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ハレンチですわ!

 それから再び進み始めたミカ達だったが、前に突破したルートではないためにより多くの時間と食料を消費する羽目になる。


 余裕があったはずの旅も地上まであと二日という所で完全に水も食料も尽きてしまった。


「むむむ……なんという事じゃ、せめて後一日分の食料があれば…………」

「やれやれ、嘆いてもどうにもならないぜ」

「誰のせいじゃと思っとる! 誰のせいじゃと!」


「テル様は全員分を賄えるほどの米は出せませんでしょうし、私の納豆も残りがあまりありませんわ。まあ、苺でも食べて落ち着いてくださいの」

「うがー! 三食苺じゃと!? これが人間の食事か!?」

「………………」


 マーシュは神妙な顔で黙り込んでいた。


(襲ってくる冒険者達から食料を奪えば……でも、それは…………)


 かつてスロウに言われた言葉を思い出した。


 奪う事に溺れた人間は例え他に方法があったとしても全てを奪う事によって解決するのだという。


 もし、ここで食料を奪ってでも手に入れる事ができれば戦力や士気の低下を防ぐ事ができるだろう。


 しかし、それは賊と同じ存在に堕ちるという事だ。


 自分達はここで死ぬわけにはいかない。だとしてもそれを免罪符にしていいのかとマーシュは思い悩んだ。


 その悩みを見透かすかのようにミカは言った。


「人は死ぬぜ。たった一食、たった一品を食べ逃しただけで踏ん張れずに死ぬ。ここで死にたくはないだろう? 何故、躊躇うマーシュ」


 苦悩するマーシュはやがて何かに気づいたように口を開いた。


「……分かりました」

「何がだ? どうしようも無い事がか? 生きるためには堕ちなければならないという事がか?」

「違います。あの時、スロウさんが賊を殺さなかった事です」

「ほぅ」


 マーシュは語る。


「それは彼らに更生の余地があったからでも、正義を気取っていたからでもありません。彼らに利用価値があったからです」

「それで?」


「奪う事が容易いから堕ちたのなら、それより簡単な事が目の前に現れれば躊躇い無く飛びつくはずです。僕達がダンジョンに潜ると決めたあの日、スロウさんは彼らとコンタクトを取っていたはずです。このダンジョンで僕達の支援をさせるために。彼らは失敗続きで扱いも悪くなってるでしょうから相手方への忠誠心はさほど無く、かつ異国人であるニンジャ達に大きな顔をされて気に入らないとも思っているでしょう。地位や名誉や金をちらつかせて味方につける事はそう難しくはありません」


「賊を味方につけても裏切るんじゃないか?」


「大丈夫です。彼らの頭の中にあるのは感情と損得勘定だけです。より気に入らない相手の敵になり、それが同じくらいならよりお金をくれる人間に従う。それに僕達が彼らを殺さずに追い払った事で『人道的』で『誠実』だと思ってるでしょうから、取引するには良い相手だと見ている事でしょう。問題は従うかどうかが彼らの気分次第な所ですが、『誠実』なこちらが約束を果たしてくれるのは間違いないですから、本当は何も失ってないのですが従わなければ大損をしたと思わせられます。よって彼らの行動原理からすれば裏切る事はありえないんです」


「ふむ」


「そして一度僕達から利益を得ればその心象が悪くなる事はしにくくなります。盗賊行為などもってのほかです。『誠実』な人間は裏切りを許さない事を彼らは知っているからです。そんな事をすれば待っているのは死しかない。もう奪う事ができないのだから、彼らは『殺されずに打ち負かされた』と言えます。つまり、スロウさんの言っていた『殺さずに打ち負かす戦い方』とはこういう事なんでしょう」


「……だそうだ、スロウ」


 スロウはマーシュをじっと見つめるとにこりと笑った。


 そしてその回答の正しさを証明するかのように明かりが現れた。


「よう、暴力女」

「ザコトップか」

「サコトップだ!」


 アゴヒゲの男はスロウからモンスターの落とした貴金属を受け取るとその手下に荷物をその場に置くように指示し、語る。


「はっきり言ってお前は気に入らねぇが、あの外人共はもっと気に入らねぇし、そこの嬢ちゃんは話が分かるヤツだから今回限りは手を貸してやる。ありがたく思えよ」

「おう、ありがとな、ザコトップ」

「サコトップだ! ……ったく調子狂うなー」


 男はマーシュに気づくと言う。


「なんだ王子サマか。一瞬、分からなかったぜ、よくもまあこれだけみすぼらしくなったもんだな」

「ははは…………」

「でも、森で追われてた時と比べて逞しくなったんじゃないか? 少し男の顔つきになった」

「………………!」


 男は用事を済ませると速やかにその場から去っていった。


「じゃあな死ぬなよ、王子サマ。後で俺達にたんまり褒美をくれる約束なんだからな。あっ、そこの暴力女は死んでいいからな。さっさと死ねよ!」

Booooo(ブー)!」


 ミカがブーインクを返すと皆はさっそく渡された荷物の整理を始めたが、マーシュは何故かぼぅっとした様子でどこか遠くを見つめていた。


「どしたの、マーシュ君」

「僕も……成長出来ているんでしょうか」

「もちろんですわ」


 スロウは言う。


「流石でしたわ、よく私の考えている事が分かりましたわね。これは私達と出会った頃のあなた様では分からなかったでしょう。力という物は至極明快で一番効果的に思えますが、それに溺れてしまうと大切な物を見失う。毒も使い方によっては薬になります。力に頼るだけではなく、大局を見て何をどのようにすれば自分の役に立ってくれるのかが分かる事。これの大切さが理解できましたわね?」


「はい!」


 元気の良い返事に微笑んでスロウは頷く。


「では先に進みましょう。出口はそう遠くはありませんわ」


 食料問題が解決したミカ達の行く手を遮る物など無かった。


 疲労は限りなく蓄積されているはずだが、士気は高く、モンスターはおろか並の冒険者程度ではその勢いは止まらなかった。


 快進撃の最中(さなか)、ミカは呟きを漏らす。


「結局アテは外れたな」

「アテ? 食料は補充できたじゃないですか」

「いや、それとは別の手段があったんだよ。ならず者相手の取引は信用できないしな」


「他人を使わずに補給じゃと? 一体どうやって」

「蜃気楼みたいなもんだ。言っても信じないだろうし、実際に見ないと…………」

「どうした?」


 ミカは動きを止めて暗闇の彼方を見つめる。


 その果てに何かを見つけられたのか歩く方法を変えてそちらに向かい始めた。


「……今のとこは余裕あるし、ちょっと寄り道していくか」

「寄り道じゃと? 一体どこに?」

「まあ、そんなに遠くは無いさ。着いてからのお楽しみ」

「?」


 導かれるままに皆が付いていくと人工的な明かりが見えて来た。


 近くの壁に看板が下げられている事からするとどうやらここは何かの店であるらしい。


 あまりに不自然な様相にテルが警戒をしているとミカとスロウは気にせずに木の扉を開けて中に入っていく。


「あっ、これ!」

「入らないのか?」


 当然のように聞かれたテルはマーシュと顔を見合わせ、恐る恐る中に入っていく。


 するとそこにあったのは酒場と雑貨屋が合体したかのような奇妙な場所だった。


 そして、最も奇妙なのはそこで店番をしているいやらしい目つきの狐の獣人だった。


 シルクハットを被ったその獣人は大仰に話し出す。


「やあ、いらっしゃい。初めての方が居るようだから説明するけど、ここは『いじわる狐』の店だ。食事や買い物ができるけど、売ってる物はその時々で変わるし、その正体が何なのかも分からない。そしてこの店が現れる場所や時間も僕にすら分からない。中々素敵なお店だろう? むふふ」

「わけが分からん。なんじゃここは…………」


「ダンジョンショップだよ。条件を満たすと出現する。ただ、近年だと条件を満たしていても生成が上手くいってないのか出現しない事が多くて、あんまりアテにならないんだよな」

「まあ、とにかく買い物ができる場所じゃという事だけは分かった」


 品物を眺めていたマーシュが首をかしげる。


「なんだか商品の前にある札がおかしいですよ。『粘ついた薬』だとか、『くすんだ剣』だとかでひどく抽象的です」

「それがここの特徴ですのよ。隣に値段が書いてあるでしょう。それは適当に決められているわけではなくて、その品物におけるダンジョンでの取引価格が正しく表記してありますの」

「つまり、この狐は中身を知っていてこういう嫌がらせをしているというわけか。たちが悪い奴じゃな」


「むふふ」

「こういうのは分からないヤツが悪い。その『粘ついた薬』は『回復薬』だし、『くすんだ剣』は『カトラス』だな。今はどちらも必要なさそうだ」

「ではこれは?」

「それは馬のチンチン」


「馬のチンチンじゃとぉぉぉぉぉぉ!?」

「ハレンチですわ!」

「なんなんですか……このノリ…………」


 ミカはテーブルに着くと置かれていたメニューを眺め始めた。


「とりあえずは腹ごしらえだ。ラーメンでも食っていくか、カレーもあるぞ」

「ラーメン? カレー?」

「日本風スープパスタと香辛料をありったけぶち込んで煮込んだ食べ物だ」


「前者はともかく、後者はゲテモノじゃろ。寿司とか茶漬けはないのか?」

「スシはあるぜ」

「それは余の知る寿司とは異なる物じゃろう。これじゃから異国というものは…………。白飯とみそ汁と沢庵があれば余は満足じゃというのに…………」


「A定食か? おかずは焼き魚だぞ」

「あるのなら先に言わんか!」

「マーシュ様の分は私が頼んでおきますわね」

「お願いします」


 そして料理が出そろうとミカはしみじみと言った。


「なんていうか、こう料理がたくさん並んでいるのを見ると『最後の晩餐』を思い出すな…………」

「何かの話かの? 題名から察するに死ぬ前の食事のようじゃが」


「ある晴れた日の事だった、国の財源が尽きてしまい仕方なく城の後ろにある飯屋に食事を頼んだんだ。食堂に料理が出そろうとやがて大臣が言った「これが最後の食事です」。皆は驚き、思い思いの言葉を口にした。「ありえない、何かの間違いではないのか」「よりによって城の裏の飯屋かよ、俺は嫌だぜ」「そんなことよりお腹がすいたよ」「シャキサク」。裏の飯屋……裏、飯屋……うらめしや……ウラメシア…………」


「意味が分からん」


 スロウは淡々と言った。


「我が悪魔はたまに変な物がフラッシュバックしますの。気にせずに料理を頂きましょう」

「このポテト、美味しいですね」

「ポテトは安定しておりますからね。色々ありますわよ。ピザポテト、ポテトサラダ、ポテト付きハンバーグ、蒸かしポテト、チーズポテト、ポテトチップ」


「ポテト抜きの料理はないのか?」

「ありませんわ」


 テルは苦悶の表情を浮かべた。


「うごー! 脳味噌が炭水化物に侵されているのじゃあ!」

「ポテトポテトポテトポテトポテトポテトポテトポテトポテトポテト!」

「うるさぁぁぁぁい!」


 この店の雰囲気のせいだろうか、段々と混沌とし始めた場は終着点を見失っていたが制御される事も無く、そのままの勢いで食事を終えた。


「食事をしていただけなのにひどく疲れた気がするのじゃ…………」

「よくある事ですわ」

「それでは困るのじゃ…………」


 ミカは再び品物を眺めていたが、何か気になる物があったのか確かめるように手に取った。


「こいつは…………」

「『押し入れの香りがする剣』だね。42ダンジョンゴールドってとこかな、買う?」

「……貰おうか」


 買った剣を指輪に変えて指にはめるとミカは床に置いていた自分の荷物を背負い、出口に向かって歩き出した。


 全員が準備を終えて外に出た事を確認すると再び暗闇の中を進みだす。


 その途中でマーシュは聞いた。


「さっき何を買ったんですか?」

「んー……秘密」

「どうせろくでもない物じゃろ」

「そもそも棍棒ですら60ダンジョンゴールド。それ以下の金額で紛いなりにも剣などありえ…………いや、もしや」


 何かを理解したようにスロウは呟きを漏らす。


「マイナスアイテム…………」

「なんじゃそれは」

「呪いにより装備すると外せなくなったり、逆に能力が下がったりする装備の事ですわ。物によっては代償と引き換えに強大な力を手に入れられる装備もありますが、それはごく一部。安物に当たりは無く、捨て値で売られているのが常ですわ」


「そんな物を買ってどうするんですか?」

「さあ……? 悪魔らしく憎いあんちくしょうにでも贈るのではありませんの?」


 すたすたと歩いていくミカに説明をする気はなさそうだ。


 マーシュは疑問を抱きながらも、だからこそ無言で思考に耽った。


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