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露出の問題じゃないと思うんですけど

 周囲を城壁に囲まれた都市である『アラカトラズ』はその限られた領域を無駄なく使うために規則的な家屋(かおく)の建て方が為されている。


 それとは逆に地下通路はアリの巣のように入り組んでいて迂闊に迷い込めば二度と日の目を見る事はない。


 この都市はそこに何かを閉じ留めていた監獄であったとまことしやかに語られるが、その証拠となる物はまだ見つかっていない。


「流石に街並み変わったなー。でも、意外と残ってる物も多いのな。ほら、この『竜のヒズメ亭』とか、私が来る前からあったぜ」

「ミカさん…………」


 軽い調子で語っているがその心境はどのような物かとマーシュは思った。


 人とは違う時間の流れを生きるのならばその景色も異なるだろう。


 過ぎ去っていく風景に寂しさを感じるのが人ならば『悪魔』も同じように寂しさを感じる事があるのだろうか。


 オープンテラスの店に踏み込んだミカは安堵したように言った。


「おっ、ここだ。ここだ。いやぁ、無くなってたらどうしようかと思ったよ。おっちゃん、バーガーセットを人数分くれ」

「はい、分かりました。だけど、ちょっと待ってくださいね、あっちのお客さんが先になりますので」


 そう言って店主は先に居た片目に眼帯を付けたドレスの女に視線を向けた。


 この地方では見慣れない恰好をミカ達は不思議に思う。


「どこかのご令嬢でしょうか?」

「なにか現実離れした雰囲気を持つ人間じゃな。まるでこの世の者ではないような…………」

「あまりじろじろと見ては失礼ですわよ。……我が悪魔?」

「んー……………………?」


 ミカは目を細め、いぶかしむような表情でドレスの女に近づいて観察する。


 その視線を不愉快に思った女は苛立ったように言う。


「……何の用? 見世物じゃないのよ、あんまりじろじろと見ないでくれる?」

「も、申し訳ございません! ほら、我が悪魔、席はあちらですわよ!」

「…………あっ!」


 引きずろうとするスロウをもろともせず、何かに気づいたミカは満面の笑みで言う。


「お前、悪魔だろ」

「はぁ?」


 行き摺りの人間を見世物のように扱った挙句の悪魔呼ばわりにスロウの表情はミカに対する怒りと相手への申し訳なさで赤くなったり青くなったりした。


「も、申し訳ございません! この者はどうしようもなく馬鹿な田舎者でして、どうにか寛大な心により無礼をお許しいただきたく…………!」

「ふざけないでよ、人を悪魔呼ばわりしてただで済むと思ってんの?」

「なにとぼけてんだ? ほら」


 ミカがドレスの女の肩に手をぽんと置くと、マジックのように悪魔の角と羽と尻尾が現れた。


「まっ!」

「!?」


 突然の事に動揺していた女は正気を取り戻すと、風のような速さで飛び退きミカを睨みつけた。


「アンタ何者? あたしの魔術を破るだなんてただの人間じゃないわね!」

「苺の悪魔って知ってる?」


 すると悪魔の女は馬鹿にしたように笑った。


「あはははは! 悪魔相手にそんなハッタリが通用すると思っているのかしら。そいつならロックホークで王様やってるわよ」

「では、こやつは本物の苺の悪魔ではない……?」

「悪魔? はっ、馬鹿じゃないの? そいつはどう見ても人間よ。ちょっと変な力を持ってるみたいだけどね。そこの変態女装男の方がよっぽど悪魔らしいわ」


「ミカさんは人間でスロウさんの方が悪魔……? ううっ、こんがらがってきました」

「悪魔のように見えるのは私が精霊の加護を受けているからでしょう。悪魔と精霊の違いなど善悪程度なものです。しかし、我が悪魔が本当は悪魔ではないとなるとなんとお呼びしたらいいものか…………」


 じっと悪魔を眺めていたミカは言う。


「なるほど。悪魔的特徴で分かったが、お前は元始十四の悪魔の内の一体『ゲシュロト』か。こんな街中にずいぶんと大物が居たもんだな。腹ごしらえをしてからこの街を墜とそうって算段か?」

「だとしたら?」

「私が食べ終わるまで待ってくんない? 腹減りすぎて死にそうでさ」


「心配する必要は無いわ。もうすぐ何も食べなくても暮らしていけるようになるもの」


 魔法により鎧をまとったゲシュロトは人間を遥かに超えた膂力(りょりょく)を持つ証明として片手に一本ずつハルバードを握った。


 石畳を蹴って弾丸のように突進してくる二つの刃をミカは指先でつまむようにして受け止める。


「何も食わんより適度に食った方が体にいいと思うぜ」

「くっ! なんなのこの馬鹿力! 押す事も引く事もできない!」


 ミカは首だけで後ろを向いて言う。


「おーい、おっちゃん。まだできないの?」


 はっ、と意識を取り戻した店主は料理を完成させると投げつけるように渡した。


「ひぃぃぃぃ! そういうのはよそでやってくれ!」


 ぴしゃりと閉められたシャッターにミカは不満げな声を漏らす。


「ひっでーな。お前の爺さんにはそんな扱いされなかったぜ。後で文句言ってやろ」

「この……余所見してんじゃないわよ!」

「ミカさん! 危ない!」


 ゲシュロトの頬が膨らんだかと思った次の瞬間には得体のしれない液体が勢いよくその口から吐き出され、ミカの顔へと降りかかった。


 その液体は炭酸のような音と共に危険な化学反応のような白い煙を立ち昇らせる。


「武器を封じた程度でいい気になってたようだけど、それが命取りだったようね」

「我が悪魔!」

「おっと見ない方がいいわよ、ぐずぐずに溶けた顔なんてゾンビみたいに不気味だもの。まあ、もし顔面が残ってたらの話だけどね」


「ちぃ! 間抜けなヤツだとは思っておったが、ここまで無様な死に様だとは!」

「悪魔を甘く見てるからこうなるのよ、あはははは! …………あら?」


 ミカの顔面を覆っていた白い煙が晴れると傷一つ無い姿がそこにはあった。


「うそっ! どうして効かないの!?」

「日焼け止め代わりに化粧を厚くしといたのが利いたな、こりゃ」

「でたらめじゃな…………」


 ぺろり、と頬に付いた酸を舐めるとミカは驚いたように言った。


「おいしい!」

「はっ?」

「ちょうど喉が渇いてたんだ。もっと飲ませろよ」

「えっ、ちょっ、まっ…………」


 武器を放せば逃げられるというのに予想外の行動に対処できず、ゲシュロトは迫ってきたミカに唇を奪われる。


「んんっ――――!?」

「キマシタワー!」

「さ、最低の絵面じゃ…………」

「み、ミカさん……こ、こんな昼間から…………」


 スロウは興奮し、テルは呆れ、マーシュは照れた。


 キスにしては明らかに何かを吸い取っている音が響いた。


 やがてミカが口を放した時にはゲシュロトは半泣きの蕩けた顔で力無くその場に座り込んでいた。


「は、はひぃ…………」

「げぷっ、ちょっと飲み過ぎたかも」

「流石は我が悪魔、剣を振るう事すらせずに敵を撃退するとは」

「いや、それよりもっと他に言う事があるじゃろ」


 神妙な顔で唸ったスロウはふと思いついたように言った。


「あ、ハンバーガー食べますの?」

「…………もういいのじゃ」


 テルが諦めた顔でため息をつくと急に空が暗くなり、屋根の上に雷が落ちた。


「一体何が……?」


 明らかに何者かの作為のある現象に一同が警戒していると雷の落ちた場所に人影が見えた。


 それはゆっくりと立ち上がると不敵な笑みで語りだした。


「やけに時間がかかると思っていたら、こんな所で道草を食っていたわけベリか」

「……!? こ、これは夢か幻か? また余達は化かされておるのか?」


 テルを含む三人がミカとその人物を交互に見たのは無理もない。


 奇妙な事にミカとその人物の顔はまるで鏡合わせのように似ていたからだ。


 王冠を被り、ボディラインがくっきりと出る黒いスーツのようなものをベースにした衣装に身を包んだその人物は尊大な態度で言う。

 

「私は苺の悪魔『ストロ=デ=ベリ』でベリ。全ての悪魔を統べる偉大なる王でベリ」

「ストロ=デベリデベリですの?」


 ムキになってベリは反論する。


「違うベリ! デ=ベリでベリ!」

「じゃからデベリデベリじゃろ?」

「ちーがーうベリ! デ=ベリは一回でいいでベリ! くっ、これだから人間は嫌いベリ!」


 ショックを受けたように俯くミカは言葉にならない呟きをぶつぶつと漏らしている。


「ミカさん、大丈夫ですか?」

「そんな馬鹿な……こんなことが…………」


 ミカの存在に気づいたベリはあざ笑うように語る。


「こんな所にも私の偽物が居たベリか」

「偽物だって?」

「この偉大なる苺の悪魔の威を借ろうという者は数知れず。しかし、よもや人間がその名を騙る事があろうとは。いくら何でも冗談キツイベリ、種族考えろベリ」

「やはりこやつは自分を悪魔だと思いこんでいる頭のおかしい奴なのじゃな」

「どうやら私に匹敵するほどの強大な力を持っているみたいベリが、本物を目の当たりにして自分がどれほど滑稽だったか理解したようベリな」

「ミカさん…………」


 俯いてふるふると震えているミカをマーシュはそっと慰めようとするが、次の瞬間にはミカは興奮した様子で語りだした。


「こ、これだよ! 私が求めていた偽物は!」

「は?」


 ミカは言う。


「なんか悪そうな顔つき! 凄くえっちな服装! 無駄にとんがってたりカラーチェンジしてたりする諸々。完璧な偽物キャラだ!」

「偽物はお前ベリ! というか露出ゼロなんだからどこもえっちではないベリ! 変態扱いするなベリ!」

「露出の問題じゃないと思うんですけど…………」


 ミカは当然のように言う。


「私の方が本物だ。何故ならかわいいから」

「馬鹿を言うな! 私の方がかわいいベリ!」

「とりあえず思考は同レベルのようですわね」


 苛立ったベリは両手を天にかざすとそこに赤と黒の電撃を集め始めた。


「生意気な人間め! 消し炭にしてやるベリ!」


 勢いよく投げ放たれた電気の球体は複雑な軌道を描いてミカに直撃する。


 砕けた石畳の破片が舞い上がり陥没した大地から煙のように立ち昇った。


「ミカさん!」

「ベーリベリベリ! 跡形も無く吹き飛んだようベリ! 清々(せいせい)したベリ!」

「ん?」


 ベリの背後にぬっとあらわれた人影はおもむろにその胸を鷲掴みにした。


「きゃああああああああ!」

「へー、結構いいスタイルしてんのね」

「我が悪魔!」


 もがきながらベリは聞く。


「い、いつの間に背後に!?」

「いや普通にジャンプして空中ダッシュで裏回っただけだけど」

「嘘をつくなベリ! と、というか変な所触るなベリ!」


 ミカは不思議そうに聞く。


「なんではいてないの?」

「んっ……この服ではいたらラインが出ちゃうベリ……。って何を言わすベリか!」


 体をいじられて煽情的な声を漏らすベリを見て、次第にマーシュはもじもじとしだす。


 それを冷ややかな目で見ていたテルは呆れたように言う。


「マーシュよ、こんな時に発情するな」

「し、してませんよ!」

「ここは我が悪魔に任せ、一旦物陰に避難しましょう。いえ、深い意味はないのですわよ」


 なんとかミカを振り払ったベリは荒い息と乱れた服を整えると怒りを露わにした。


「よくもこの私に恥をかかせてくれたベリな! こうなったらもう容赦しないベリ……私の必殺技で葬ってやるベリ!」


 先ほどよりも大きな電気の球体をベリは生成する。


 それを見たミカは同じようなポーズを取り、白と赤のエネルギーが入り混じった球体を作り出した。


「私と同じ技を……!? ふざけたヤツベリ!」


 二人は同時に技を放った。


「ストロベリーサンダー!」

「ストロベリーサンデー!」


 ミカの手から放たれた技は蛇のように蠢き、ベリの技を文字通り呑み込んでそのまま襲い掛かった。


「人間如きにこの私が!? う、嘘ベリぃぃぃぃ!」


 べちゃあ、という粘着音と共に直撃したミカの技はベリの体を白く脂っこい何かでべとべとにした。


 テルはため息をついて言った。


「…………マーシュよ」

「だからしてないって言ってるじゃないですか!」

「まさかマーシュ様は不能……?」

「僕泣きますよ? 泣いていいですよね、コレ」


 白濁の中で立ち上がったベリは涙目になりながら言った。


「ううっ……覚えてろベリ。軍隊を引き連れて明日にでもここを襲撃してやるベリ」


 その言葉でベリがロックホークの王をやっているという事を思い出したマーシュは問い詰めるように聞いた。


「僕の国を襲ったのは何故ですか? 元々のロックホークの王はどうしたんですか!?」


 するとベリは悪魔らしい意地悪い笑みを浮かべた。


「私は王の望みを叶えてやっただけベリ」

「望みを叶えた?」


「そうベリ。ヤツは食糧難に悩む自分の国を救ってくれと言った。だからその為に他の国を襲ってやったベリ。土地が無ければそれは解決できないからベリ。それなのに話が違うとか言い出したから洗脳して傀儡(かいらい)にしてやったベリ。全く、人間という物は我儘でどうしようもない生き物ベリ」


 テルは吐き捨てるように言う。


「なるほど、実に悪魔らしい考え方じゃな。しかしそれでは余とはあまり関係が無いわけように見える。何故、余を付け狙う?」

「それは封印を解くために…………っと」


 何かを言いかけたベリは慌てて口をつぐんだ。そしてぼぅっとしているゲシュロトに発破をかけると背中に創り出した翼を広げて宙に浮かび上がった。


「おしゃべりはここまでベリ。私は儀式を執り行わねばならんベリ。人間なんかと遊んでいる暇はないベリ。ゲシュロト、行くベリよ」

「分かったわ。覚えてなさい、自称悪魔!」

「待て!」


 マーシュは魔本を広げると呪文を詠唱した。


「『ファイヤーキャスト』!」


 手の平から発射された火の玉が敵を狙うが、それは軽々と跳ね返され逆にマーシュを襲う。


 それをミカが庇い、衝撃が抜ける頃にはすでに悪魔たちは姿を消していた。


「くっ!」


 悔し気に地面を殴りつけたマーシュからは行き場の無い怒りがうかがえた。


 頭に上った血を冷やすように深呼吸すると呟くように語りだした。


「……ミカさん、助けて頂いてありがとうございます」

「ああ。でも、一人で先走るのは感心しないな」

「すいません……あいつらの言葉を聞いてたら自分を押さえられなくなってしまって」


「無理もない。奴らはお前の仇じゃ。それを前にして落ち着いていろというのは酷じゃ」

「それにしても奴ら、この街を襲う気満々ですわね。我が悪魔が偶然居合わせたからよかったものの、そうでなかったらと思うと身震いしますわ」

「急ぎ王宮に戻りこの事を知らせなければな」


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