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食料なんだよね

 こくりと頷いた一同は駆け足で城に戻り、オスカーに謁見した。


 ミカ達から話を聞いたオスカーは先ほどの騒ぎの報告をすでに受けていたらしく、手早く兵士へと敵襲に備えるよう命令を出した。


「悪魔を退けるとは流石はミカだ。もっとも誰が相手でもお前が負けるとは思えないが。しかし、ロックホークがそのような事になっていたとはな。これは少々まずいかもしれん」

「どうしてですか?」

「あの不毛の地に何故国があるかを知っておるか? あそこには邪悪なる巨竜が封印されているのだ。それを管理する為に国がある」


「なるほどのう、あの悪魔が言っていた封印や儀式というのはそれを解放するための物か」

「もし、邪竜が蘇ればこの大陸は滅びるだろう。こちらとてなんとかそれを防ぎたいとは思っているが、あいにくと国を守るので精いっぱい。どこかに邪竜退治を志願してくれるような強く勇ましい人間はおらんかのう…………」


 ちらちらと自分を見てくるオスカーにミカはため息をついて返す。


「……わーったよ。やればいいんだろ? やれば」

「おお! 流石はミカだ。なにか必要な物があればできる限り工面するぞ」

「じゃあ、『アレ』貸してくれ。流石に悪魔の根城となっているロックホークに陸路で行くのは無謀だ」


 にやりとオスカーは笑う。


「ほぅ、『アレ』か。相変わらず目ざとい奴だ。お前の頼みで無かったら例え脅されても渡しはしないモノだぞ。しかし、良いのか? 『アレ』を使うとなると必然的に少数で行くことになるだろう。いくらお前でも厳しい戦いになると思うが?」

「仕方ないだろ。今からメンバーを集っても間に合わん。足並みを揃える時間も無いなら、このパーティーで行くしかない」

「うむ、分かった。明日の敵襲までには『アレ』の準備を済ませる。それまでお前達は英気を養っていると良いだろう」


 オスカーとの話を終え、ミカ達は謁見の間を後にして部屋に戻った。


 突然湧いて出た邪竜退治という大事に一同は困惑を隠せないようであった。


 各自、何か言葉を紡ごうとして口を閉じるという事を繰り返していたが初めにそれが形になったのはスロウだった。


「邪竜退治とは中々の難題を引き受けましたわね。流石の私でもいささか無謀に思えますわ」

「他に出来るヤツも居ないからな。それともいっそどこか遠くまで逃げてみるか? ――なあ、お前らはどうだ?」


 問われたテルは当然のように返した。


「逃げる? 馬鹿を言うな、余を(たばか)ったうつけ者どもの首を取るまでは枕を高くして眠れるものか」

「僕もテルさんと同じ意見です。あの悪魔たちを倒さない限り悲劇は繰り返されます。それを防ぐためにはいくら相手が強大でも逃げるわけにはいかないんです」


 うんうん、と頷いてミカは言う。


「なるほどねぇ。ま、予想していた通りの答えか」

「引っかかる言い方じゃな」

「いやぁ別に。私の立場からすれば仲間の絆に超感激、俺達の友情は絶対だぜって感じだけど、もし私が第三者的立場なら「お前達は逃げるべきだ」と言うだろうからさ」

「……何故ですか?」


 ミカは語る。


「追われ続けてようやく安全な場所に来られたんだ。わざわざ危険な場所に向かうなんて馬鹿げてるだろ? それに邪竜の封印にはお前らが関係しているんだ、下手をすれば何もしない事よりも悪い展開になりかねない」

「じゃが、相手はやすやすと人間の街へと侵入できるほどに狡猾な悪魔じゃ。逃げ続けられるとは到底思えん。それとも奴らの国が滅びるまでお前が守ってくれるとでもいうのか? 一介の冒険者にそこまでの甲斐性と義理があるとは思えんがな」


「だとしてもお前らが戦う理由にはならないぜ。そりゃ駆け出しの冒険者よりは役に立つだろうが、悪魔相手にはどんぐりの背比べだ。はっきり言って無謀だぜ」

「確かにそうじゃが……マーシュとてこのまま引き下がれぬよな?」

「………………」

「マーシュ?」


 静かに考え込んでいたマーシュは口を開く。


「どうしてミカさんの立場なら「逃げろ」とは言わないんですか?」

「ほぅ……」


 テルは理解ができずに首をかしげる。


「なんの事じゃ?」

「僕の考えるミカさんは役に立たない仲間を一緒に連れていくほど愚かな人ではないです。僕達の身を案じているだけならどの立場でも意見は同じになるはず。それが違う理由を教えてください」


 にやっと意地の悪い笑みでミカは語る。


「中々鋭いじゃない、ここまで理解してもらえてるとお姉さん嬉しくなっちゃう。そう、確かにお前達は悪魔にはかなわない。でも、そこらの冒険者と違ってしばらく私と行動していたってのがミソだ」

「それに何の意味があるというのじゃ」

「苺、食べたでしょ。最近妙に傷の治りが早かったりしない?」


 言わんとしている事を悟ったテルは苦い顔で言う。


「貴様……そんなものを余たちに食わせておったのか。悪魔よりも先に殺さなければならん奴が見つかったようじゃな」

「いやいや、そんな危険な物じゃないって。副作用無いし、ちょっと体が強くなる程度だから。私なんて常用してるけど、どこも変な所ないだろ?」


 マーシュは困惑したように言った。


「……ミカさんのでたらめな強さの理由が分かったような気がします」

「というか食べるだけであれほど強くなれるなど明らかに危険薬物じゃろ。こやつは馬鹿だからあてにならん…………スロウ、どこか体に異常は無いか?」

「今の所、牙や角が生えるような事は無いようですわ。強いて言うなら怪我してももの凄い勢いで再生するくらいですわね。多量摂取した後は一定期間苺を摂取していないと無性にイライラするくらいでしょうか」

「それを大丈夫とは言わんじゃろ…………」


 テルはため息をついて言う。


「確かに再生能力があるなら肉壁としてはそこらの冒険者よりは使えるか。絆とか友情とかうそぶきながら盾にされているのは激しくムカつくがな」

「そういう扱いを我慢できるなら付いてくれば? まあ、私はどっちでもいいけど」

「くっ、なんと卑劣な。しかし逃げるなど言語道断、行くしかないか…………」

「………………」


 マーシュはミカをじっと見つめて言った。


「それだけじゃないですよね?」

「ん?」

「隠してる事、全部話してください」


 問われたミカは先ほどとは逆に冷ややかな目をした。まるで自ら火に飛び込む虫を見るかのように。


 少なくともそれは同族に向ける視線ではなかった。


「少々見え過ぎだなその目は。賢過ぎるのは命取りだぜ?」

「それでも知りたいんです、僕は」

「…………警告はしたぞ?」


 そう言ったミカは淡々と語り出した。


「えーっとねぇ――――食料なんだよね」

「……なに?」

「食べるだけで強くなれる果実を出せるヤツが居たとするじゃん? 言うまでもなくそいつは滅茶苦茶強いわけだ。誰もそいつを止めることはできないし、誰もがひれ伏す。そんなヤツがその果実を分け与える理由はなんだ? 下手をすれば自分を上回る存在が生まれてしまうかもしれないのに、リスクを負ってまでそんな人間を作るわけはなんなんだ?」

「我が悪魔……まさか!」


 ミカは悪魔の如き、おぞましい笑顔で言った。


「食料なんだよね、お前ら」

「――――――っ!」


 叩きつけられた真実の前に三人はミカの顔を直視する事ができない。


 分からされてしまったからだ、食う者と食われる者の差を。


「どうした? 黙り込んで。知りたかったのはこういう事だろ?」

「……お、お前!」

「おいおい、テルぅ。声が震えてるじゃないか、らしくないぞ。いつものように私を罵倒してみたらどうだ? なに、頭からバリバリ食ったりはしないさ。今はな」

「我が悪魔、私はすでに死んだ身。あなたに食われようとも構いませんわ。しかし、お二方はどうか勘弁してくださいませんの?」

「どうしてそれに従ってやる必要がある? 私は悪魔だ、人間の嘆願など聞く理由も無い」

「わ、我が悪魔…………」

「人間です」

「ん?」


 ミカはマーシュを見た。その姿は震えながらも瞳からは強い意志がうかがえた。


「あなたは人間です」

「この私が怠惰でずる賢く傲慢で無力な生物である『人間』だと? お前達と同じそんな生き物だとでもいうのか?」


 その体から発せられる威圧感は呼吸すら困難になるほど凄まじい。それでもマーシュは退くことなく言葉を紡いだ。


「ミカさんは優しくて賢くて凄い力を持った人間ですよ」

「…………ふむ」


 ミカは威圧感を放つのを止め、自分に投げられた言葉を楽しむかのように語った。


「一緒に旅をしてきたお前がそういうならそうなんだろう。他の動物ならいざ知らず、人間なら同じ人間を食べるのはあまり褒められたものではないな。よし、分かった。止めよう」


 スロウは安堵したように胸を撫でおろした。


「ほっ」

「しかし、だ。私の力も無尽蔵じゃない。仮に邪竜が復活したら今のままじゃ押し負けるぜ。でも、生贄があればなんとかなるかもね。その時、お前らは自ら食ってくれと言い出すのかどうか、うふふ…………楽しみ」


 悪趣味な笑みを残したミカは考える時間を与えるとでもいうように一人部屋を出ていった。


 すると段々と怒りが湧いて来たのかテルは苛立ったように言った。


「なにが「うふふ、楽しみ」じゃ。あんの性悪女め……あんな奴、人間ではない。悪魔じゃ! 悪魔!」

「我が悪魔が面倒くさい性格をしている事に関しては同意ですけれど、危惧している事は的を射ていますわ。もし邪竜が復活した場合、我々は名誉の死か屈辱の死を選ばなければなりませんもの」

「どちらも死ではないか! そんなもの、元より復活させなければ良いのじゃ!」

「復活させないのが難しいからこそ、我が悪魔はこの事を話したのでしょう。私達(わたくしたち)はこの問題へ真摯に向かい合う必要がありますわ」


 テルは仕方なしに語る。


「うむむ……。余が死ぬのなら共に世界が滅びればよいと思う」

「何故ですの?」

「余の死により救われた世界など無意味だからじゃ。余が居て初めて世界に意味が生まれるのじゃ」


 ふむふむ、とスロウは頷いて言う。


「流石は姫ですわね。普通、そこまで言い切れませんわよ」

「特別でない者が上に立って、下々が納得するか。特別な者が失われれば全てが滅びるのは当然じゃ」


 テルとて自らの言っている事が滑稽だというのは理解しているだろう。それでも口にするのは自らがどういう役割を持つ人間なのかを知っているが故か。


「聞くまでもないでしょうが、(わたくし)は必要とあらば我が悪魔の糧になる事に躊躇いはございませんわ」

「従者としての忠義心は大したものじゃな。お前個人としてはどうなのじゃ?」

「…………ンクク」


 スロウは皮肉めいた笑みで語った。


(わたくし)はもはや世界に価値など感じていませんわ。救わなければ滅びる程度のものなら、いっそのこと滅びてしまえば良いのですわ」

「中々の破滅的思考。流石に悪魔の従者をするだけはあるな」

「いえいえ、テル様ほどでは」


 スロウは聞いた。


「マーシュ様はどうお考えで?」

「僕は…………」


 マーシュは迷いながらも言った。


「例え、自分が死ぬとしても世界を救いたいです」

「それは何ゆえに?」

「僕はあの邪悪なる悪魔によって故郷や家族を失いました。その事に憤りを感じていないといえば嘘になります」

「ではその怒りや憎しみ故に世界を救い、実質的な復讐を行うと?」


 ふるふるとマーシュは首を横に振った。


「違う……と思います。怒りや憎しみなんて僕が死んだら無くなってしまいます。でも、世界が滅んでもミカさんは多分死なないと思うんです。その時に見る世界が何も残っていないような滅んだ物だったら悲しいじゃないですか。僕はミカさんを悲しませたくないだけです。その為に世界を救う事が必要で、それと滅びを天秤にかけてどちらかを選べというのなら、僕は世界を救いたいと思うんです」

「………………」


 マーシュの言葉を二人は温かい目で見つめていた。


 ただただ純粋な言葉にかつて自分もそうだったと思いを馳せるかのようにその視線は柔らかかった。


「なんとご立派な言葉、(わたくし)感服いたしましたわ。それに比べ我らのなんと浅ましい事」

「青いだけじゃ。しかし、その青さが今は羨ましくもある」


 スロウは嬉し気に語った。


「我が悪魔もお喜びになられるでしょう、人もまだ捨てた物ではないと」

「奴に人間と同じ心があるのかは(はなは)だ疑問じゃがな。ともかく我らの腹は決まった。自分達の命を捧げようとも世界を救うと」


 テルはぱんぱんと手を叩き、場の雰囲気を変えた。


「さて、悪魔に邪魔されて食べ逃したからな、これから最後の晩餐に向かうとするか。英雄が死地に向かうというのだ。慎ましくも最低限度の食事くらいは用意されてるじゃろうて」


 そうして三人が城の食堂へと向かうとそこには物凄い勢いでむさぼり食ってるミカが居た。


 一瞬、理解が追い付かずに茫然とするが、正気を取り戻して嫌な予感を覚えたテルは近くに立っているシェフに聞いた。


「余たちの分は?」

「も、申し訳ありません。長くここの料理長を務めてきましたが、こんな事は初めてで…………。あの方の胃袋は宇宙なのですか?」

「もぐもぐ」


 テルは近くにあったしゃもじを手に取り、幸せそうな顔をしているミカの頭を殴りつけた。


「このアホぉぉぉぉぉぉ!」


 しゃもじはべきりと折れた。


「ぜ、前途多難ですわ…………」

「う、うーん…………」

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