なぜにWhy!?
次の日になるとどこから湧きだしたのかと思うほどに追手の冒険者たちが行く先々に見え始めた。
ミカ達は地形を利用し、上手く避けているものの見つかったらとても逃げ切れはしないだろう。
「やれやれ、一体どこからこんなに…………。後ろから追われておるような感覚は無かったぞ」
「出入口は私達が入った所以外に結構あるんだ。地上から先回りしてきたんだろうな」
「どうしますか? とても見つからずに進めるとは思えない人数ですよ」
「裏道を行きましょう。遠回りですが、ここに詳しくない相手ならこのルートに気づく事はまずないでしょう」
ミカ達は進むべき方向とは逆にダンジョンへと潜っていった。
そしてたどり着いた規則正しいレンガの道には予想通り追手の姿は見られない。
これでしばらくは安全に進めると思った矢先、どこからともなく弓矢が飛んできた。
それは咄嗟にスロウが虚空より取り出した剣により切り払われるがモンスターとは違う敵の出現を示していた。
「ほぅ、完全に不意を突いたはずだが、中々やるな」
「何者ですの!?」
耳の長く胸の大きい女はボウガンを片手に答えた。
「人は私の事をエルフの破壊者と呼ぶ…………」
「エルフの」
「破壊者じゃと?」
「なんかえらく物騒な異名のヤツが現れたな」
「我が悪魔、あなたがそれを言いますの?」
ミカはふと気づいたように聞く。
「ねぇ、名前は? 名前は何て言うんだ?」
「名前だと? 馬鹿め、その手には乗るか!」
「はい?」
困惑するミカに謎のエルフは言い放つ。
「ロディナーミカ! お前は悪魔らしいな。悪魔というのは名前を知っている人間に呪いをかける事ができると聞く。よって貴様に教える名など無いのだ、残念だったな。ワハハハハハ!」
「呪詛に対する知識が貧困過ぎる……こいつホントにエルフか?」
破壊者は一喝した。
「愚か者め! 貴様らのエルフ観は間違いだらけだ!」
「といいますと?」
「仮にエルフの中で魔術を発展させるとしよう。何かが発展するためには競争と遺伝的優位性が不可欠だ。エルフの社会は排他的な部族社会だから競争はあまり活発ではないだろう、そして長命であるから必然的に出生率も低くなる。すなわち、魔術などの学術的な物が発展するには最悪の環境であるという事だ」
「こいつもしかして…………」
「さらに言うなら魔術は特殊性があるのでカースト上位のエルフが下位層を支配するために独占するものと思われる。より狭い環境に移された魔術はやがて形骸化し、長などの独裁者が呪術的に執り行う以外に意味も力も無い物へとなっていくだろう。つまり、エルフの中で魔術は発展しないという事だ。分かったか」
「ああ、やはり間違いないようじゃな…………」
スロウは困惑したように呟きを漏らした。
「この方……エルフの破壊者ではなくて、私達の持つエルフ『観』の破壊者ですわ…………」
さめざめとした表情をする一同をよそに破壊者は不敵に言う。
「これから貴様らに私が破壊者と呼ばれる所以をたっぷりと味わわせてやろう」
「もういい……止めろ……! もう十分味わったから!」
「今更命乞いか? 後悔しても、もう遅い!」
「聞く耳持たずのようじゃな……ヤツの口を封じねば、我らのエルフ観は絶滅するぞ!」
「早くあの人を止めないと!」
戦闘態勢を取るミカ達にボウガンの矢を撃ち込みながら破壊者は言う。
「知っているか? エルフは弓が得意という話だが、実はそうではない。弓とは獲物を狩るための狩猟道具であるから果物や木の実を食べているとされるエルフの食性にはそぐわない。しかし草食動物的であるというのにエルフは農耕民族ではない。肉を食わないのに農耕もしない、エルフは一体何を食って生きているというのだ!?」
「森からエネルギーを貰ってるとかそういう事にしてください!」
「植物マンか? エルフは植物マンだとでも言うのか!?」
「乱心じゃあ! 早く口を閉じよ!」
「火を使わない文明などあるものか!」
「それこそ魔術の出番ですわ!」
「私は……エルフとはなんなんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ミカが剣の峰で破壊者を殴り倒し、ようやく辺りは静かになった。
スロウは眼下に倒れている気絶したエルフを見つめるとため息を吐く。
「強敵でしたわ…………」
「うむ……受けた傷は決して浅いとは言えぬがひとまずは勝利を喜ぼうぞ」
「しかし、なぜでしょうこれで終わりとは思えないんです」
マーシュの心配を証明するかのように遠くで話す者達が居た。
「エルフの破壊者がやられたようだな…………」
「しかし、ヤツは我らの中でも最弱…………」
「今度はこのドワーフの破壊者と呼ばれるワシが…………」
「むっ」
何かを感知したミカは咄嗟にエルフの両足を掴み、ブーメランの如く投げ放った。
「悪魔ビィィィィィム!」
ジグザグの軌道を描きながら残像すら帯びたその一撃は何かにぶつかると激しい爆発を起こした。
「うぎゃあああああああ!」
「今、なにか悲鳴のようなものが…………」
「気のせいでしょう。それより戦闘音で追手の冒険者達に気づかれた可能性が高いですわ、早くこの場を離れましょう」
「このような強敵がこの後何人も待ち受けていると思うといくら余でも身震いするわ…………」
その強敵達がすでに倒されている事をミカ達はまだ知らなかった。
近づいて来る足音から逃げるように走ると目の前に暗くて先の見えないトンネルが現れた。
「うむむ……こんな怪し気な場所、罠が仕掛けられていないはずがない」
「いたぞ! あそこだ!」
「迷っている暇はありませんわ、テル様」
「くっ……! ええい、ままよ!」
危険だと分かりつつもトンネルへと入っていく。
蜘蛛の巣をいくつも被りながらもなんとか通り抜けるとその甲斐あってか追手は居なくなっていた。
「やれやれ、大変な目にあったのじゃ……っと?」
「ん? どうした、ちびっ子」
「頭でもぶつけたのかね?」
「間抜けでヤンスなぁ」
「ロボチガウ、ロボチガウ」
目の前で展開されている異常な事態にテルは目を丸くして叫んだ。
「無駄乳が増えとるぅぅぅぅ!?」
そこで初めて気づいたようにミカはきょろきょろと同じ顔を見渡して驚いた。
「おわっ! なんじゃこりゃ!?」
「おそらくは魔物の仕業でしょう。しかし、我が悪魔に化けるとは物好きな」
「どうしましょう、まったく見分けがつかないですよ」
ミカは呆れたように言う。
「アホか! 私は眼鏡かけてないし、タヌキの耳なんて生えてないし、ロボでもないぞ!」
「やれやれだね、偽物は皆そういうんだ」
「そうでヤンス」
「ロボチガウ、ロボチガウ」
三人はそれぞれの考えを語る。
「わざわざ本物を主張する所が怪しいのじゃ、こっちのいかにも小物臭いのが本物じゃろう」
「ヤンス」
「僕の知るミカさんは聡明でカッコいい人です。この知的な方に違いありません」
「賢明だね」
「丈夫なのが我が悪魔の取柄ですから、この人間とは思えない光沢の頑丈そうな方が本物ですわ」
「ロボチガウ」
「全員こっちこい……ビンタだ、ビンタ!」
スロウは少し考えて言う。
「これではどうですの? 全員火にかけてみて、死んだら偽物、平気なら本物という事で」
「スロウ君……それマジ喋り?」
「え? 駄目ですの?」
「むしろどうしていいと思ったのか」
残念そうにスロウは皆に言った。
「我が悪魔は嫌らしいですわよ」
「無駄乳がイヤらしいヤツじゃと?」
「ミカさんってやらしい人なんですか?」
「なぜにWhy!?」
辟易したようにテルは言う。
「もう自分同士で戦って、勝ったのが本物でいいじゃろ」
「やだ! お姉さん自分の顔殴りたくない!」
「僕達にしか分からない事を話すとかはどうでしょう?」
「こういうのは記憶も真似てくるからアテにならないぞ……あっ、そうだ」
ふと思いついたようにミカは手を前に出し、手品のように指先に苺を出した。
それを見たスロウは感心したように言う。
「考えましたわね、我が悪魔。物質の生成は限られた者のみが持つ上位能力、見てくれこそ似せられても偽物如きに真似はできませんわ」
「と、いうことは、じゃ」
「!」
テルが武器を構えた次の瞬間にはミカの偽物達はキラリと光る金属に成り果てていた。
「ふぅ、一番知性の無さそうなのが本物とはの。偽物のどれかと交換した方が良かったのではないか?」
「言ってくれるぜ。じゃあ、お前ももう少し可愛げのある偽物と交換するか?」
「むっ」
気が付けばこの場には見破られたミカ以外の偽物が溢れかえり、誰が誰だか分からなくなりはじめていた。
「余の真似をするとは小癪な。しかし、貴様らに米を出すほどの力があるはずもない!」
「…………」
ザー、という音と共にテル達は米を出してみせる。驚く本物は苛立ったように口にする。
「スロウ、物質の生成は真似できぬのではなかったのか?」
「見てくれだけ真似ているのでしょう。しかし、このごった返しでは確かめている余裕はありませんわ!」
「ミカさん! 本物は僕です!」
「違います、僕です!」
「ええい、うるさい! 無駄乳! なんとかせい!」
「全く、こういう時ばっかり頼るんだからなぁ。スロウ、ここで食料を使うが構わないな?」
「仕方ありませんわ。早く収拾をつけてくださいまし」
軽く体をほぐすように動かしたミカは軽く構えを取る。
そして、目を大きく見開いたかと思った時には重なり合って爆音のようになった打撃音と共に全ての偽物は消え去り、地面には爪痕のように煙が上がる赤い炎の線がいくつも刻まれていた。
静かになった場でテルはため息をつく。
「どうして余が本物じゃと分かった?」
「お前だけが左利きだったからだよ。ダンジョンモンスターは右利きなんだ。それは化けても同じなの」
「僕は何故ですか?」
「お前、服に納豆ついてたぞ。いくら偽物でもそんな所まで真似はしないよな」
「私は本物なのに殴られましたわよ。一応剣で受けましたがまだ手が痺れていますわ」
「本物なら軽く小突いたくらいじゃ平気だろ。火あぶりにしようとした罰だぜ」
ミカの意外な観察眼に感心した一同は辺りの地面から偽物が蘇りそうな事を知ると急いでその場を後にした。
安全と思えるくらいに走って距離を取るとテルは膝に手をついて荒い息を沈めた。
「はぁはぁ……ふぅ、ここまでくれば一安心じゃな。それにしても火事場の馬鹿力というやつか、ヤケに荷物が軽いように感じられたぞ」
ガサゴソと荷物の再確認をしていたマーシュが首を傾げた。
「……あれ? 食料が減ってる?」
「ああ、それか。私が食った」
「食ったじゃとぉぉぉ!? この阿呆は時と場合を考えられんのか!」
殴りかかってくるテルの頭を掴んで押さえながらミカは言う。
「私が必殺技を放つには『供物』が必要だ。それが無いと力を発揮する事ができないんだ」
「まあ、緊急事態でしたし仕方ありませんわ」
「消費は何とか全員の一日分で抑えたが、トラブルのせいでルートを大きく外れてしまった。これじゃダンジョン突破より食料が尽きる方が早いだろう」
「じゃあ、どうするんですか?」
「アテは無い事もない……だが、あまり期待はできない」
「もしその“アテ”すらも駄目だったら?」
ミカは肩をすくめて言った。
「笑ってごまかして、米と納豆と苺でなんとかするさ」




