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お前ももう寝た方が良いぞ

 その後、店が閉まるまでになんとか腹ごしらえをすませたテルは自らに割り当てられた個室で休んでいたが、どうにも寝付けずに部屋の外に出た。


 なんとなく夜の城の中を徘徊していると月明りの中庭でマーシュの姿を見つけ、近づいて声をかけた。


「そこで何をしておる?」


 何を勘違いしたのか慌てたようにマーシュは弁解する。


「ぼ、僕は決して怪しいものでは!」

「知っとるわ」


 足元に散らばる幾何学模様の書かれた紙の数々を見て察したテルはため息をついて言う。


「流石に今日くらいは休んでおいた方が良いと思うぞ」

「あはは……すいません」


 苦笑を漏らしたマーシュは言う。


「でも、ようやく四つ目の魔法が使えそうなんでそれをなんとか今日中に覚えたいんですよ」

四大元素(エレメント)じゃったな、火と風と土と水か」

「はい。後は水だけです。土は結構前に覚えていたんですけど、ダンジョン内では役目が無くって」

「まあ、変に地形をいじって崩落でもしたらたまったものではないからな。当然じゃろう」


 紙束を眺めながらマーシュは唸る。


「うーん、考え方や詠唱は合っているはずなのにどうして上手くいかないんだろう?」

「余から見た限りではお前はなまじ才能があるために本質が分かってないように感じられるな」

「本質?」

「お前は火を扱うのも風を扱うのも土を扱うのも同じにしておるのじゃ。こう、力の塊を作ってそれを爆発させる、それだけしかしておらん。水で同じ事をしても水の塊が飛んで目くらまし程度にしかならんじゃろう」


「なら、どうしたら?」

「自然を操るのではない、自然の力を操るのじゃ。それらに意思を宿らせる事を理解するのじゃ。無秩序な火を地割れのように走らせ、囚われる事の無い風をより集めて竜巻とする。土と水もまた同じ事。不動の土を兎が飛び跳ねるように隆起させるなら、柔らかな水は針のように細く鋭く流せ」

「水を針のように細く鋭く流す? どういう意味ですか?」


 テルは苛立ったように言った。


「言って分かるようなら苦労はせんわ! 見ててやるからさっさとやらんか!」

「は、はい!」


 魔本を持ったマーシュは標的の岩に向けて手の平を向けた。


 詠唱をすると周囲から水分が集まってきてそこにボールのような小さな水の球が形成される。


 マーシュが難しい表情で唸るとその球はシジミのようにぴゅうと水を漏らし、やがてしぼんで消滅した。


「て、テルさん、いかがでしょう?」

「アホ」

「そんな……ひどい!」


 テルは吠えた。


「ひどいもへちまもあるか! なんじゃ今のは! 犬の小便か!?」

「だ、だって…………」

「球の表面を全部同じにするな! 出すところ以外は竹のように硬くするのじゃ。さすれば狭い所から出ようとする圧力のかかった水が破壊力を生むであろう」

「……! 水鉄砲と同じですね!」


 気を取り直して再チャレンジをする。今度は球を握れる程度により小さく形成する。


 構えるように手を引いて、マーシュは勢いよく突き出す。


「えい!」


 すると水の球から棘のように細く鋭い水の針が飛び出し、硬い石を打ち抜いた。


 開いたのは小指の太さ程度の小さな穴だが、それは確かに貫通していた。


「で、出来た! 出来ましたよ、テルさん!」

「うむ、見れば分かる。まあ、こんなにすんなりいくとは思ってなかったがな。しかし…………」


 考え込むように黙り込んだテルはやがて口を開いて言った。


「マーシュ、少し見ろ」

「はい、なんですか?」


 テルは己の手の平からおにぎりを出した。


「余が何をしたか分かるか?」

「おにぎりを出した?」

「違う。余がどのようにしてこれを出したか、じゃ」


 マーシュは少し考えて返した。


「力を起こしてそれを循環させて増幅し、隆起させて形にして外に出した時に霧散しないように力を圧縮して出した……ですか?」

「そうじゃ。何か気づかんか?」

「……あっ! 僕の学んできた魔法の動きと同じ…………」


 テルはこくりと頷く。


「火をおこし、風を循環させ、土を隆起させ、水を圧縮する。偶然というには出来過ぎているな。奴め……まさかこの為に魔法を?」

「でも、僕はテルさんみたいに生まれつきそういう力を持っているわけではないですし、原理が分かっても真似はできないんじゃないですか?」

「分からん。そもそも同じフォーマットで多種の魔法を学ぶ事自体が稀有じゃからな」


「フォーマット? 魔法に違いがあるんですか?」

「うむ。魔導書は同じ働きをする物でも一つとして同じフォーマットの物は無い。例え、四つの書を用意してお前と同じように学んだとしてもそれらを組み合わせる事は出来ない。ただ四種の魔法を使い分けられる魔法使いになるだけじゃ。一つの書で複数の魔法を扱える物が希少なのはそのせいじゃ。仮に火と風が使える物ならそれらに加えて『火風』の三種類の魔法を使えるということじゃからな」

「へー、そうなんですか。テルさんって物知りなんですね」


 テルは偉そうに胸を張っていった。


「余は東方の賢者と呼ばれる者ぞ。当然じゃ」

「となるとこの本の見かけは四属性ですけど組み合わせるとかなりの数の魔法が使えるという事ですね」

「理論的にはな。それが出来る人間がこの世にいくつ居るか……。余とて複数の組み合わせは米を出す事以外には一切使えん。それほどに困難な事なのじゃ。四つを組み合わせるなどと無謀な事を考えるよりも、まずは各魔法をしっかり使えるようにせんとな」


 そう言ってテルはあくびを漏らした。


「余はもう寝る。お前ももう寝た方が良いぞ」

「はい、おやすみなさい」

「うむ」


 テルを見送ったマーシュは散らばっていた紙を片づけると空を見上げた。


 すぐにでも戦いが始まろうとしているのにそれが嘘のように静かで、明日自分が死んでも変わらないのだろうと思うと少し悲しくて、テル達が何故破滅を願うのかが分かるような気がした。


 しかし、ミカに破滅を願っているなどと言ったら笑われるだろうとも感じて、マーシュは苦笑を漏らした。

「ふわっ……流石にもう寝ないと」


 あくびをして独りごちたマーシュは自分の部屋へと戻っていった。

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