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あの!

 並み居るモンスターや冒険者達をなぎ倒し、ついにダンジョンの出口の光が見えて来た。


 長らく見ていなかった日の光にテルは歓喜の声を上げる。


「見よ! 爽やかな風が行く先より吹いておる。我らを祝福しているようじゃ!」


 出口に向かって走り出したテルをよそにくんくん、と匂いを嗅いでいたミカは厳しい表情で告げる。


「………………スロウ、荷物を下して武器を構えろ」

「ミカさん?」


 指輪を剣に変えると走っていたテルを追い越し、外に出るなり飛んできた矢を切り払った。


「なんじゃ!?」

「ダンジョンを抜けた所に不意打ちとは、卑怯にも程があるんじゃないか?」


 周りを取り囲んでいる忍者の集団の中に見た顔があった。それは高笑いをするとミカ達に告げる。


「汚れ仕事を任されている身にとってはそりゃ誉め言葉だぜ」

「貴様は……!」


 いつかの夜に戦った忍者は楽し気に語る。


「久しぶりだな、姫様。まさか生きてここまでたどり着くとはな。悪運だけは強いようだ」

「そちらこそ、執念だけは一人前のようじゃな」

「軽口を叩いていられるのも今日限りだぜ。普段ならともかく、疲弊した今ではこの包囲網を突破するほどの余力はねぇだろ。それとも穴倉の中に逆戻りでもするか? んー?」

「くっ……小癪な!」


 魔影は手を下し、周囲を取り囲んでいる者達に命令を出す。


「やれ!」


 言葉と共に矢と妖術の嵐が飛んでくる。


 ミカとスロウは後の二人を庇うように前に出てそれを防ぐが、あまりの密度に反撃の機会が掴めない。


「まずいですわ、我が悪魔。さしもの(わたくし)も長旅で疲労困憊。防ぐので精いっぱいですわ」

「私ならなんとかできるだろうが、一瞬隙ができる。全員無傷というわけにはいかなそうだな」


 防壁のように切り払いを展開してなんとか防いでいる以上、攻撃に転じる瞬間の被弾は避けられない。


 どうしたものかとミカは難しい顔をしていると不意に馬の足音が近づいてきて、それに合わせるように忍者達が矢に撃たれて倒れ始めた。


「なんだ!?」


 それを合図にして場に割り込んだ兵士達が忍者達に襲い掛かり、打ち倒していく。


 予想外の援軍に狼狽した魔影は慌てて叫ぶように言う。


「くそっ! 退け! 退けぇ!」


 蜘蛛の子を散らすように忍者集団は退散し、それを見たミカ達は剣を収めた。


 そして兵士達の代表であろう秀麗な青年が馬から降りて近づいて来る。


「助かったよ、ありがとう」

「礼には及びません、父より命じられた事です」

「あなたは…………」


 恭しく青年は語った。


「私は『アラカトラズ』の王子、デュパン=アラカトラズと申します。あなたがロディナーミカ様ですね?」

「ああ、よく分かったな」

「父からは『一週間風呂に入っていなくとも苺のように可憐な香りのする方』だと伺っておりましたので」

「へぇ、あいつも言うようになったじゃん」

「知り合いなのか?」


 テルの問いにミカは曖昧な笑みで答えた。


「ま、昔馴染みってやつだよ」


 デュパンは馬にまたがるとくるりと反転させ、ミカ達に言う。


「付いて来てください。父がお待ちです」


 兵士達に守られながらミカ達は屈強な壁に囲まれた国へと入っていく。


 そのまま舗装された道を歩いていき、やがて王宮に着く。


 流石にダンジョンで汚れた身なりのままで謁見というわけにはいかないのでまずは浴場へと案内される。


 おそらくは王族専用と思われるそこに一介の冒険者程度が連れてこられるのは異常だが、先ほどのデュパン王子の言葉から察せられるミカの王との関係性がその原因だろう。


 ともかく湯浴みを済ませた一同は支給された服に着替えるとやってきた兵士に連れられて謁見の間に入った。


 ミカ達は王であるオスカー=アルカトラズの前に跪き、頭を垂れた。


「お久しぶりでございます、王様。この度はご機嫌麗しゅう」

「うむ、よくぞ参った。……懐かしい顔だ。貴女と最後に会ったのはかれこれ40年ほど昔になるか」

「40年!?」


 信じられないという顔をする三人をよそにオスカーは語る。


「それにしてもかつてと全く姿が変わらないとは。エルフなどの長命種のように変わらないように見えるだけなのか、それとも本当に変わっていないのか。人間の身では末恐ろしく感じられるな、悪魔というものは」

「悪魔…………」


 オスカーは間に控えている兵士達を見て言う。


「少し外してもらえるか。旧友と腹を割って話がしたいのだ」

「王よ、私は残っても構わないでしょうか?」

「デュパンか。まあよいが、別に面白い事などなにも無いぞ」


 どうやらデュパンは会話の中にあった悪魔という単語が気になり、警戒しているようだ。


 やがて兵士達が居なくなるとオスカーはぶしつけに言った。


「おい、いつまでそうしているつもりだ?」


 ミカはふっ、と笑みを漏らすと立ち上がってまっすぐに前を見た。


「相変わらずだな、オスカー」

「お前ほどじゃないさ、ミカ。他の者も楽にしていい。こんなどうしようもない奴が堂々としているのに生真面目にかしこまっていたら不公平な気分になるだろう?」


 言われて顔を上げたマーシュは恐る恐る話し出す。


「あ、あの、僕は『トパタ王国』の王子でマーシュ=トパタと…………」

「知っておるよ。こやつからの手紙で大体の事はな。それにしても悪魔に国を焼かれて追手に追われ続けるとはずいぶん大変な目にあったようだ。ここでゆっくりしていきなさい」

「そうではなくて、ミカさんと40年前に会ったというのは本当なんですか?」


 テルも言う。


「余より老けているのは分かっておったがまさかそこまでのババアじゃったとは。老人としていたわってやるべきなのか?」

「アンチエイジングが特殊メイクレベルですわ。(わたくし)にも教えて欲しいですの」

「あのねぇ……君達ねぇ…………」


 オスカーは声を上げて笑い、語る。


「本当だとも。あれは(わし)がそこに居るマーシュ王子のような少年の日の事だった。あの頃の(わし)は座学をさぼって森に繰り出すようなやんちゃ坊主だった」

「信じられません、厳格な父上が…………」


 驚くデュパンを見て楽し気にオスカーは言う。


「人間誰しも子どもの頃というものはある。多くの者はそれを悟らせまいとしているだけだ」


 オスカーは続ける。


「ある日の事だった。(わし)がいつものように木の上で暇をつぶしていると赤い髪の女が森の奥へと入っていくのを見かけた。そして好奇心から近づいてはならないと言いつけられていた森の奥へと踏み込んでいった。そして案の定というべきか慣れない場所で迷ってしまい、迂闊にも猛獣の縄張りへと踏み込んでしまった。迫りくる猛獣を前に恐怖から腰が抜けてしまった儂はただその驚異を受け入れる他なかったのだ」


「そして、どうなったのですか?」


 遠い目でオスカーは語る。


「あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。あわやという瞬間、儂に襲い掛かろうとしていた猛獣が突如として動きを止めて苦しみ始め、ついには気絶して倒れてしまった。何が起こったのかと理解できずにいると背後から凄まじい威圧感が襲ってきた。先の猛獣が赤子のように思えるほどの圧力に儂は呼吸すらままならん。あまりの緊張感で指一つ動かせずに居ると背後から先ほどの赤い髪が儂の前へとやってきて告げた「後ろを見なさい、もう何も居ませんよ」と。ふと気づけばすでに威圧感は無く、背後には木々が広がっているだけだった。それが儂とミカとの出会いだった」


「それはまあ、なんとも…………」

「狐に化かされたような話じゃの」


 オスカーは朗らかに笑う。


「ほっほっほ。ミカは不思議なヤツだった。悪魔を自称し、森に来る儂に色々な事を話してくれた。楽しい時間だったよ。しかし、それもやがて終わりを告げた。森の奥にあるダンジョンの攻略を終えたミカはこの街を離れる事となったのだ」


 悲し気な表情でオスカーは語る。


「無論、儂は引き留めたよ。あらゆる方法を試した。金や権力や愛を振りかざしてみたが、ミカはなびくことは無かった。代わりにこう語ったのだ「私があなたを助けたようにいつか私に力を貸してください。それができるようになった時、再びこの地を訪れるでしょう」。そしてそっと儂を抱擁した、苺のような甘酸っぱい香りがしてその残り香が儂とミカとの最後の思い出となった」


「ロマンチックな所がありますわね、我が悪魔。普段はガサツ・ガッカリ・ガンバレの3Gですのに」

「うむ。意外と乙女チックな面を知れて素直に好感だぞ、無駄乳」

「………………」


 ほっこりとした温かな目をする二人に対し、露骨に嫌そうな顔をするミカをよそにオスカーは続けた。


「お前が来る日をどれほど待ちわびたものか。しかし、記憶と寸分違わぬその美しさ、気の遠くなるような歳月を待った甲斐があった。今こそあの時の借りを返そうぞ」

「ま、お手柔らかにね」


 それからオスカーはまるで少年に戻ったかのように楽し気にミカと語り合い、普段との相違からデュパンを困惑させた。


 やがて周りの者はそっと二人から離れて部屋を後にした。


 デュパンはテラスでマーシュ達に聞く。


「あなた方から見て、ミカ殿はどう見えますか?」

「どうって…………」

「まあ、一般的に言われている『悪魔』には見えんわな」


 デュパンは言う。


「そうですか…………何故、ミカ殿は悪魔を自称しておられるのですか?」


「従者である(わたくし)()も詳しくは…………。しかし、その正体の片鱗を垣間見た者として僭越(せんえつ)ながら語らせて頂きますと、あの方は確かに人を越えた存在であらせられますわ。それを正直に告白すれば人間は頭を垂れるだけの木偶となりましょう。ひどく不器用ですが『悪魔』を自称する事があの方なりの気遣いなのでしょう」


「しかし、敵も悪魔だと聞きます」

「あの方の事情は複雑ですわ。それでも取りあえずの決着は遠からずつくでしょう」

「何故です?」


 スロウは曖昧にほほ笑んで言った。


「ただの勘ですわ」


 それから客人用の部屋に荷物を置いてマーシュ達がくつろいでいるとオスカーとの話を終えたミカがやってきた。


「ふー」

「お疲れ様ですわ」


 椅子に腰掛けたミカはスロウより渡された冷たい水を口にした。


「こっちは疲れてるのに話が長いのなんの。しかも美化に美化が重ねられているから付き合うのも大変だぜ。まあ、長い間会わなかったこっちも悪いんだけどな」

「これからどうしますの? こちらとしましては装備の補充を行いたい所ですけれど」

「こんな所で休んでいても余は退屈じゃ。ここの地理に詳しいのなら案内せい」

「僕はこのままここでのんびりしています」

「そうか」


 すっ、と立ち上がったミカは傍らに置いてあった背負い椅子を身に着けるとおもむろにマーシュを持ち上げ、そこにセットした。


「あの」

「じゃあ、街に繰り出すとするか」

「えーっと足りないのは植物油にバターにアルコールに」

「久しぶりにまともな食事がしたいのう」

「あの!」


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