の事を人々は俗に“ダンジョン”と呼んでいる。


 誰が何の目的でそのような施設を作ったのかはまだ解明されていないが、その内部には宝があり、一攫千金を夢見て挑む冒険者は多い。


 メリットも大きいがリスクもそれなりに大きく、中に潜む異形の生物やトラップに命を落とす者は数知れない。


 全ては自己責任であり、生きるも死ぬも勝手なのだ。冒険者にはギルドが存在し、それが国との仲介などのサポートをしてくれる。


 国に管理されているダンジョンに潜る際は事前にギルドへ申請し、それが受理される必要がある。


 この手続きを行わない者は賊として扱われ、常習犯は討伐対象となり賞金がかけられる事となる。


「準備ならできてるさ。ピクニックに行くわけじゃないんだ、何日も前から入念に準備はしている。ちょいとエネルギー補給をしていたのさ」

「ならいいのですけど。すぐには戻れないのですから、忘れ物などしないでくださいな。前に転移装置が壊れたと言った時は餓死するかと思いましたもの」

「でも、私が隠し持っていた緊急苺のお陰で助かったろ?」

「三食苺で正気を保てるほど人間は強くはありませんの。あの時ばかりはこの(わたくし)めも本気で発狂しかけましたわ。もしも納豆を隠し持っていなければ今頃この世に私は居ませんでしたの」


 しみじみとミカは語る。


「あの時の納豆………旨かったよなぁ。また食べられないかなぁ?」


 スロウは満面の笑みで言う。


「今度やったらぶっ殺しますの」

「ハハッ、冗談だよ、冗談」


 ミカの目が笑っていない事に気付いたスロウはこの飢えた獣を押さえるため一日に一度程の納豆が必要だと直感し、取りあえず今持ち合わせている分をその顔についたブラックホールにぶち込んだ。


「これでよし………!」

「もぐもぐ………いや、何がよしなんか分かんないんだけどさ。んぐんぐ………取りあえず何かやり遂げたかのような顔は止めようぜ」


 納豆を呑みこんだミカは仕事を終えて一休みしているマーシュに声をかけた。


「お前も行くか?」

「僕………ですか? 興味が無いわけではないですが危険ですし、何よりお邪魔ではないですか?」


 スロウも難色を示す。


「マーシュ王子の言う通りですわ。筋肉成分が圧倒的に不足している王子を連れていく事はあまりよろしくないかと。あと三か月もあれば私好みのメッチョメンに仕上がりますからそれまで待ちましょう」

「無駄にイイ発音止めろ。よく姿を消すと思ったらそんな事してやがったのか。預かり物なんだから変に弄るんじゃない。………あえて聞くがアレな意味で食べたりしてないよな?」


 とぼけたようにスロウは言う。


「………………今のところは」

「よし、ならこれからも食べるなよ、絶対だぞ!」

「それはフリですの?」


 突き刺すような鋭い視線をミカは送る。


「………お前のゲイ・ボウへし折ってやろうか?」

「ンククク………御冗談を。あなたができるとお思いですの?」


 二人は激しい火花を散らす。このままだと収拾がつかないと見たマーシュは無理やりその間に割り込む。


「と、とにかく僕のようなひ弱な人間ではスロウさんの言う通り足手まといですよ。洗濯物も干してしまいましたし、今回は留守番してますよ」


 ミカは淡々と告げる。


「………いや、やっぱり付いてこい、これは強制だ」

「でも………僕にできる事があるでしょうか?」


 言い聞かせるようにミカは語る。


「さあね。でも、きっとお前には戦わなくちゃいけない時が必ず来る。人はそう簡単に強くなれないんだから、できないなりにできる事を探しておいた方がいいのさ」


 物入れを漁ったミカは荘厳な装丁(そうてい)の本と共にメモの束を取りだし、マーシュに投げ渡す。


「『イゾの書』、マジックアイテムの一種だ。つけてある付箋はどんな魔法があるかを書いてある。メモの束はそれの翻訳と読み方だ。あんまり高等なもんじゃないから強力な魔法は使えないけど基礎はしっかり押さえてある。四大元素(エレメント)を使えるから結構レア物なんだぜ。普通は基本属性に加え、良くてそれの親和属性くらいしか使えないからな」


「これを僕に?」

「マジックアイテムは適正が重要だからな。なんとなくだが、そいつがお前の所に行きたがっているような気がしたんだ。きっとお前なら扱いこなせるさ」


 マーシュは喜びの笑みを浮かべた。


「はい、期待に答えられるよう頑張ってみます!」

「あー………駄目だったらすぐに言えよ。お前ってそういうの言いだせそうにないタイプに見えるからさ。あんまり気負うなよ、テキト―なくらいで人生は楽しいのさ」


 ふぅとスロウはため息をつく。


「あなたほど適当では困りものですけどね。………しかし、筋肉重視ではない魔法使いの道に進むとなると私の『ヒカルゲンジ』計画に支障がでますわね。せっかくいたいけな少年を美しくしなやかな体に育て上げておいしく頂こうと思いましたのに」

「やめろ。そういうのは私の目の届かない所でやれ」


 しれっとスロウは言った。


「すでにやっていますの」

「なんだと……………!?」


 衝撃の事実にショックを受けるミカを置いて、スロウは荷物を背負うと歩き出す。


「早く行きましょう。せっかく取った探索許可の期限が切れてしまいますわ」

「スロウの毒牙に何人ものいたいけな少年達が………! くっ、無力な私を許してくれ…………!」

「待ってください、すぐに仕度を済ませます」

「軽装でいいですわ。食糧などは私達が持っておりますので」

「ああ! どうしてこんな……………。筋肉か? 筋肉が人を狂わせるのか?」


「準備できました」

「それでは行きましょうか」

「あの………ミカさんは?」

筋肉(マッスル)世界(ワールド)ォ………。超絶的芸術(ビューティホォ)ォ…………」

「置いていきましょう。少し経てば元に戻ると思いますわ」


 そうしてスロウ達はミカを置いてダンジョンの入口までたどり着いた。


 金属質の大穴の近くには簡単な小屋があり、そこには見張りの兵士が待機している。


 見ようによっては何かのアトラクションの受付にも見えるのがシュールである。


 実際にやる事もチケット切りとあまり代わり映えしないのは何の皮肉だろうか。


 退屈のあまり何かの本を読んでいた兵士はスロウの声かけに気付くとやる気なさそうに答えた。


「探索許可証確認、冒険団『苺の悪魔』。どーぞ」

「さて………行くとしましょうか我が悪魔」

「ああ、ちょっち待て」


 途中で合流していたミカは手元の地図を入念に確認すると左手の中指にはめている指輪に念じ、目の前に扉を出現させる。


「この座標で大丈夫なはずだ。冒険団『緑茶会』の地図からすればね。あそこは実績もある確かな所だ、開けて目の前が壁って事はないだろ」

「それよりこの前みたいに左手でモンスターを殴って転移装置を壊さないでくださいな。右手の方の指輪は飾りなんですの?」


 苦笑しながらミカは右手の指輪を長剣へと変化させて軽く振るい、元に戻す。


「それを言うなよ。これでも結構気にしてるんだぜ?」

「ならば鍛錬ですわね。駄目な所はどんどん指摘してあげますから、実戦の中で熟練度をたくさん貯めるのですわ」

「やれやれ、早く達人になりたいぜ……………」


 がちゃっ、とドアノブを回したミカはダンジョンへと踏み込む。


 松明の薄暗い照明に段々と目が慣れてくると石造りの世界が姿を現す。それを見たマーシュは物語そのままの空間に圧倒されたかのように言う。


「これがダンジョンですか。なんだか凄い所ですね」

「すぐに慣れるさ。それよりお前に渡した魔本の10ページを開いて、そこに関するメモを見てくれないか?」

「分かりました。………えーっとここかな?」


 マーシュが暗い明かりの中メモを調べるとそこには『辺りを照らす魔法』と書かれていた。それを読ませた意図を理解したマーシュはたどたどしくその部分の詠唱を始める。


「アルドガルドウィスト………光あれ!」


 本が光り、辺りが外のように照らされる。光源は見当たらないのが不思議だが、これが魔法なのだとするとかえってしっくりくるようでもあった。


「へぇ、初めてなのにやるな。お前、もしかしたら才能あるかもしれないぜ」

「そうなんですか?」


 困ったようにスロウはため息をつく。


「我が悪魔、それは基礎中の基礎ですの。下手に褒めるのは関心しませんわ」

「最初は調子に乗ってるくらいでちょうどいいのさ。それが若さだ」

「ふぅ………やれやれですわ」


 手の平大の金属の板のような道具を取りだしたスロウはそれを操作すると空中に映像を映し出す。


 どうやらそれはこのダンジョンの地図のようだ。スロウが歩くと共に自動でマップが生成されていく、かなり高性能なマップメイカーだ。


(わたくし)が先導いたします。二人はその後ろに」

「そうだな。その方が王子様も安全だろう。久しぶりにトラップ談義でもするかな?」

「確かこの前は仕掛け矢に毒を塗るかどうかという話でしたわね」

「私ならNOだな。そのトラップそのもので仕留めきれないなんて美しくない。なあ、マーシュはどう思う?」

「え? 僕ですか?」


 うーん、と唸りながら考えたマーシュは自分なりの答えを出す。


「そうですね………毒はいけないかと思います。苦しいですから」

「ほー優しいんだな、王子様は」


 マーシュは当然のように言う。


「やっぱり即死させないと。できるだけ無残に殺し、後続の気力を奪います」

「おぅ!?」

「でも、戦略上からすれば適度に痛めつけて全体の機動力を奪うのもありかもしれませんね」

「ファッ!?」


 予想外のセリフにミカは驚きを隠せない。


「と、とんだ逸材が居たもんだぜ………。お姉さん、ビックリしちゃったよ」


 さわやかな笑顔でマーシュは語る。


「戦術についての知識は少しくらいなら身につけています。これでも王子ですので」

「当然ですわね。後に王になり、その一言で兵を動かす時が来るかもしれないのですから」


 これも民を導く者の責務というものなのだろう。王になるべく生まれた人間はそうなるように教育される。それは悪い事ではないが、自由人を気取るミカには少し息苦しく感じられた。


「業ってやつか。ま、『苺の悪魔』を名乗る私も似たようなものだけどな」

「あなたほどその名を軽く見ている者も他には居ないですわ。もっと深刻になられては?」

「いつも真剣だよ。どうやったらその名前が可愛くなるかってね」

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